ワルターは静かに海を眺めていた。
彼は心配していなかった。セネルなら必ずを連れ戻す、そう確信していた。
ただ、時間はかかるかもしれないが。
他の仲間達は彼と異なり、言葉を交わすことなくその場に座り込んで心配そうに二人を囲んでいる。
そんな輪からシャーリィが抜けて彼の元へやってきた。彼女は後ろに立つと、声を掛けるか迷っているようだった。
ワルターは特に助け船を出すことなく海を眺め、波の音に耳を傾けて彼女からの言葉を待った。
「何故、お兄ちゃんを行かせたんですか?」
シャーリィはかなりの時間躊躇った後に問うてきた。
言葉を選ばず率直な心を言った彼女に、ワルターは感心した。
「ジェイが説明した通りだ」
「……でも!さんがお兄ちゃんを選んじゃうかもしれないんですよ!?ワルターさんはそれでいいんですか?」
ワルターは思った。
彼女と自分は同じような立場だった…前までは。
しかし今は違う。自分が気付きそして今の中で気付いたであろうセネルと同じように、シャーリィもまた気付かなければならないことがある。
「シャーリィ、それでもいいのではないか?」
ワルターは自分に出来る限りの優しい感情を言葉に乗せた。
するといつもは感情的になるシャーリィが落ち着いて返答する。
「私……わかりません」
「俺もセネルもを想っている。その気持ちは同じ…いやどちらかが上かもしれない。しかしそれは関係ない」
「え……?」
彼はゆっくりと振り向いた。そして満足そうな笑顔で続ける。
「結局はが選ぶ。それがにとって最良で、幸福になるのならば俺でもセネルでもいいのだ」
「……」
「フ……、愛する者の幸せが、自分にとっての幸せに繋がるということだ」
横たわるとセネルを見つめて唇を引き締め、そして強く言い放つ。
「誰も幸せになれないのは最善ではない。愛する者を幸せにしろ、そして自分も幸せを掴め。さすれば残りの一人も必ず幸せになれる」
シャーリィはワルターの横顔を見て悟った。
彼も兄も、本当に心からを愛しているのだと。
*
気が付くとはクルザンドの自室で寝ていた。
…何が起こったか分からないけれど、きっと遺跡船から故郷に戻ってきたのだわ。
家族に会いたい―…彼女はそう思ったが行動には移せなかった。
心も体も重くて、部屋から出たいとは思えないのだ。
「私はどうやってここに戻ってきたのかしら?仲間たちはどうしたのかしら?セネルは?ワルターは?」
ズキン
彼らの名前を思い出した途端、胸の奥が疼く。
おかしいと思って記憶を探る。
…黒い霧は?グリューネは?シュヴァルツは?
「おかしいわ!!!まだ何も解決してないのに私は何やってるの!?」
は全てを思い出してベッドがら飛び起きた。
そしてうろうろと部屋の中を歩き回り全てを思い出す。
「私、一人で艦橋にいったんだわ。そして黒い霧になった兄様に会って気を失ってしまった…」
黒い霧とはいえ、再び兄様を葬る恐怖に勝てなかった。そして外の世界を遮断して自分の中に引きこもった。
この部屋は私の原点だ、ここにいれば全ての厄介ごとから逃れられる…
それならば自分はここから出る必要はない。
彼女は自分に言い聞かせる。
私は普通の王女だもの。兄様を殺すこともない。クルザンドで普通に生活して、他国のことを勉強して、素敵な男性と婚約して結婚する。
それでいいじゃない……
ズキン…
『俺はが好きだ』
『お前は俺のものになれ』
頭の中で声が聞こえる。彼らの声だ。
「セネル……ワルター……」
ダメだわ、私…忘れられない。二人の気持ちから逃げたままちゃんと向き合ってない。
答えも出していないのに、普通の婚約と結婚が出来て?
