風が冷たい。
でも、心は温かい…。



人がこんなに温かいなんて、この人がこんなに素晴らしいなんて考えたこともなかった。
すぐ側にいたのに、なんで気付かなかったんだろう。























…それは、私がお兄ちゃんを好きだったから。
そう、私はセネル・クーリッジという兄を愛してたから。



だから…

























「シャーリィ」






















カッと顔が赤くなる。
呼ばれ慣れないから、なんとなくそうなっちゃうんだけど…、ワルターさんは気にしないでくれてる。
それはまあ、最初は少し驚いてたけど。でも今は目を細めて口の端をきゅって上げる。

カッコイイと思う瞬間。




























「ごめんなさい、まだ支度出来てなくて」

「いや。外で待っている」

「あ、待って…」




























なんで呼び止めちゃったんだろう?
あとは着替えるだけなのに。





























「どうした?」

「そ…そこに、居て下さい…」

「!」































余程びっくりしたのか、ワルターさんは目を見開いて私を見返した。
彼にもわかったんだろう。私があと服を着替えるだけだと。

























「あ、えっと…、あの、後ろを向いていて下さい」

「あ、ああ…」

























慌てて言うと、ワルターさんは気まずそうに後ろを向く。

なんかすごい罪悪感。
変なこと言っちゃったんだね。




急いで脱いでメルネスの服を掴む。そして着替え終わってワルターさんの方を向いた。

























「あの、着替え終わりました」

「……そうか」



























ワルターさんはこちらを向いて目をゆっくり開く。
恐る恐る過ぎて、なんだか恥ずかしくなっちゃった。
























「変なこと言って、すみません」

「いや…」

























ワルターさん彼らしくなくうろたえると、体全体を緊張させた。























「?」

「…シャーリィ、あんまり無防備にしないでくれ…」






















顔は赤く、手で口元を覆っている。


あ…もしかして…
























「ご、ごめんなさい!!!」























思い切り頭を下げる。
でも私の胸はドキドキしてる。おかしなくらい。
気持ちがふわふわして、顔がにやけちゃうよ。




























「そんな頭を下げるな」

























ぽんと撫でられた頭が熱い。
ああ、どうしよう……嬉しい。





期待して、いいのかな…?






















































メルネスとしての演説が終わってワルターさんをチラリと見ると、彼は満足そうにフと笑みを漏らした。
それだけで私の心はきゅっと掴まれる。







もしかして…、もしかしなくともワルターさんに恋してる?







その時、私の演説を聞こうと集まった人達の中でざわめきが起こった。
ワルターさんは私を守るように舞台に上がって来ると、肩を抱いてくれた。

胸がトクンと跳ねる。





























「シャーリィ、俺の後ろに」

「はい!」




























その言葉だけで十分だと思う。
私はあなたに守られる。
あなたには私が必要なんだよね。だから私を守ってくれるんだよね。

ワルターさんの背中でざわめきが納まるのを待ち、その場所に目を向ける。
人だかりがずらっと左右に避け、そこには男性にくびねっこをつままれたユリウスがいた。
























「離せよ!」






















ユリウスはいつもの元気な声以上の怒声を放った。
こんな小さい子が何を怒ってるのか、私はよくわからなかった。



























「どうしちゃったんだよ!みんな、どうしちゃったんだよ!!」


























次に彼は泣きそうな声を出す。
周囲の人達の顔を見回し、そして私の顔を見た。





























「メルネス様、どうしちゃったんだよ?これからって時なのに、俺達はみんな捨てるの?」

「…何を言ってるの?」

「メルネス様……」



























彼の瞳から大粒の涙が零れた。



























「水の民だけじゃ、この世界では生きていけないよ。メルネス様だってわかってるはずだ…」


























ユリウスはそう言ってぼろぼろと涙を零し続けた。
でも、私は心が痛む事もなかった。



























「水の民と陸の民、その他の生き物が共存していくのは難しいのよ。ユリウス、どうしてわからないの?」

「違うよ!認めないと!世界には自分達だけじゃないって……魔物だって俺達を襲うけど、共存してるんだよ。

それに、リースがいない世界なんて考えられない!!!」

「リース……?」





























何のことか全くわからなかったけど、ユリウスの顔が赤くなったので恋する女の子の名前だとわかった。
いつの間にか、水の民の子が陸の民の子に恋をしていた?
そんなこと、だめ。だって、うまくいくはずないもの。

……痛い目をみるだけ。




























「っ……隊長のうそつき!!!何がメルネスの親衛隊長だ!うそつくやつなんて、死んじゃえ!!!」





























ユリウスはキッとワルターさんを睨んだ。
私は彼の背中しか見えなかったけど、一瞬その背中が震えた気がした。


























「……ワルターさん?」

























急に心がきゅうっと萎縮してしまう。
恐い、この人も私の前から消えてしまうかもしれない…!

