ガッ……
手に痺れが走った。
しかしそんなことを気に留める余裕もない。何度でも打ち付けたい。
ぼろぼろになるまで、この気が済むまで……
ワルターは遥か昔の思い出の品を埋めた場所に座り込んでいた。
そしてその場所に自らの手を打ちつけ、思いをぶつけている。
固く握り締めた手のひらに爪が食い込み、真っ赤な血が流れ出した。
痛みなんて感じなかった。
いや、その言い方は正しくない。
胸が張り裂け、心がばらばらになってしまったのだ。
その痛みが強すぎて、本当についた傷など感じなかった。
「くそ……俺は一体、何をしてるんだ……」
里に帰らなければならない時間だ。それはわかった。
メルネスが俺を探しに出る。それもわかっている。
でも、足が動かない。
テルクェスも出ない。
ここから動けない。
「わかってた、はずだろう?はセネルを求めていた。だから俺は里に戻った」
わかっていたからこそ身を引いたはずなのに、本当はわかっていなかった。
たまにが里に来てマフィンを置いて行き、街で空を見上げて俺を思い出してくれると思っていた。
どこかで過去の繋がりと、一緒に過ごしたあの時間に縋っていたのだ。
「俺は、に甘えていたのか?」
の中に自分の存在が少しでもあると思えたから耐えられた。
マウリッツもメルネスも水の民はおかしい。けれども里でそれを守ることが出来たのはの存在があるからこそだったのだ。
「しかし、は俺を締め出した」
セネルの全てを受け入れた。
彼女は自らセネルを求め、その思いに応えたのだ……
「私、セネルが好き」
「!!!」
「セネルのことが好きなの。ずっと、一緒にいたい」
「俺もだ。ありがとう、応えてくれて」
「ごめんなさい、ずっと待たせてしまって。私、自分の気持ちに全然気付かなかったの。
でもね、セネルと一緒にいると幸せよ。あなたの事を考えると、体が熱くなるの。恥ずかしいのだけれど・・・」
「いや、全然恥ずかしくない。嬉しいよ、。
キスして……」
「んっ……セネル…」
この後は見ていない。
その場を逃げるように去ってきたのだ。そして思い出のこの場所に戻った。
「はセネルのために俺を拒絶した」
俺は何をしたかったんだ?
わからない、わからない。何がしたいんだ?
どうすればいいんだ?誰か、教えてくれ!!!
ワルターは両手で頭を掴み強く押さえつける。
唇を噛み締め、左右に頭を振った。狂乱しそうだった。
俺は、こんなにもを求めていたのか。
何も気付かなかった。
俺は、を愛しているのか。
ふと過ぎった言葉と共に、世界を無にしてしまいたい気持ちが浮かんだ。
自分のものにならなければ、全てなくなればいいと。
しかしすぐに正気に戻り考え直す。
そんなことを考えてはいけない。黒い霧に支配されてはいけないのだと。
「俺はっ……」
「ワルターさん…?」
呼ばれて振り向くと、そこにはシャーリィが立っていた。
心配そうに自分を見て、首を傾げている。
―――まずい!!!
ワルターは後ずさりした。
今メルネスに近づかれるわけにはいかなかった。黒い霧が自分を纏っている最中に彼女が入って来たら、すぐに影響されてしまうだろう。
「大丈夫ですか、ワルターさん」
「……るな…」
「えっ?何ですか……」
シャーリィはワルターの声を聞き取ろうと近くに寄ってきた。
そして彼の肩に手を置いたのだ。
「っ……こ…れは……」
シャーリィの中に自分の中から何かが流れ込んでいくとは思わなかった。
しかしそれは目に見えるように素早く流れ込んでいく。
「離せ!!!」
すぐに肩の手を払ったが、既に遅かった。
シャーリィの瞳はかつての騒動の時メルネスに乗っ取られた時の様になっていた。
「メルネス!!!」
「……や……」
「メルネス!!!」
彼女を揺さぶると、そのスリガラスの様になった瞳からぽたぽたと涙が溢れ出す。
酷い放心状態でワルターのことも見えていないようだ。
その瞳の向こうには自分の元を去るセネルが見えているのだろうか。
自分も先ほどまではそうだったため、ワルターにはシャーリィの気持ちが痛いほどわかった。
「お…兄ちゃ……」
瞳を歪め唇を引き絞るシャーリィを見て、ワルターは自分がに囚われている場合ではない事を悟る。
彼はシャーリィの体を強く抱きしめた。
メルネスを守らなければいけない。
水の民のためだ。俺は、俺自身を捨てなければ。
「……っふ……あたたかい…」
弱々しい力で抱きしめ返してくれるシャーリィに目を見張る。
自分と同じく、彼女には誰かの温かさが必要なのだ。
誰かの存在が、頼れる存在が。
黒い霧がどうのと言っている場合じゃない。
俺はどうなっても、メルネスと水の民を守らなければ。
ワルター・デルクェスは、メルネスの親衛隊長なのだから。
「シャーリィ」
「!」
ワルターは初めて彼女の名を呼んだ。
メルネスとしてではなく、一人の女性として名前を呼んだのだ。
「帰ろう。俺達の里に」
「…はい、ワルターさん」
いつの間にかシャーリィの泣き顔が微笑みに変わっていた。
それに安堵すると、ワルターは痛みを心の奥底に閉じ込めてテルクェスを出す。
か弱い少女であるシャーリィの肩を抱きながら、空へと飛び上がった。
***************
交差していく心。
こういうことって現実にもありますよね。
すっごく悲しいことなのに、他人の心ってわからないですし。
酷ければ自分の心もわからなかったり、見てみぬフリしてしまったり。
あわわ、微妙なコメントになってしまった!!!
2008/11/15
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