「でもわからないの。私はセネルが好きなはずなのに、体はワルターを求めてる。ワルターと共に生きたい…」
「それが答えだよ、」
ハッとドアを見る。するとそこにはセネルが立っていた。
彼はそっとドアを閉めると、と向き合った。そしてあの優しい笑顔を惜しみなく向けてくれる。
「セネル……何故ここに?ここは私の心の中だわ」
「シャーリィが俺を送ってくれたんだ。を連れ戻すために」
「シャーリィが……?滄我の力ね」
「ああ」
は落ち着かなげに彼の顔を見つめるとすぐに視線を逸らす。
そして俯いたまま呟いた。
「……セネル、私と話せるの?」
「なんでそんなことを聞くんだ、俺は誰とだって話せるぞ?」
「だって私……あなたを傷つけて…」
「ああ…」
セネルは恥ずかしそうに苦笑するとベッドの縁に腰かけた。
そして彼女に手招きすると横に座らせる。
「俺はを信じなかったんだ。俺を捨ててワルターのところに行ったって思ってた」
「……」
「自分の殻に閉じこもって毎日考えてた。俺たちのあの時間は全てまがい物だったんだって…はワルターの代わりを俺に押し付けたんだとまで考えた」
「…」
「最初はそれでもいいって考えた上でと一緒にいたはずだったんだ。なのに気持ちはどんどんエスカレートしてって、を俺だけのものにしたいって思った。の告白でやっと俺だけのものになったと思った途端、ワルターのところに帰ったから…」
「セネル、私…」
「ここまで来る中で色々考えた。結局は俺がを信じられなかったんだ、俺が弱かった…自分に自信がなかった。
俺たちの時間は本物だったんだ、二人でお互いを想って好き合ってた」
セネルの言葉には瞳を潤ませる。そして彼の手を握って何度も深く頷いた。
「俺はが好きだ。だからちゃんと聞くよ。にとってワルターは何だ?」
その問いにはビクンと体を震わせる。両手を口元へ移動し言ってもいいのか戸惑っているようだった。
セネルは優しく微笑むと彼女の両肩に手を置き軽く押し上げる。それによっては胸を張り真っ直ぐセネルを見返す体制になった。
「、俺は本当の気持ちが聞きたいんだ。誰にも気を遣わずにズバズバ言うのがお前の取り柄だろ?」
彼は笑っていた。こんなにさわやかな笑顔を見たのは久しぶりな気がした。
はつられたように笑顔になるとコクンと頷く。
「ワルターは私にとって大切な人なの。一緒にいるのが自然で、家族のように温かくて……共に生きていきたいの」
「ふ、前と同じだ」
「え?」
「ワルターがを裏切った時、は同じように俺にワルターは大切な人だって言ったよ」
「そうだったかしら」
「ああ」
セネルはを離すとベッドから立ち上がって背伸びをした。
そしてくるりと彼女に向き合って右手を出す。
「ああ〜スッキリした。じゃ、ここから出よう」
「あ、あの私…」
「その気持ち、ワルターに伝えろよ」
「え、えと…」
「……ああ!俺はが好きだ、それは変わらない。でもの幸せを願ってる。ワルターと一緒に生きていいんだ、。俺はお前が幸せなら自分も幸せになれるから」
セネルはニカッと笑って言った。するとは涙を溜めて彼に抱きつく。
「ごめんなさい、セネル!」
「…ここは、ありがとうだろ?」
「うん!!!ありがとうセネル!!!」
セネルは力いっぱい自分を抱きしめるを優しく抱きしめて額にキスをする。
は嬉しそうに微笑んで彼の頬にお返しのキスをした。
「そうだ、艦橋で何があったんだ?」
セネルは彼女の手を握るとドアへと歩き出した。そして取っ手を握ると思い出したように問う。
はハッとして彼を見上げると、繋がれた手を強く握りしめた。
「に…さまに会ったの。黒い霧の兄様に」
「黒い霧のヴァーツラフに!?やられたのか?」
「ううん、私また兄様を葬らなければいけないことに恐怖を感じて自分の心に引きこもったの。その結果がこれで…」
「……だから戻りたくなかったんだな。は昔からヴァーツラフと仲良いからさ、そうなるのは当然だよ」
「セネル…」
「艦橋にいるヴァーツラフのことは俺たちに任せてくれ」
「ううん、私も行く。ちゃんと向き合わなければ恐怖に勝てないもの」
「…わかった。じゃあ、支えさせてくれ。最後に俺が一人でをしっかりと支えたい」
「最後に」という言葉がに寂しさを感じさせる。
しかし自分はワルターを選んだのだ、セネルではない。だからこの寂しさは自分の我儘だと言い聞かせる。
「うん、お願いしますセネル」
「ああ、任せとけ!!!」
彼らは固く手を握りしめるとドアを開ける。
そして青空のような景色の中に飛び込んでいった。
****************
三角関係終わり^^やっと落ち着きました。
これからちゃんとした?グリューネ編に持ってきます。
2010/02/26
173話