ある朝突然、あの場所に行きたくなったの。
私達の過去が眠る、あの場所に。




過去の私はもっと活発で、物事もきっぱり言える人だった気がする。
それを垣間見て、この人は過去の私なのに私じゃないと思ったわ。




あの人ならこんなに気持ちがふらふらしないでしょう。
彼を好きなまま、運命に身を委ねたのだもの。






































私は彼女を尊敬しているの。
だって私は、自分の気持ちさえもわからないのだから。








































「ウィル…」





















あの場所に向かおうと家を出ると、待っていたかの様にウィルが声を掛けてきた。
腕を組んだその大きな体を柵に寄りかからせて、困惑したような表情で私を見つめている。





















「どこかいくのか」

「ええ、ちょっと」





















行動が制限されている私があの場所に一人で行くなんて言えなかった。
ウィルにだって、ついてきてもらいたくなかったから。





















「そうか。

……少し話があるんだが、いいか?」

「ええ、いいわ」





















私達は庭の芝生のところを選ぶと、無言で腰をおろした。



道を行き交う人々が不思議そうに私達を見つめている。
セネルの家に、私とウィルがちょこんと座っているのがそんなに珍しいってことね。

なかなか話し出さないウィルに促すような視線を送ると、彼は小さな溜め息を吐いて口を開く。
どうしてそんな顔をするの?私、何かしたかしら。





















「なあ、

「はい」

「セネルの…ことなんだが……」





















セネルのこと?
そう、私が何かしたわけじゃないのね。セネルの何かしら。



頭の中をぐるぐる掻きまわしてみたけれど、最近のセネルに変な様子はなかった気がする。
そういえば水の民の里に行ってきた時は少し口数が減っていたようだったけれど、何があったかは話してくれなかったわ。





















「セネルのこと?」

「ああ。正しく言えば、セネルの気持ちのことだ」

「……」





















思い当たる事といえばひとつしかない。
でも、それを考えると……

















カアアアァァァァッ/////

















「ご、ごめんなさいっ」





















熱くなった顔を隠すように膝に埋め込み、ウィルの視線から逃げる。
やっぱり変に思っているでしょう。
私が、赤くなってしまうなんて。





















「何故謝るんだ?俺は今のを見て少し安心した」

「安心?」

「ああ、がちゃんとセネルの気持ちに答えているということがわかった」





















ウィルは困惑した表情をすっきりと取り去り、ふわりと笑った。
あ、優しい笑顔。





















、男は今の反応じゃ女の気持ちはわからん。

ちゃんと言ってやれ」

「ウィル……」

「はっきり言うのは、の得意分野だろう」





















くつくつと笑う彼を頬を膨らまして怒ると、その大きな手を頭の上に乗せてくれた。
温かい…やっぱりウィルは、ヴァーツラフ兄様を思い出す。
あの大きな腕に抱かれて、私は幾度となく泣いて、笑って、幸せをかみしめたのでしょう。





















「お前が悩むことがなければ、突き進んでいけ」

「……はい、兄様」

?」

「あっ、ご、ごめんなさい、ウィル」

「いや」





















真っ赤な顔をしたまま立ち上がると、ウィルに笑いかけた。



私のもやもやを払拭してくれてありがとう、ウィル。
いつかあなたはヴァーツラフ兄様の代わりをしてくれるって言ったけれど、こんな風に呼んでしまってごめんないさい。

私、あの場所に行って自分の気持ちを報告してくるわ。
ここに固まった新しい気持ちをね。





















「私、行かなきゃ。

また今度ね、ウィル」

「ああ、気をつけてな」





















もう一度微笑みかけてその場を後にする。走って走って、速くあの場所に行きたかった。
でも、ウィルの視線がいつまでも背中の辺りに感じられたのが小さなわだかまりのように胸に残ったの。





























































「あれ、ちゃん」

「チャバ、こんにちは」

「どこか行くの?一人で大丈夫?」

「ええ、大丈夫よ」





















あの場所に向かう途中、街を出る前の橋でチャバに会った。
彼は鮮やかな緑の髪を頭のてっぺんで束ねている途中だったのだけれど、上手くいかなくてぱらぱらと落ちてしまっている。





















「私がやってあげるわ」

「でも…」

「いいの、貸して」





















きっと川で洗ったあとだったのでしょうね。濡れていたもの。





















「本当は乾かしてからの方がいいと思うのだけれど。いいの?」

「いいんだ、ありがとうちゃん」

「どういたしまして。私、もう行くわね」

「うん、気をつけて」





















特に何も気にせずにその場を後にすると、私は再び走り出した。









































森の空気は澄んでいて気持ちがいい。
こうやって大きく深呼吸するとその精気を胸いっぱいに出来て、これからも頑張れるって気がするわ。

そしてあの噴水。
あの場所のいいところはあそこよね。とっても素敵。
あの噴水に足をつけて、ひんやりとした心地よさに少し眠るの。


















そうすれば……





















か?」

「えっ…」





















足を止めて声をした方を見る。
何故か胸がドクンと鳴った。苦しくなるくらいに。





















「ワルター……」

「また一人なのか…」

「っ…」





















帰らなきゃ。
その言葉だけが過ぎった。こんなとこ、セネルに見られたらどうしよう。
セネルを困らせたくない。




一歩後ずさり、二歩目に入る。
でも三歩目はなかった。彼に腕を掴まれたから。





















「逃げるな」

「な、何を言っているの?あなた、こんなとこシャーリィに見られたら…」

…」





















ワルターの動きが止まった。
掴まれる腕が痛い。どうしてそんな強く掴むの?私が逃げないようにだと言うの?



