「ワルターさん、最近うちの子が消えてしまうんです」
「…消える?」
相談を持ち掛けられたのはある日の午前。
里から消える行動力のあるガキなんて水の民にはいないと思ったが、誰か聞いて頷けた。
ユリウスだ。
「今日も消えてしまって。でも夕方にはちゃんと帰るんです」
「帰って来るなら問題ないだろう」
相談など迷惑だ、と半ば怒り気味にワルターは言った。
今はそんな気分になれない。セネルと話してからというもの、頭の中がもやもやしているのだ。
しかしユリウスの両親は引き下がらない。
「里にはいないんです。きっと里から出ている…」
そこまでわかっているなら自分達で探しに行けと思いつつ、言うのはやめた。
外には魔物がいる。戦えもしない奴が出てもやられるだけだ。
「わかった。今から探しに行く」
ワルターは苛々と、半ば気分を悪くしながら言った。
いくら探しても見つからないことにイラつきながら草陰に目を落とすと、服が脱ぎ捨ててあった。
白と水色コントラストの美しい服なので、水の民の服で間違いないだろう。
「?」
不思議に思って拾い上げると、それは子供の服だった。まさかと思い見回す。
すると、
「わっちょっ…」
「やったー」
楽しそうな子供の声が聞こえる。
ワルターは声のする方に足を進め、木陰から覗いた。
そこには、陸の民の服を着たユリウスと陸の民の女の子が楽しそうに遊んでいた。
「今日は私の勝ちだね」
「今日は、だろ」
「ふふ、そだね」
なんとも不思議な光景だった。
これでユリウスの髪が短い理由や、陸の民が好きなことがわかった気がした。
このガキには、陸の民の女がいたのか。
クスリと笑みがもれた。
確か知らない間にとも仲良くなっていたようだしな。
ユリウスは今の水の民とは違うものを持っているのだろう。
ワルターはガサという音を立てて彼らの元に行く。
迷いはなかった。
その気持ちを認めてやりたい、ただそれだけだ。
「あっ…ユ…ユリウス、水の民の人がっ…」
陸の民の少女は突然、体を震わせてユリウスの後ろに隠れる。
そんなに恐い表情をしていたつもりはないのだが。
「えっ…あ、隊長っ…」
ユリウスも体をビクリとさせて怯えた瞳でワルターを見上げる。
これは一体、どういうことか。
このガキまでも俺を怯えるなど…。
「これはっ…」
ユリウスは歯を噛み締めると、少女の手を握った。
「リースは俺の友達なんだ!手を出さないで!!!俺なら、何だって罰を受けるよ!」
ユリウスは言う。
するとリースと呼ばれた少女はユリウスを庇うように奮えながら前に出た。
「あ…ち、違うんです。私が、ユリウスをかどあかして、えと、私が悪くて…」
「違う!俺が…!」
あまりにも嘘がばればれな言い訳でワルターは拍子抜けする。
そしてお互いを庇い合うその仲の良さに、何だか嬉しくなった。
「くっ…」
「「…く?」」
洩れた声で不思議そうに見上げた二人の前には、何故か笑う自分がいた。
「俺は里に来た陸の民と一緒にいたリースと仲良くなったんだ」
「私達は里より少し向こうに野営してるんです。考古学者の集団で、私はそのリーダーの娘なんです。」
鈴のような音色で喋る少女だと思った。
もしかしたら、も幼い頃はこうだったのかもしれない。
そう思うと、優しく接することが出来そうだった。
ワルターは彼女を怖がらせない様に頷く。
「里の人達がおかしくなってから、リースが一回里に来たことあるんだ。その時、髪を掴まれてひっぱたかれたんだよ……。陸の民めって…」
ユリウスはわなわなと震える手を握りしめ、悲しそうに言った。
その手は彼女の小さな手を握っている。
「……」
「里の皆はおかしいよ!ちゃんとしてんのは俺と、隊長だけだ!メルネス様もやっぱり時々おかしい…」
「そうか…」
「ほとんどは悲しい顔で話されるけど、時々怖いくらい目がギラッてするんだ。」
それは自分も気付いていた。
メルネスを演じていたあの時に、戻ってしまったかと思うくらいに目を光らせるのだ。
しかしそうなってしまう程に、彼女はセネルを愛しているのだろう。
「隊長…!」
「…わかった、調べてみよう」
「うん」
「今日は貴様の親がさがしていたから里に帰るぞ。支度しろ」
「…わかった。ごめんリース、今日は帰るよ」
「ううん、大丈夫」
「…一人で帰らせるのは危ないな、先に送ってから行くか」
「ありがとう、隊長!」
三人は並んで歩く。
昔だったらこんなことはしなかった。
ユリウスを探しに出ることもなかった。子供だからといって、陸の民などと話すこともなかった。ましてや送ってやるなど…。
「また遊ぼうね、ユリウス」
「もちろん!じゃーな、リース」
とてもほほえましい光景だった。
水の民と陸の民がこのくらい仲良く出来たなら、自分もを置いて出ることはなかっただろう。
俺が駄目でも、ユリウスが大きくなる頃にはきっと…
「俺、大きくなったらリースと水舞いの儀式をする」
自分の考えていることがわかったのかと思ってしまう。
ユリウスは、自らそれをつかみ取るつもりなのだ。
「水の民と陸の民が一緒になれないなんて、誰も証明してないだろ?俺がそんなことないって証明する!」
「ユリウス…」
「隊長も頑張れよ!姉ちゃんと」
「なっ…」
「隊長さ、メルネス様なんて見てないじゃんか!俺知ってんだ。隊長はずっと姉ちゃんを見てるって!二人は俺の目標なんだ。俺もいつかはリースとそんな関係になりたい」
こんなガキが何故それを知ってるんだ?俺の気持ちを。それも目標だと…?
既にはセネルのものだ。
「でも、大人は大変なんだろ?隊長も理由があってメルネス様と一緒になるんだろ?」
「ユリウス、それは…」
違うとは言えなかった。
「でも、姉ちゃんのことも大事にしなきゃだめだぞ?姉ちゃんの気持ちも考えろよ!」
…ガキにこんなことを言われるとは思わなかった。
だいたい、のことを考えたからこそ、俺はを置いて出たんだ。
そしてここに戻ってきた。
今度こそ、メルネスに求められたのだ。応える義務がある。
「隊長、みんなのことちゃんと調べてくれよ?
俺、信じてるからさ」
ぼそぼそと聞こえた言葉は、非常に重く胸にずしりと響いた。
「信じてる」水の民にそう言われるとは思っていなかった。
なぜ、こんなにも嬉しいのだろうか。
ワルターは目を細め、腰を屈めた。ユリウスと同じ目線になるためだ。
「わかった」
言ったのはその一言だった。
しかしユリウスは嬉しそうに頷き、ワルターの手を握った。
それだけで、信じられているという実感が湧く。
この気持ちを胸に、今すぐに会いたいと思った。
何かを伝えたい、そう思ったのだ。
**************
ワルターとセネルって反対のようで似てる気がします^^
ワルターはうまく気持ちを伝えられない男の子でしょうねぇ。
どうしていいかわからない、みたいな☆
2008/10/18
156話へ