温かな光。きらきらと光る銀の糸。
さらりと掬うと流れて消え、もう一度掬うと流れて消え……
手にすることは難しいのか。
俺の手の中で愛おしむことは出来ないのか。
消えないでそばにいてほしい。ずっと…
ル…
「セネル」
「へっ…」
思い切り顔を上げると、目の前にはにこやかに微笑んだ彼女の顔。
つかまえた、俺のものだ。
「待っていてくれたの?」
「ああ、寝ちゃったけどな」
「うふふ、セネルってばいつも寝てるじゃないの」
「まあ、そうだけど。
これでもの寝顔くらい見たことあるぞ」
急に目が覚めたあの時。
明け方だったか、静かな寝息を立てて気持ちよさそうに寝てたな。
そんな顔が横にあるんだ。驚いて眠れなくなるさ。
は、起きたら俺がいつも隣に寝てるんだもんな。
かなり驚いたに違いない。
でも、寝相の悪さに感謝してる。どんなところで寝てもは怒らない。
優しく見守ってくれるから。
「私の寝顔?」
「ああ、一度だけ見たことある。
規則正しい静かな寝息で、天使のように綺麗だった。俺、ハッとして息が出来なくて……?」
目を丸くして俺を見上げ真っ赤に照れている彼女を見て、自分が何を言ったか思い返してみる。
うわ、何言ってんだ俺は。
「恥ずかしいわ、セネル」
「いや、ごめん」
「いいえ、あの……本当はそう言って貰えて嬉しいの。でもほっぺたが熱くて…」
目線を下にして唇をすぼめ、は真っ赤になりながらしどろもどろ言った。
なんて可愛いんだろうか。
そう思えるのはきっとだからだ。
「、俺はが好きだ」
「えっ……」
今言うような言葉じゃなかったかもしれない。
でも、いつも自分から言えないんだ。
言いたい時くらい、自分で言わなきゃ後悔するだろ?
「真っ赤に照れてるは可愛いよ」
自分が似合わない言葉を吐いてるのはわかってる。でも、本当の事だからしょうがないだろ。
俺はいつでもストレートにいきたいんだ。
「セネル……」
悩ましげに俺を見上げ、開きかけのその唇に目が行く。
そのまま塞いでしまおうかと思ったけどやめておいた。
なぜかって、の様子が少しおかしいと思ったからだ。
「、なんかあったのか?」
「あ、えと、ちょっとね」
哀しそうに微笑む表情は耐えられない。
笑ってくれ、そうしたら俺の胸の痛みも消える。
「どうした?」
「……シャーリィは会えなくて、ワルターに会ったんだけど、……追い返されちゃって」
「追い返された?」
「ええ。マフィンはもらってもらえたのだけれど」
そんなに哀しそうに言うな。ワルターが恋しいのか?
行くな、俺のそばにいてくれ。
思わず両手が出てしまい、彼女の体を強く抱きしめてしまう。
そんなつもり……あったけどな。
「セネル、どうしたの?」
「…明日、俺も里に言ってくる」
「私は…」
「何かあったら困るから、は留守番な」
「何かあったらって、何かするつもりなの?」
「明日になってみないとわからないな」
「もう、セネルったら…。水の民の人たちは少しおかしくなってるの。だから問題を起こさないでね」
「わかった。……水の民がおかしくなってること、ウィルに報告しよう」
「ええ」
の手を握り、細い指の間に自分の指を差し込んだ。
細くて綺麗なのに、剣だこや弓だこがあるのが少し残念に感じる。
でもこれは、が頑張ってきた証なんだから。温かく包み込んでやらなきゃな。
「シャーリィがどうだかはわからないの、会えなかったから。
でもワルターとユリウス…っていう知り合いの少年は普通だったわ」
「そうか。まさかそんなことになっているとは……。祭りのときはそんな風に見えなかったが、きっとその時にはもうおかしくなっていたのかもしれないな」
「ということは、ワルターとシャーリィは巻き込まれただけかもしれないってことになるわ」
「……」
「それは考えられるな。水の民の動向、調べたほうがいいかもしれん。ジェイに動いてもらうか。それでいいか、セネル」
「……」
ワルターとシャーリィが巻き込まれただけだということは、婚約話もマウリッツさんの考えか。
すると、いつかはまた元に……
「セネル」
「ん…ああ、何か用かウィル」
