煙が消えてセネルの背中が確認出来ると、私は一目散に走り出した。
走る途中で闇に染めかけた心を払拭し、シャーリィの名前を呼ぶ。
「シャーリィ!」
その場所に到着すると、身に纏ったメルネスの服をボロボロにしたシャーリィがセネルに抱き抱えられていた。
「シャーリィ!シャーリィ!」
セネルは狂った様に彼女の名前を呼んで抱きしめる。
それだけで、本当は心が苦しくなった。
頭を振ってそんな考えを吹き飛ばすと、セネルに腕を緩める様に促す。
彼はその時初めて私が来たのに気付いたようだった。
「だめよセネル。安静にさせて」
「…。シャーリィが…」
「大丈夫よ。ノーマを呼んで」
私は片手を前に出すと、次に来るだろう攻撃に備えた。
テルクェスの攻撃なら、私の力で跳ね返せるはず。
滄我が力を貸してくれるから。
セネルに呼ばれて、ノーマがユリウスと共に走ってくるけど、ユリウスが来ることになんの疑問も感じなかった。
ユリウスこそ、この場に必要な人物だって気がしたから。
「姉ちゃん!」
「ユリウス、私と手を繋いで」
「うん」
きっと彼も感じてたのだろう。
疑問を抱きことなく手を繋いでくれたもの。
「ノーマ、シャーリィは?」
「大丈夫、もう少し……ってセネセネ、何の役にも立ってないじゃん!」
「すまない…」
セネルはシャーリィが自分を守るためにボロボロになったことにショックを隠せない様だった。
今の彼に何か言っても駄目だろう。だからせめてもと言ってあげる。
「シャーリィの手を握ってあげて」
「あ…ああ…」
何でもないフリをするのは辛いと思った瞬間に唇を噛み締めてノーマに気付かれる。
彼女ににこりと微笑むと、困ったように名前を呼ばれてしまった。
「ちゃん…」
「ユリウス、シャーリィが気付いたら手を握るのよ」
ノーマから目を逸らしてユリウスに言う。
彼は強く頷くとシャーリィが気付くのを見守った。
そんな状況の中でも、水の民からの攻撃は止まなかった。
バシンバシンと繰り出され、防ぐのが精一杯。でも、不思議とユリウスから力をもらって防いでいる気がしたの。
私に力をくれるなんて…なんか誰かに似ているわ。
「シャーリィ!」
セネルの声にハッとしてシャーリィを見ると、彼女はほっそりと瞳を開いたところだった。
青い瞳が印象的で、思わず見入ってしまう。
「お兄ちゃ……」
彼女は嬉しそうにセネルの手を握り彼を見上げる。
この時の私の心は動揺していた。
セネルが、私を完全に忘れてしまうのではないかとね。
「よかった、シャーリィ。
でも、何で俺を庇ったんだ?水の民と一緒に海に帰るつもりだったんだろ?」
「うん……」
シャーリィはゆっくりと空を見上げ、そして私の方をチラリと見る。
「私、間違ってるって思ったの。海に帰るって聞こえがいいけど……、また逃げるってことだから」
「……そう…か」
「うん。あのね、お兄ちゃん。これは全部黒い霧のせいなんだよ。
黒い霧が、水の民達を取り込んだの。私も、ワルターさんも、お兄ちゃんも、さんもみんな…」
「俺とも…?」
シャーリィが言いたいことは痛い程わかる。
私がセネルを好きになったのも、セネルが私を受け入れたのもみんな、黒い霧のせいなのだと。
「そうだよ」
セネルが私を見上げる。
こんな時、どうすればいい?
縋ればいいの?違うって。
そんなこと出来ないわ。
シャーリィが目の前にいるじゃない。
「……シャーリィ、ユリウスと手を繋げるか?」
セネルはフイと私から目を逸らして彼女に優しく言った。
白い手に日に焼けたセネルのごつごつした手が触れる。
胸にちくりと痛みが走る。
ああ、嫌なのに言えない。どうしてかしら。
「大丈夫だよ。さ、ユリウス」
「メルネス様、よかった!!」
ユリウスは純粋に喜ぶと、シャーリィの手をセネルから受け取った。
『聞こえますか、さん』
頭の中に直接話し掛けられて驚いたけど、シャーリィだとわかってるから顔には出なかった。
聞こえるわ。
『お兄ちゃんを、返してください』
私は…
『黒い霧の原因はワルターさんです。彼が一番支配されています』
えっ……
『でも、あの人はあなたを待ってる。蝕まれる心が、必死に対抗してる。
私にはわかるんです。彼は私と似ているから
彼を愛することは出来なかった。彼もそうです。
だって、同志だってわかってしまった…』
シャーリィ…?
『さん、お兄ちゃんを返して下さい。
淋しいから、支えてくれるからってお兄ちゃんの心を利用しないで。
あなたに必要なのは、誰なんですか?
本当にお兄ちゃんですか?
そうなら私、何も言えません。
でもそうじゃないなら……』
わ、私は…
「姉ちゃん、大丈夫!?」
ユリウスに呼ばれて気がつくと、シャーリィとの会話は途切れてしまっていた。
私は彼の手を強く握ると、何をすべきなのか頭の中を考えで張り巡らす。
セネルの事で頭がいっぱいになってるわけにはいかないわ。
シャーリィの言葉は後に置いとかなければ…
あなたに必要なのは本当は誰ですか?
後に、置いとかなきゃ…
淋しいから、支えてくれるからって…
お願いやめて。
考えたくない!
お兄ちゃんを、返して下さい
「いやっ…!」
思わず声を出して頭を抱える。
水の民からの攻撃はなかったけど、危ない状況を自分で招いてしまった。
「!」
セネルはシャーリィから離れ、私のところに来てくれた。
優しく肩を支え、抱きしめてくれる。
「大丈夫か、」
「ええ、ごめんなさい。あなたはシャーリィのところに戻って」
「でも…」
私のパニックのためだけにこんな危険な状況に曝したのに、ここ残ってくれようとしてくれるのね。
セネルは本当に優しいわ。
でも……
今、本当にあなたを必要としているのはシャーリィだから。
そして、私を必要としてくれてるワルターのために。
「私、ワルターを助けに行かなきゃ」
「…?」
「お願い、セネル」
「……わかった」
セネルは頷くと、シャーリィのところに戻っていった。俯いていて表情はわからなかったけれど、きっと怒ってしまったわね。
「ユリウス、シャーリィと次のテルクェスを跳ね返して」
「うん」
「シャーリィ、いいわね?」
「わかりました!」
今度は不思議とシャーリィの手を握るセネルを見ても、嬉しそうにしている彼女を見ても心は痛まなかった。
私の心は、あの水の民の向こうに……海の中にいるワルターだけに注がれてしまったの。
何故そうなってしまったかわわからないけれど、今はもう
「ワルターを助けなければ」
この気持ちだけ。
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「あなたに必要なのは本当は誰ですか?」
この問いに答えられる方は幸せです。
そんな人がいたら一生大切にしてくださいね☆
2008/12/13