「見張ってるね」「見張ってる」「見張ってるな」















シャーリィ、ノーマ、クロエの女の子三人が口々に呟く。
私はそれを聞いて兄様を見た。本当に敵が来ないか見張ってるの。

ヴァーツラフ兄様は生きているわけではないから眠る必要がないの。だから見張りをかってでてくれたのだけど…
敵だったし、黒い霧の集合体だし…凄く変な気分なの。だからこの三人がじろじろと見ているわけだけれど。















「ヴァーツラフさんて、本当はいい人?」

「そんなことわかんないよ〜」

「そうだな…」

「きっとね、今はクルザンドのことが絡んでないからだと思うの」















思い切って言ってみた。すると三人はきょとんとして私を見る。
どうしようと思って色々考えるけれど、なかなか良い言い方が見つからない。
だって全部言い訳みたいに聞こえる。















「人はね、愛するもののためなら鬼にもなれるわ。兄様は昔からあんな人だけど、クルザンドのためなら手段を厭わずに色々して来たわ。

だから…」

「じゃあ、本当はいい人なんですね」

「守るものが違っただけか」

「今なら友達にもなれるとか?」

「黒い霧じゃあ無理だと思いますけど」















ノーマの言葉にシャーリィがくすくす笑って答えた。















「それよりもさ〜ちゃん、ワルちんを選んだなんて誰も思わなかったよ?」

「私もです!」

「私もだ」

「今はお互いの気持ちが伝わったってとこだけど〜……」

「その先はいつなんですか?」

「その先って!?シャーリィ!」

「クロエはウブだね」

「シャーリィ…!」

「わ〜、リッちゃんがくろ〜い」















その先って……シャーリィ、何のことを言っているのかしら…
三人は思い思いに言葉を出すと、ばっと同時に私を見た。















「「「で、どうなの!?その先はいつ!?」」」

「わ…私は…」

さん、言っちゃいましょうよ」

「ほんと〜。言っちゃお〜よ〜」















みるみる迫ってくるシャーリィとノーマを退け、私は一息ついた。
けれども二人は諦めることなくついてくる。どうしよう、と思った時、ヴァーツラフ兄様が手招きしてくれた。
この場は助かったと思い向かうけれども、結局これは先延ばしになっただけなのだわ。















「女友達は大変だな」

「そうね。クルザンドではいなかったから、新鮮味はあるわ」

「お前はいつも目の敵にされていたからな」















それは本当。
自分で言うのもなんだけれど、いつも私と婚約しようと頑張る男性が纏わりついてきて女友達は出来なかったのよね。
それどころか、次期王のヴァイシスまで私ばかりをダンスに誘うからもうどうしようもなくて……はぁ。
社交界ではいつも私は女性の敵なの。