「何か用かじゃないぞ。何度も呼んだのが聞こえなかったのか?」
「……すまない、ちょっと考え事をしてた」
「そうか」
ウィルは思慮深く頷くと、に向きあった。きょとんとした顔でウィルを見上げる。
「……、ハリエットが二階にいるんだが少し機嫌を悪くしててな。かまってやってくれ」
「ええ、いいけれど……セネル、大丈夫?顔色がよくないわ」
は俺の心配に気付いたように顔を覗き込んできた。
内容まではわからないだろうけどな……。
「大丈夫。早く行ってウィルのためにハリエットの機嫌を直してやったほうがいいんじゃないか?」
「ふふ、そうね」
元気よく頷くと、彼女はそのままドアを抜けていった。
その流れる銀色の髪を掴まえて置きたいという気持ちを押し込めて、後ろ姿を見送る。
そんな俺の肩に大きな手を置かれ、ウィルを見た。
「セネル、大丈夫なのか?」
「ああ、ウィルに心配かけるほどじゃない」
「そうは見えんがな」
ウィルはの出て行ったドアを見つめ、再び俺を見た。
同情的な瞳に、俺の置かれた状況を理解してるのだと気付く。
さすが年長者だ。まだ28だけど。
「俺はいつまでこうしてられるんだろうな。と一緒に仲良く暮らせるなんて夢みたいだ」
「セネル、夢じゃないのはわかってるだろう?」
「わかってる。ずっとワルターと共にいたがやっと俺の元に来たんだ。絶対に離したくない」
ウィルは溜め息を吐いてソファーに座ると、腕を組んで俺を見上げた。
座れと言われてる気がして、向かいのソファーに座る。
しばらく無言が続き、俺たちは視線を交わした。
「本当は恐い。ワルターはいつでもを簡単に掻っ攫っていくんだ。今回だってマウリッツさんの考えだとしたら……」
「俺はそうは思わん」
「ウィル…?」
「ワルターがを一番に思っているのはお前だけではなく、仲間全員が知ってることだ。シャーリィも知っている。そしてシャーリィがお前を一番に思っていることも知っている」
再び無言になる。
この無の時間が苦しかった。ウィルは、一体何が言いたいのか。
「二人とも自分の気持ちも相手の気持ちも知りつつマウリッツさんの考えに同意したということだろう。だからこそ俺は、二人は恋の戦線を離脱したんだと思う。
あとは、お前と次第だ」
「……そうか」
頷く以外出来なかった。
がワルターを過去の縁以上に思っているのを知ってるんだ
それに俺の気持ちは、にこたえてもらえない。先延ばしの状態だ。
これ以上仲が深まるなんて……
「仲が深まらないとでも考えているのか?」
驚きに目を見張ってしまい、はっと顔を逸らす。
何で俺の考えてることがウィルにわかるんだ?
「俺も恋をしたことがあるからわかる。同じ様なことで悩んだりもしたからな。
しかし仲が深まらないなんてことはないだろう?現にお前たちは仲良く手を繋いでここに来た。つい最近まではそんなこともなかったぞ」
「!!」
そうか……、ウィルの言う通りだ。
手を繋ぎだしたのも全て最近の話だ。は俺のキスにもこたえてくれたじゃないか。
でも、それさえも
「ワルターの埋め合わせとして、俺はを騙してるんじゃないか?」
「セネル……お前らしくないな。いつもはぶつかっていくタイプなのに」
「ぶつかっていけないくらい恐い。失いたくないんだ、今を」
俺をこんな気持ちにさせるのはだけだ。
恐い。失うことがこんなに恐ろしいなんて…
「失うことが恐い、か。お前がそう思うのは、が自分の手の中にいることを実感しているからだろう。恐れるな、セネル。を守ってやるのだろう?」
「ウィル…」
「もうのそばにはお前がいるんだ。他には誰がいる?お前だけだろう。
自身を持て。は気づいていないだけだ」
「気付いていない……?」
続きを聞こうと顔を上げた時、ドアが急に大きな音を立てて開いた。
二人で驚くと、そこを見つめる。
「パパ、聞いて!が今日の夕ご飯を一緒に作ってくれるって!!!」
そこから出てきたのはスキップをしたハリエットだ。
嬉しそうに顔を蒸気させている。
後ろからにこにこしたも顔を出し、ウィルとの話は中断された。
「それはいい。今日こそはまともな食事が出来る…」
