水の民の行進があった日から一ヶ月程経ち全てが落ち着いたはずなのに、ワルターは已然目を覚まさなかった。
毎日少ない仮眠を取り彼が目覚める時に備えたのだけれど、意識は戻らない。
でも、諦めるなんてことはしなかった。
だって、毎日のように仲間達がお見舞いに来てくれたから。
セネルを除いて。















「ワルター、今日は誰が来てくれるかしらね」















ちゃんと話しかけて返事を待つ。
いつかあの眉間に皺を寄せた表情で答えてくれる日が来るまで……私は話しかけるでしょう。















水の民達はあの日のことを覚えていなかったの。
マウリッツさんも同じ。私のこと…『selecter』ということが記憶から抜け落ちている。
彼が何か本を見つけ、それをワルターに見せた事実があることはわかったのよ。でも、そこに何が書いてあったのかは覚えていなかったの。
とにかく、水の民達が覚えていなくてよかったわ。
だって、これ以上おおごとになったら困るもの。















私はこの世界の何かを選択しなければいけない――















それが世界の未来を決めることならば、取り留めの無い話ではあるけれど…シュバルツとグリューネの存在がその可能性を示している。
それはわかってる。わかっているけれども……、こんなに重いものはないわ。

私なんて、たったひとつの恋に悩まされるただの女の子だというのに。















「セネルは来てくれないわね」















言葉がぽろりと漏れる。
私の本音。誰も聞いていないから言える言葉。

私が誰を求めていたのか、この前までは自分自身でよくわかってなかったの。
だからセネルを傷つけてしまったわ。そして失った。

失ってからわかるのは悔しい。
その人がどんなに大切だったのか気付くから。
でもそうしてしまったのは私が幼かったからなの。
私は、まだ恋に対して未熟なのよ。



だからワルターの気持ちにも答えられない。
彼が私を大切にしてくれているのは身に沁みる程わかっていたはずなのに、その心に気付けなかった。
結果的に、私はワルターをも傷つけてしまったのよ。















でも、絶対失ったりしないわ。















私は彼のベッドの前にしゃがみ込み、その手を握った。
心なしかいつもより温もりが心地よく感じる。















「出来る限りのことはするから、だから起きて…ワルター」

「……では、俺のものになれ」

「!!」















懐かしい声に顔を上げると、彼の蒼い瞳が私を映していた。
驚きを隠せずにその手を強く握ると、彼も弱々しく握り返してくる。















、お前がここにいるということは…俺を選んだのか?」

「違うわ」

「そうか……、結局お前はどちらも選ばなかったのだろう」















ワルターはわかった風に言うと、ふらふらと起き上がった。















「今から、お前は俺のものだ」

「私は私のものよ。誰のものではないわ」

「そんなことはない」

「あるわ。私は私……っ」















迫ってきた手を振り払えずそのまま後頭部に回されると、ゆっくりと引き寄せられた。
あんなにスローな動作だったはずなのに、私は何が起こるかも予想がつかなかったの。















そう、私はワルターにキスされたわ。















でもキスをされたことよりも、その直前に視界に入った彼の瞳が印象的過ぎた。
澄んだ蒼が、深い蒼に変わったの。















「ワル…ター…」

、俺はお前が好きだ。これからもずっと永遠に…………お前が欲しい」

「……」















深い蒼はイメージよりもずっと温かく私を包み込む。
それはワルターの気持ちが本物だと語ってくれた。
切実なその気持ちに揺さぶられぬ心があるだろうか。頑なにセネルを思っていたとしても、こんなに辛く苦しくワルターを思える。



私は一体どうしたというの?
セネルを好きな私はどこへいってしまったの。なぜ、ワルターに抱きしめられてキスをされているの。
彼の気持ちは断るはずだったのに……




































言葉が出てこない!!!





































、俺はずっとお前のそばにいる。共に生きていく」

「あ……」

「遥か昔の俺じゃない。ワルター・デルクェスとして言っている」

「ワルター……」

「……もうこの場所から、お前の前からいなくなったりなどしない」















心がぎゅっと収縮し、胸が苦しくなる。
小さく息を吐いて彼の瞳を見つめると、私を見据えていた。




こんな私を、どうしてそんなに強く見据えることが出来るのだろう。
ずっとそばにいて私を守ってくれていたあなたの気持ちに気づかなかった私を、どうしてそんな温かく受け入れてくれるのだろう。














どうして、どうして……















疑問だけが浮かび、そして沈んでいく。
この心地よい抱擁が懐かしくて嬉しくて、でも切なくて…どうすることも出来ない。
私はセネルに何を言えばいい?そしてワルターには?
みんなにはどう言えばいい?














誰か、教えてください。















「……、何か作ってくれないか。腹が空いたようだ」

「!」















ワルターが助け舟を出すように言ってくれる。
彼はまだぎこちない動きで私を引き離すと、ふっと雰囲気を和らげた。















「簡単なものでいい」

「ええ、任せて」















私は何事もなかったようににっこりと微笑むと、ベッドがら下りてテーブルに向かった。
でも肩も足も全部震えていたの。















心ではどうしていいかわからないのに、喜びに打ち震える自分の体が恨めしかった。















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ワルターさんが意識を取り戻しました!(祝)
そしてしっかりと告白!!!
葛藤する心と体…

2009/05/19