ワルターのために早く起きて、暖かな光をいれるためにカーテンを開けるのは私の日課。
でも今日からはもう少しやることが増えたわ。

だってワルターは気が付いたんですもの。
だからお食事とか顔を拭く濡れタオルとかを用意してあげなければならなくなったの。

それはとっても嬉しいこと。
体は喜びに溢れてきびきびと動くわ。お料理にも身が入る。
でも心はもやもやしたままで、依然どうすればいいかわからなかった。















「おはようワルター、朝ご飯よ」

「ああ、















思えば彼の瞳は初めて会ったあの時よりも格段と優しくなり、その蒼い瞳は愁いをなくしていた。
私を理解し守る様に強い意志を備えたそれは、昨日からたっぷりの愛情を向けてくれる。

ううん、正しくは昨日からじゃないのよね。
ワルターはずっと愛情を向けてくれていたんだから。
それに気付かなかったの。それともなければ気付いてないフリをしてた?


ワルターがここからいなくなってしまった時、セネルが私を守ろうとしてくれた。
彼はずっと私を好きでいてくれて、純粋に気持ちをぶつけてきたわ。

だから私も好きになったの。
その好きは今も変わらない。ワルターの気持ちを嬉しく思っている体があっても絶対に変わらない。



だからわからないの。自分の気持ちがわからない。
私はセネルのことが好き。でもワルターの気持ちが何よりも嬉しい。



これでどうやって答えを見つけられる?
全く先が見えないわ。

だから…















「ワルター、今日ちょっと出かけてくるわ」

「どこにだ?」

「みんなにワルターが起きたことを知らせにと、ちょっと外へも」

「外?」

「危ないことはしないわ。約束する」

「止めても行くだろう?気をつけろ」

「ええ、ありがとう」















前へ進むしかないと思ったの。

私は運命に立ち向かわなければ。
世界がどうなるかわからない時に、自分の気持ちと戦っていても埒があかないわ。

この問題はそれから。





でもね、セネルと会った時にどう話せるかわからない。
話せないかもしれないし、普通に話せるかもしれない。
彼が私と話すのを嫌がるかもしれない。
だから彼に迷惑をかけるのも、みんなに気を遣わせることもしないわ。















私は一人でいく。















「いってきます、ワルター」

「ああ、周囲に気を配って絶対に危ないことはするな。早く帰ってこい」

「ふふ、まるでお母様みたいね」















ワルターに本当のことは言わない。
だって彼、絶対についてくるわ。安静にしないといけない今だって絶対についてくる。
ワルターは本当に私のことを大切に思ってくれてる。

だから…私は一人で行くって決めたの。














































ちゃ〜ん」

「チャバ」















街を出ようとした時に後ろから名前を呼ばれた。振り返るとチャバが私を追って走ってくるところだった。
立ち止まって彼を待つと、ほどなく追いついて息を整える。
緑の髪の毛が上下に揺れて、まるで風に吹かれた若草のようだった。















「おはよう」

「おはよう、チャバ」

「どこか行くの?」

「ええ、艦橋に」















言ってしまって気付く。一人で行くのにチャバに行先を告げてどうするのかしら。
でも彼の柔らかい雰囲気が言わせてしまうのも確かなのよね。















「ついて行こうか?オイラじゃその……役に立てないかもしれないけど」

「大丈夫。すぐに帰ってくるつもりだから」

「アニキ達には言ったのかい?その……セネルさんにも」















セネルの名前に思わずビクンと反応してしまう。
やだ、私ってば。これでは全然ダメじゃない。















「チャバ……知っているのね」

「ごめん、アニキから聞いちゃって」

「いいの気にしないで。でも深くは聞かないでほしいの…私の中でもまだ整理できていないのだから」

「うん」

「嬉しいお申し出ありがとう。でも今日は一人で行ってくるわね」

「……うん、気を付けて」















チャバと別れてダクトに乗る。
何故か後ろ髪ひかれる気分だったので街を振り返ると、案の定チャバが見送っていた。
にっこり笑顔を作って手を振る。
でも次の瞬間はもう艦橋に着いていて、彼の心配そうな顔は見当たらなかった。