切実な呟きが聞こえ、俺こそウィルに同情したくなった。
だって俺は、毎日の美味しい料理を食べてるからな。
翌朝は、を寝かせたまま家を出た。
が遅くまで寝てるのは珍しい。いっつも先に起きて朝食を用意してくれてるからな。
でも昨日は、何故かウィルの家で酒を飲み(ウィルいわく、俺とは酒癖が悪くないから飲んでもいいらしい)、酔っ払って帰ってきたんだ。
二日酔いまではいかないものの、いつもの時間に起きるまでは至らなかったようだった。
まあそのお蔭でまたの寝顔が見れたんだ。感謝しなきゃな。
ダクトを降りて里が見えてくると、あろうことかシャーリィに会ってしまった。
会うつもりではいたが、先にワルターと話すつもりだったから気まずい。
シャーリィは一瞬嬉しそうな表情を見せたが、すぐに影のある顔つきになってしまった。
「お兄ちゃん、何しにきたの?」
「ああ、ワルターに会いに来た」
「私の彼に?呼んできてあげる」
シャーリィはそう言うと、スタスタと里の中に戻っていった。
私の彼か。戸惑うことなく言ってのけたところを見ると、メルネスになりかけてたあの頃よりも意志が強いということだろうか。
わからない、一体どうなってるんだ。
そのうちに腕を組んだ二人が歩いてきた。
手を繋いでないにしろ、この二人もまた進展したということだろうか。
「何か用か」
「ああ……、シャーリィ、外してくれないか」
ワルターはの言ったとおりまともに見えたが、シャーリィは変わった気がした。
なんというか、ワルターと一緒にいると艶めかしい女性になってしまったようだった。
「…私が邪魔だって言うの?いいよ、どっかいってあげるから」
シャーリィはそう言うと、俺を一睨みして里の中に走っていった。
心がチクリと何かに刺された。
でも、今のシャーリィにどんな話を聞かれたとしてもいい方向にいかないのは間違いないだろう。
「おいセネル。早く用件を言え」
「……水の民はどうしたんだ?お前はおかしくないみたいだけど、シャーリィはおかしくないか?」
「……」
ワルターは黙ってしまった。
絶対に何かある。そう思えた。あのワルターの顔色が、変わったんだからな。
「が心配してたんだ。水の民は、本当に大丈夫な…」
「黙れ!」
「っ……」
ワルターはその青い瞳を見開いて睨んでいた。
前によく見たものじゃなかった。それは、とても哀しい……
「ワル…」
「黙れ、黙れ!!!
水の民は俺が守る。お前には関係ないことだ!今後一切ここに来るな!」
踵を返して背を向け、立ち去ろうとする奴を俺は逃したくなかった。
今、何に熱くなったんだ?水の民のことか?
「そうやって、も追い返したのか?」
「な…んだと?」
そうだ。お前はの名前に反応しただけだ。水の民を守るなんて、誤魔化しにすぎないんだろ?
わかってるんだ。お前の哀しみはがそばにいないことだってことを。
「お前はまだを好きなんだろ?そんなんでシャーリィと一緒になろうだなんて、兄として許せない」
「お前なぞ、メルネスの兄でもなんでもない」
「……それに、を置いて出たお前を俺は許さない」
「……」
ほらな。
の名前が出ると何も出来ないんだ。置いて出たのは本当のことなんだからな。
お前は、自らの裏切りを許せなくて、それに束縛されてるんだ。
そこから這い出てくる気がないのなら…
「俺が、をもらう」
背を向けて立ち尽くしているワルターに背を向けて、俺は歩き出した。
心臓が痛いくらいに打ち続け、思わず唇を噛み締める。
宣戦布告だ、ワルター。
は絶対に俺がもらう。
俺ならずっとと共に居る。置いていったりなんかしない。
俺は、お前とは違う―――
里から見えなくなっただろう場所まで来ると、俺は走り出した。
今はもう、この早鐘を打つ心臓を止めるためにに会いたかった。
****************
『宣戦布告』です。
を完全に自分のものにするために動き出したセネル。
ワルターは一体何を思ってるのだろうか。
2008/10/12
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