「…そういえば兄様、いつ消えるの?」

「なんだそれは。消えて欲しいみたいな言い方だな」

「言い方が良くなかったわ。いつ消えてしまうの?」

「そんなに心配するな。消える時は消えると言う、勝手にいなくなったりはしない」















さすが兄様、私の考えている事がわかってしまうのね。















「それよりも、あそこに座っているあのぽや〜んとした女だが」

「グリューネのこと?」

「何故あの女が一緒にいるのだ?あの女はさっき話したお前を私に託した女の一人だ」















兄様はそう言うとグリューネをじっと見つめた。
なんだかその視線に違和感を感じてほっぺたをつねってみる。















「いてててて!、何が不満なのだ?」

「不満なんて…」

「嘘をつけ、何か言いたいことがあるだろう?」

「だってその目線!」















下心がこもってる!!とまでは言わなかったわ。
だって女の私から見てもグリューネはグラマラスで魅力的な女性だもの。

私がぷりぷりして口を尖らせると、兄様は思いっきり私を抱きしめた。
それに驚いて胸を押すけれど、厚い胸板はそう簡単に引き下がってくれない。















「兄様!!」

「好きだ、大好きだ、。この世で1番な」

「兄様はもうあの世の人間ですわ」

「…あのな…。お前が何で怒ったのかすぐわかったぞ。私が下心を持ってあの女を見たからだろう」

「当たり前です!グリューネは女神なのですから、そんな汚らわしい目線を向けないでください」

「…妬いたんじゃないのか?」

「妬きません!!!」















兄様の能天気さには本当にびっくりしてしまう、なんて思いながら睨むと、兄様は笑っていた。
そしてグリューネから視線をワルターに向けると、妬いた表情で呟いた。















「お前が妹ではなかったらな、あんな金髪に渡さんのに」

「くす…」

「なんだ?」

「ワルターのこと金髪と言うなんて、ヴァイシスみたいですわよ」

「げ……ま、まあいい。お前が選んだ者だ、お前の人生だ。誰を好きになろうと私に介入出来んからな」

「あら兄様、いつからそんなにものわかりがよくなったんですの?」

「あのなぁ」















あからさまに溜め息を吐く兄を見ながら私は笑った。
あの時戦って、葬ってしまったものを取り戻せた気がしたの。だって、私達は笑って…楽しくお喋りしてる。
本当のヴァーツラフ兄様が戻ってきた。それが心から嬉しかった。















「大好きよ、ヴァーツラフ兄様」

「…それは兄としてだろう?お前は真実を知らなかったからな。私にはお前は妹だが違う者に見えた。だから女として愛した…」

「兄様…」

「妹ではなかったら、と何度思ったことか…」

「私は・ボラド。クルザンドの第一王女で、兄様の妹ですわ」

「…そうだな」















私にとって、兄様は最初から最後まで兄様だった。それは変えようもない事実。
だからもし兄様が生きていてそう私に告げたとしても、気持ちには応えられなかったわ。
それを兄様もわかっている。















「あふ…眠くなってきてしまいました。寝てもいいですか?」

「ああ、おやすみ















最後だから…そう思って昔のように兄様の腕の中で眠りにつく。
温かで力強いその腕に抱かれると、怖い夢なんか恐れずに見られるのよね!





























             *





























ヴァーツラフは眠りについた妹を優しく抱きしめ、頬にキスを落とした。
これは親愛のキスだ、そう言い聞かせて昔のように銀色の髪を梳いた。
しばらくすると、寝静まった妹の仲間達の中からワルターが起き上がって自分の元に向かっていることに気付く。
彼はふと笑みを漏らすと、妹の恋人の到着を待った。















「……なんだ、何か用か?」

「……」

「ああ、か。何をすることもない。お前達にも危害を加えず、こうやって見張りもしているだろう。

…それとも何か?やきもちか?」

「っ…そういうわけでは!」

「そういうわけだな」















ヴァーツラフは強く否定しながら顔を赤くしたワルターを見てくっくっと笑った。















「まあ、座れ。お前が私を見張ればいい…」

「…」















ワルターはヴァーツラフを見張るように目の前に座った。
しばらく無言が続いた後、ヴァーツラフは何かを問う様な目線に気付いた。
かつて水の民を虐殺した自分に恨み言の一つもあるだろうに、妹のために何も言わない。
なるほど、出来た男だと思った。















を頼む」

「……貴様、死んで人が変わったのか?」

「人が変わった?私はもともとこういう人間だ。もそれをよく知っているから安心して寝ているのだろう。
しかし、あの時の私にとってクルザンドが1番だったのだ。何よりも。それがあの様だ。今はあのバカ兄上の息子が国を立て直していやがる。

の言った通りだった」

の?」

「こいつがクルザンドで戦争を止めるよう呼び掛けていたのを聞いていないのか」

「ああ、その時シフォンに会ったと」

「シフォン・ウェレンツか。サジェの奴が世話になったようだったか…。

我が妹は、兄の考えである戦争を反対した。そして手を取り合う未来を示したのだ。それを今、ヴァイシスが行っている」

「貴様、の婚約者がシフォンに世話になったと言ったが、どこまで知っているんだ?」

「…に起こったことはだいたいだな」















ほとんど見ていた。見ていた時にシュヴァルツに黒い霧にされたのだった。
シュヴァルツとしては黒い霧にさせた自分を操れないはずがないとタカをくくっていたのだろう。それがこのザマだ。
黒い霧として復活させた手下に裏切られ、真実を暴露されているとは。
ヴァーツラフはワルターの言葉を聞きながら色々思案していたが、彼の次の言葉にぴくりと反応する。















「そんなに妹が大事ならば、何故あんな事を…」

「あんな事?戦争か。私はの兄である前にクルザンドの王子だからな。クルザンドを守る事イコールを守る事だと思っていた、あの時は。しかしそれは間違いだった。こいつにかせられた運命は私の行動一つで変わるものではなかった」

