朝、が目を覚ますと、既にワルターは食事を終えて部屋を出て行こうとしていた。
その後ろ姿を見て、明らかに自分を避けていることに気付かないわけがない。















「おはよう、ワルター」

「ああ」

「朝食ありがとう。私もすぐ食べて向かうわ」

「わかった」















ワルターは軽い返事をして部屋を出て行ってしまう。その後ろ姿を見送ると、は深く溜め息を吐いた。
何故自分を避けているのかがわからない。理由がわからなければどういう対策を取ればいいかも思いつかない。
は再び溜め息を吐くと、彼が用意してくれた朝食を平らげ、装備をし、ウィルの家に向かう。
重い足取りで到着すると、既にセネル以外の全員が集まっていた。















「いつもクーリッジが一番遅いな」

「ホントに!さん、お兄ちゃんを起こしてきてくれませんか?」

「えっ……私が?」















セネルの気持ちを断った今、自分一人で彼の家に起こしに向かうのは気が引けた。
が戸惑っていると仲間達が不思議そうに見つめてくる。















「だってさん……」

「はよー」















シャーリィが何か言いかけたが、入ってきたセネルの声にかき消された。
珍しく一人で起きてきた彼は、両腕を伸ばすとストレッチを始める。
それを呆れたように見ながら、ウィルが「行くぞ」と言った。






