そんなの、嫌!





思わず彼のマントを握り締め、大きな背中に頬を這わせる。
痛いほど唇を噛み締めて目を瞑った。













ドクン、ドクン…












心臓の音がうるさい。
びくびくと震える肩がわずらわしい。













恐い、いかないで。一人にしないで。





























「そいつを牢に入れろ」

「!!!」




























ワルターさんは平坦な声で言い放った。ユリウスは愕然とした表情になる。
ワルターさんの命令を聞き、水の民の若者が何人かでユリウスを引っ張って行った。

























「部屋まで送っていく」

「あ、はい」
























ワルターさんは私の腕を掴むと、そのままスタスタと歩き出した。
表情は見えないけど、きびきびしたその動きがいつもの彼を思わせる。




良かった。あの震えは私の見間違いだったかも知れない。
ワルターさんがこんなことでその鉄仮面を崩すわけないよね。
私の言葉にだけちゃんと反応してくれるもの。



























「ありがとうございます」

「いや、ゆっくり休むんだ。そろそろ忙しくなる」

「はい。……あの、ワルターさんもゆっくり休んでくださいね」

「ああ」




























ぱっと見上げた彼の表情はいつもと一緒だった。
ふわりと私の肩を叩くと、彼は背を向けて歩いていってしまう。

















……もっと話したいけど、しょうがないよね。















ちょっと寂しさを感じる。
ワルターさんが私を大切に大切に壊れ物を扱うかのようにしてくれてることはわかってる。
でも、物足りなさを感じるの。















もっと、そばにいたい。必要とされたい。


























「私ってやっぱり、ワルターさんに恋してるみたい」

























ひとりごちて真っ赤になる。
胸がきゅんとして切ない気持ちが溢れ出す。
























「もっと、話したい」






















私はそう思い直すと、ワルターさんを追って走り出した。





















































夕暮れが闇に染まっていく。
この瞬間、闇にのまれていくこの世界は美しい。
昔はこういうのが嫌で、お兄ちゃんにくっついて歩いてた。



でも、お兄ちゃんなんて本当はいなかったの。私には血の繋がったお姉ちゃんだけ。
そしてこれからは水の民を愛する彼と共に生きていくんだもの。

























「ワルターさ……」


























赤い太陽が落ちていくまさにその時、それを背にして何かを追い求めるように手を伸ばす彼の姿が目に焼き付けられる。
声を掛けることを忘れ、その姿を見つめ続けた。




彼の手は何かをまさぐり、そのまま口元に寄せられる。
何もない、何もないのだけど……










































私にはそこにさんの銀色の髪が見えた。

























































バリバリバリバリ…






















心の中で大きな音がした。
何かを覆っていたものが一気に崩れ去った。

















この人は、ワルターさんは今でもさんを見てる。
私のことなんか目に入ってないんだ。




でも大切に扱わなければいけない。幸せにしてあげなければいけない。
これは、ワルターさんの覚悟なんだね。























わかるよ。
ごめんなさい、私もそうだから。

あなたを好きになって、全部忘れちゃえばいいって思った。
お兄ちゃんなんて、さんと一緒になっちゃえばいいって思った。
ワルターさんもそうなんだよね。でも、ユリウスに指摘されて思い出したんだよね。




















自分が、どんなに誰を思ってるかを。
私も思い出したよ。



















でも、もう後戻りはしない。迷ったりしない。
迷ったからこそ、この前の時にあんなに水の民を傷つけたから。
だからみんなが望んでることを今度こそしてあげるの。




























もう、希望なんてないんだから。
お兄ちゃんが私のとこにくるなんて事はないんだから。




だって、さんとお兄ちゃんは両思いなんでしょ。

























私はワルターさんをそのまま、元来た道を戻りだした。
とぼとぼ、とぼとぼ歩いて部屋に辿り着く。




ワルターさんはきっとこれからも私を幸せにしようとしてくれる。それで十分。
そばに誰かがいてくれるってのは、とっても心強いから。
それに、彼は同志なんだもの。




































































……でも

さん
































































あなたがそんなに思われるのが………てしょうがないです。





































































闇が、私をのみこんでいく。



































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シャーリィの気持ちについてですね。
何か黒くてしょうがないねー。書いてて怖くなっちまった!(笑)
さてさて、どうなるやら…


2008/11/22









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