「世界を見守る者か?」

「そうだ。こいつをクルザンドに呼んだ時から…」

「呼んだとは…」















ワルターが話に食いついてきた。
しかし真実を話すのは自分の役目ではない。話すか話さないかも決めるのは妹だ。















「…それは全てに話した。後で聞くといい」

「…わかった」















ヴァーツラフは、よくよく妹の恋する男を観察してみた。
水の民特有の金色の髪や蒼い瞳は美しかった。妹のかつての婚約者も美しかったが、この男も美男子だと思った。
金色の髪は妹の銀色の髪とよく似合うだろう。そして共に歩く姿は、誰も近づけない程の輝きを放つだろう。
考えれば考えるほど、この男より妹に似あう人物は思い浮かばない。

私はわかる。はこの男を失ったら死をも厭わないだろう。















「お前、その身を気をつけろ。お前の命と引き換えにされた時、今のは世界ではなくお前を選ぶ!」

「…!そんなことが…」

「ないと言えるのか?だとしたら、お前はの気持ちを見くびっている。自分の身を守ることが世界を救う道だと肝に命じておけ。死んだら許さん!冥界から蹴り飛ばしてくれよう!」

「…貴様…」

「全てはのためだ。不甲斐ない兄だったからな」

「……すまない、邪魔をした」
















ふと微笑んで妹を見るヴァーツラフに、ワルターはそれ以上何も言わず立ち上がると離れていった。
ヴァーツラフはその後ろ姿を見て再び笑みを漏らした。















「水の民か…人となんら変わらんな。憎らしい程お互いを好き合っている。…羨ましいことだ」





























               *





























窓から朝日が指し、私はすっきりした気分で目を覚ました。
優しい顔を向けてくれる兄の頬にキスをすると、兄様も返してくれた。

手早く朝食の用意をしてみんなで食べる時、私の横には兄様とワルターが座っていたの。
セネルやジェイやウィルはその光景を見て苦笑していたわ。だからちょっと恥ずかしかった。















「さて、お別れだ」















帰り支度を済ませると、兄様がそう言った。
黒い霧の兄様は街へ連れて帰れないし、こんな状況になっているとシュヴァルツが気付くのも時間の問題だもの。















「いってしまうのね、兄様…」















兄様はくしゃりと私の頭を撫でると笑った。















、幸せになれ」

「はい…」















精一杯の笑顔を向けると、同じように笑顔で私の頭を撫でてくれた兄は次にセネルを見た。















「セネル。お前は覚えてないかもしれんが、あの任務が成功した暁には、お前を専属の親衛隊長にする予定だったのだ」

「……そういえば!そんなことを聞いた気がした」

「そうなっていれば運命はお前の方に転んでいたやも知れぬな」















兄様はガハハと笑った。
セネルはうんうん唸った後、首を横に振って兄を見返す。















「そうかも知れない。でもそうしたら仲間達にもステラにも会えなかった。お前の馬鹿げた作戦に加担することになってた。そうなら今の方がいい。

とも、平等で真剣な恋が出来たしな!」

「セネル…」

「言ってくれるな、セネル!

ではさらばだ、…わが妹よ。真実が伝えられて良かった。あとは、お前が選択するのみだ」

「兄様……」















セネルの言葉に、何故か兄様は満足そうだった。黒い霧が蒸発し始め、兄様の体はどんどん透けていく。
私達は何も出来ずにそれを見守るしか出来なかった。
兄様が消えていく最後まで、見届けるしか出来なかったの。

















「はい」

「ありがとう」

「……!はい!!!」















兄様は最後にそう言うと、跡形もなく消え去ってしまった。
その言葉は私の心にすっと溶け込み、ほんわかとぬくもりを残してくれる。















『妹よ、私の元へ来てくれてありがとう』















言葉は心から全身へ伝わり、私の兄様への罪を全て浄化してくれた。















色々なことがあったわ。
クルザンドで過ごしていたあの時間は幸せだった。兄様の強い腕に守られ、私は今の私になった。
遺跡船に来てからの牢獄生活は苦しかったけれど、兄様からの辛い仕打ちを受けた分、素晴らしい仲間に出会えた。
兄様を葬ってしまったけれど、こうやって再び会えて最後を迎えた。

兄様は最後まで私の事を想ってくれた、全く恨んでいなかったわ。















…」















ワルターが優しく肩を抱き寄せてくれる。
でも私は泣いたりなんかしないわ、大丈夫。だって兄様は笑顔で逝ったもの。
だから私も笑わなきゃ!















「私は大丈夫!さあ、街へ戻りましょう!!!」















*************

終わった〜!ヴァーツラフ本当にありがとう!!!

2010/03/26







178話