でも、もっと痛いのは視線。突き刺すようなその青い瞳が恐い。





















「お前も、そんなこと…セネルに…」

「え?」





















瞳が細くなり、口元が歪む。
何を言いたいのかわからないわ、ワルター。
今になってどうしてこんなことをするの?









そう、今になって。









自分が泣きそうになっているのがわかった。
苦しい、どうしてこんなに苦しいかわからないくらい苦しいの。
そのまま息が止まってしまいそうで、辛い。





















「泣くな」

「泣いてなんか…」

「…泣いている」





















いつの間にか涙がぽろぽろと流れ、全身が震えていた。
よくわからないの。悲しいの?私は。





















…」





















ワルターは掴んでいた手を離して目を逸らした。
そして顔を下げて地面を見つめている。
何かを一心に考えているようだった。唇が青くなるくらいに噛み締めて、耐えるように。



心に少し余裕が出来て彼の纏っている雰囲気を確認してみる。
この前あったときよりも柔らかくなって、強いものを感じられた。
もしかしたら、ワルターは私に何か話したくて待っていてくれたのかもしれない。

そうしたら、私のこの態度はおかしいわ。
彼はとても傷ついたかもしれない。





















「あの、ワルター…もしかし…」





















疑問を解こうとしたその時、私の口は後ろから来た誰かによって塞がれた。
でもびくりと震える肩を優しく抱きしめてくれるその手は、知っている彼のもの。





















「こんなとこで、何してるんだ?ワルター」

「セネル……」

に会いに来たのか?

自分から手を離しておいて、都合がいいな」

「っ……」

「行くぞ、

「あっ……」





















セネルは強引に私の肩を引き寄せて来た道を戻りだした。
ワルターは舌を向いたまま何も言わない。動きもしない。














どうしてここにセネルがいるの?
今、ワルターと何の話をしたの?














頭に疑問がいくつも浮かぶ。
でもすぐにそれはサーッと消えていった。



そうだ、私は一人でここに来てワルターに会ったの。
それを、セネルに見られたのよ。
そんなこと、許してくれる事じゃないわ。





















「あのっ……セネル」

「……」





















山も半分ほど下ったところで、意を決してその背中に声を掛けた。
セネルは大きく跳ねるように反応すると、ゆっくりこちらを向く。





















「あ……」





















セネルの顔はくしゃりと歪んでいた。
泣いているわけじゃないけれど、それに近い表情をしていたの。
男の人にこんな表情をさせてしまうなんて、私はひどい女だわ。



彼はおもむろに私の肩を掴むと、荒々しくその胸に抱き寄せた。
強く食い込む腕が痛い。
でも、心の方がもっと痛いわ。





















「心配した。家にいないから驚いた」

「ごめんなさい」

「チャバに会わなかったら、ここまで来れなかった」

「ごめんなさい…」

「……ワルターに会いに来たのか?」

「違う、違うわ!私、ここに来たかっただけなの…」





















信じて欲しい。
その気持ちを込めて訴える。でも彼は信じてくれないかもしれない。
だって、私はずっと返事を待たせてる。セネルに迷惑掛けてる。
こんなに心配させて、守ってもらっているというのに。




私は、最低な女なのよ。





















「そっか……っは、はは、良かった」

「えっ…」

「俺、何にも相談無しにワルターに会われてたのかと思ってた。今、水の民がおかしいからさ。心配してたろ?

頼りにされてないのかと思っ………!?」






















胸が張り裂けそうだった。
私、今何を思ってたの?セネルは何を誤解したと思ってたの?
すっごい自惚れ。



私とワルターが会ってたこと、ヤキモチ妬いて欲しかったみたいに。
本当に、嫌だ。私って嫌だ。




















私が、私こそがセネルのことを…





















「っはあ……今の、キス…」

「んっ…」





















初めて自分からセネルにキスをした。
求めるように、貪欲に、何回も。





















……どうしたんだよ。からしてくれるなんて、俺…」

「セネル、私の言葉を信じてくれる?」

「え、ああ。信じてる。ワルターに会いに来たんじゃないんだろ?大丈夫、信じてるよ」

「それだけじゃなくて……」





















風が吹いた。
暖かな風じゃなかった。何かを巻き起こすような強くて冷たい風。
でも、私はそれに向かっていけると思ったの。









































「私、セネルが好き」



























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『告白』
というか、返事したみたいな感じですね。
この人は自分を思ってくれてるって自惚れは誰でもあると思います。
勘違いするとかなり恥ずかしいですが(笑
そんな感じです^^


2008/10/19








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