そのまま何も考えずに中へ入ると、時々出てくる魔物の相手をする。
そんなに強い魔物はいなかったからあしらう様に相手をし、本能の赴くままに奥へと進んでいく。



何故艦橋に来たかは、シュバルツに会えるような気がしたから。
ここ一か月ずっと彼女は姿を現さなかった。
ワルターとシャーリィや水の民達が黒い霧に支配された時、いつもと違って彼女はいなかったんだもの。
それがずっと不思議だったの。まあ、私達はそれどころではなかったけれども。




でもね、本当はここに来たくなかった。
だってここは兄様を葬った場所だから。




あの時が思い出される。
兄様は選択肢を私に与えた、プライドを失っての生かプライドを守り通す死を。
そして私は選んだの……兄様の願う死を。















「っ…!」















そんなことを考えていたら魔物の攻撃を掠ってしまった。
腕から流れる血に目を止め、けれども何もなかったかのようにそのまま矢を放った。




思い出してはだめ。だってそんなこと考えてたら前に進めないじゃない。
もう誰にも迷惑をかけたくないの。頼りに出来る仲間は自ら置いてきたんだから。
自分だけで立ち向かわなければいけない。















「着いた」















艦橋の最奥、忘れられないこの場所。
今は誰一人おらず、最後にここに来た時と同じあの時のまま。
兄様の血も戦いの跡もそこらじゅうに残っていて、やっぱり私に思い出させる。















「だめだ、ここに来て思い出さないはずがないわ。だってこんなにもあの時のまま…」















胸がきゅうっと締め付けられ肩が震える。
踏み出した足は重く鉛のよう。触れた機械の残骸に仲間達が兄様と戦った時の跡が残っていて悲しみが過る。
あそこに血だまりをつくって兄様は倒れた。私はその下敷きになっていた。
仲間たちの目は私を蔑んだように見ていて……
でも今はもう元の鞘に戻って仲良くやっているわ。















セネル以外とは…















「ああ、ヴァーツラフ兄様…私は今、強大なものと戦っております。それは自分というものです。

私はわかりません。どうしたらいいのか……

あの頃の様にきっぱりはっきりしないの。もやもやして………?」















突然、部屋の奥で黒い霧が見えた気がした。
呟くのをやめてそちらへと向かう。もしかしてシュヴァルツがいるかもしれない。















「シュヴァルツ?」















彼女の名を呼んだ途端黒い霧は大きく膨れあがり、ある人を型どった。
見上げるような巨体、盛り上がる筋肉。
それは……















「兄様……?」















ヴァーツラフ兄様だった。
黒い霧の兄様はゆっくりとこちらを向くと私を見据えた。
その視線は重く冷たく、悲しみを湛えている。















「なぜ、兄様が黒い霧に」















兄様は戦闘態勢を取ると拳を握り締める。















黒い霧だからといって、私はまた兄様を倒さなければいけないの?
あの時の痛みをまた味わなければならないの?
そんなの…















「いやーーーーーーーーっ!!!」















胸の奥から恐怖が膨らみ支配する。
大事なものを二度と抉り取られたくない。
それが黒い霧だろうが何だろうが…、あれは私の兄様なのよ。
もう絶対に対峙したくない、この手で兄様を殺したくない!!!















恐怖に支配されて、私はその場に倒れこんでしまった。
この後どうなるかなんて目に見えていた。
きっと黒い霧になったヴァーツラフ兄様に殺される!!!















―助けて!!!















もう叫ぶこともならぬまま、気が遠くなっていった。
















*************

誰にも頼らず一人で行動の悪い癖が(笑
黒い霧の兄様に会って大混乱して気を失うなんて…
これから一体どうなるやら。


2010/02/19







168話