            *





























再び到着したにとって忌まわしき場所である艦橋。
しかし仲間がいる今、彼女にとってここは恐れるものではなくなっていた。















「シュヴァルツちゃん、まだここにいるみたい」

「グリューネ、わかるのですか?」

「そんな気がするのよねぇ〜」

「本当にいるなら、何が起こるかわからない」

「気をつけて進もう」

「いざとなれば、モーゼスさんが男を見せますよ」















ジェイが重苦しい雰囲気を一掃するかのように言った。するとモーゼスは頷く。















「オウ、ワイに任せとけ!」

「本人もやる気のようですから、危険が迫った場合には、モーゼスさんをオトリにしましょう」

「待てやコラ!」

「何か文句でもありますか?」

「ありまくりじゃ!」

「うっ…」















モーゼスが怒鳴り声を出した途端、グリューネが頭を抱えて座り込む。
すると仲間達全員で彼にじっとりとした視線を送った。















「グリューネさん!」

「最近、多いのよねぇ。頭が痛くなるの」

「モーゼスさんが大きな声を出すから」

「何でもワイのせいにすんな!」

「グー姉さん、大丈夫?」

「うん、平気よ。ごめんなさいねぇ、心配かけて」

「無理はしないでくれ、言ってくれればすぐに休憩する」

「ありがとう、セネルちゃん。もう大丈夫、先に進みましょう」

「あ〜ん、待ってよ〜!」

「ノーマ、なぜ私の袖を引っ張るの…」















グリューネに続き、ノーマと彼女に引っ張られていく、ジェイとモーゼスが入っていく。
他の仲間達も遅れないように小走りで入っていった。















「うっ…」

「グー姉さん!」















グリューネが再び頭を抱え、仲間達は心配そうに立ち止まる。
ノーマはいち早く彼女に駆け寄ると、支えるように背中に手を当てた。















「少し休憩しよう」















セネルがそう言って座ると、他の仲間達も頷く。
はワルターから一番遠くに腰を下ろし彼を眺めることにした。















「もう痛みはないですか?」

「ええ、おかげでよくなったわ」

「記憶が戻る前触れなのかもしれないな」

「そうじゃとええのう」

「そうだ!記憶が戻ったら、盛大に記念パーティしよ〜よ!」















ノーマは両手を空に向けて盛大さを表す。
するとウィルが目を瞑ってうんうんと頷く。















「ハリエットが喜びそうだ」

「ハっちの料理を喜ぶのって、グー姉さんだけだからね!」

「記憶が戻るのと同時に味覚も正常化するかもしれませんよ?」

「それは困るな。グリューネさんは最後の砦だ」

「とかいっても、ウィルっちなら全部自分で食べるっしょ。親バカだから」

「お祝い、楽しそうですね」

「ホタテ三兄弟とか、フェロボンとか、皆呼んでワイワイやろう!」

「ザマランどのもな」

「エルザさんもオルコットさんも」

「と〜ってもすてきねぇ お姉さん、今から待ちきれないわ」















頭痛が完全に治まったのか、グリューネは嬉しそうににこにこ微笑む。
そしてシャーリィが思い出したように言った。















「泉にピクニックに行くのもいいですね」

「…泉」















ワルターの呟きには胸がズキンと疼くのを感じた。
しかし周囲のほんわかした空気に癒され、その疼きはすぐに消える。















「ふふっ…みんなと〜っても仲良しで、お姉さん、と〜ってもうれしいわ」

「みんなと一緒の時間がいつまでも続けばいいわねぇ」

「今を守るためなら俺はどこまでも戦える、誰かにオレ達の時間を奪わせたりはしない」

「いつか来るにしても別れは旅立ちであるべきなんじゃ」

「その時に後悔しない様、今を懸命に生きて行くんだ」

「ああ。、そうだろ?」















急にセネルから話を振られ、慌てて頷く
彼女は「ちゃんと聞いてたのか?」と言う彼に苦笑しながらもう一度頷いた。















「皆といるこの時間はとても大切。だから精一杯楽しんで…頑張らなきゃね」

ちゃんの言う通りねぇ〜」

「そんじゃ、グー姉さんの記憶を取り戻しに行っちゃおうか!」

「「「おぉーっ!」」」















盛り上がる仲間達を尻目に、とワルターだけが浮いているような…本人達はそんな気がしていた。





























              *





























艦橋最深部に着くと、は自分の体が震えているのに気付いた。
仲間達に悟られないように後ろに回り、両手で二の腕を抑える。

やはり怖かった。黒い霧となった兄と戦うのは。
出てきて欲しくない…そう思いながら周囲を見渡す。
しかしシュヴァルツはおろか、黒い霧の兄の姿は見当たらなかった。















「え〜っと、あたしってば目が悪くなたのかな?だ〜れもいないっぽいんだけどね」

「考えたくはないんだが」

「空振り……じゃったんか?」

「グー姉さんに限ってそんなこと……いくらでもありそ〜だね」

「あら?ここは……」

「先を聞きたくないと思うのは考えすぎか?」

「だ、大丈夫ですよ あれだけ自信満々だったんですからきっと……」

「う〜ん、間違えちゃったかしら?」

「ちょ、ちょっと待て〜」















グリューネの言葉にズッコケる仲間達。
しかし「何もなかった」という期待を裏切るように、彼女の後ろに黒い霧が現れた。















「「「!」」」

「まあみんなどうしたの?」















狼狽える仲間達を不思議そうに見つめるグリューネ。
そんな彼女越しに黒い霧を見つめるの瞳は恐怖が宿っていた。
最前列にいたセネルはハッとして後ろを振り返り、の異変に気付くと彼女の横に来て強く手を握った。















「うっ、ううっ、うううっ、ううううっ!」

「ノーマちゃん、それは新しい遊びかしら?と〜っても楽しそうねぇ」

「後ろっ!!」

「まあ、やっぱりここで正しかったのねぇ。どう?お姉さん偉いかしら?」

「偉いからこっち向かないで!何されるかわからないっしょ!」

「我を感じるまでには力を取り戻しているわけか」















黒い霧から現れたのはヴァーツラフではなくシュヴァルツだった。
は胸を撫で下ろすと「大丈夫」と伝えるようにセネルの手を軽く握り返す。
セネルは「わかった」と強く握ると、シュヴァルツに向き合った。















「シュヴァルツとかいうらしいな、お前に聞きたいことがある」

「人の子よ、言葉をわきまえよ」

「黒い霧はお前の仕業なのか?」

「答えんかい。それによっちゃ痛い目見せちゃるぞ!」

「人の子よ、わきまえよ」















シュヴァルツは何かのジェスチャーをすると達に力を放つ。
すると彼らの体は動かなくなってしまった。















「……くっ!また!?」

「ド畜生!体が動かん!」

「答えろ、シュヴァルツ!」















動かぬ体を動かそうと叫ぶ仲間達をよそに、シュヴァルツの力が働いていないグリューネは一歩ずつ彼女に近づく。















「あなたに聞きたいことがあるの」

「時が来たればグリューネは全てを取り戻す。その時を待つが良い」

「グリューネさん!不用意に近づくな!」

「なして体が言うことを聞かんのじゃ!ワイの体じゃったら動かんかい!」

「哀れだなグリューネよ、我が誰かもわからぬとは」

「あなたはシュヴァルツちゃんでしょ?」

「名など意味を持たぬ」

「教えてくれないかしら?あなたは誰?わたくしは誰なの?」

「時が全てを教えるだろう 世界が虚無に還ったあとに全てを知るやもしれぬがな」















シュヴァルツは無表情で笑う。















「黒い霧はあなたの仕業なんですか?」

「霧は我そのもの 我は霧そのもの」

「要するにワレが悪の黒幕かい!じゃったら成敗しちゃる!」

「人の子よ、わきまえよと教えた。このまま無に還るがよい」

「シュヴァルツ!何をする気だ!答えろ!」















セネルはの手を握りしめたまま、力に対抗するように一歩踏み出した。
それを見てシュヴァルツは再度力を放つ。















「あがくな、人の子よ」

「クーリッジ!」 「お兄ちゃん!」

「これがお前の答えかよ……そっちがその気なら!お前が災いを生むというなら、俺が立ちはだかってやる!」















セネルの爪が光る。
シュヴァルツは顔をしかめると、光っているセネルの爪を見つめた。















「む……?この光?」

「ほうじゃ!ワイらにゃこの無敵の聖爪術がある!」

「強い光 いまいましい力だ。この子らがグリューネの希望の種か……ならばここで無に還るがよい」















大きな黒い霧が噴出され辺りが闇のように暗くなり、仲間達は一層爪を光らせた。
すると黒い霧が晴れ、大きな塊ひとつとなる。
その固まりから現れたのは―……の最も恐れていたもの。















「ヴァ……」

「ヴァ、ヴァ、ヴァ……」

「「「ヴァーツラフ!!」」」















ヴァーツラフ・ボラド…の兄の変わり果てた姿だった。















「これってどういうこと!?」

「考えるのはあとにしろ!」

「目の前の敵を倒すのが先だ!」















仲間達が黒い霧の兄に立ち向かおうとする中、は震える体を抑えきれずに座り込んでしまった。
そんな彼女に手を貸しあぐねているワルターを見て、セネルは思わずを抱きしめる。















、大丈夫だ。一人じゃない」

「……ええ、セネル」















は心を奮い立たせると立ち上がった。
そしてセネルの手をぎゅっと握りしめる。















「私は大丈夫、だって仲間がいるもの」















その言葉が発せられると共にシュヴァルツの姿は消え、ヴァーツラフだけが彼らと対峙する。
仲間達は脇に退き、黒い霧へと向かうとセネルを見守った。















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ついに兄様と対峙!
ちゃんはどうなる!?


2010/03/10







175話