「うわっ…なんかいっぱいいる!」
その時入って来たのはヴァイシスだった。
私達はあまりにも緊張してたので、ウィルではなく彼が入って来た事に拍子抜けし、ガッカリする。
「うわっ…なんでそんなガッカリするわけ?酷いな。」
「だってさ、ウィルじゃなくてヴァイシスだもんな。
普通、このメンバーが集まってたら最後はウィルだろ。」
ここにいる自分を否定されたかのような言葉に、ヴァイシスはぷくっと頬を膨らませると目を細めてセネルを睨む。
「お兄ちゃん、ヴァイシスさん怒ってるよ?」
「でもな、シャーリィ。このガッカリ感は底知れないものだろ?」
「そうだけど…」
「…言ってくれるね、天然兄妹。ウィルだってここに…」
「俺がどうかしたのか?」
ヴァイシスの後ろからひょっこり見えるウィルの顔。
私達はそれに安堵すると待ってました!かのように彼の名を呼んだ。
『ウィル!!』
その行為によってますますに気を悪くするヴァイシス。
そんな彼を気にせず、私達はウィルに赤ん坊の事やその両親のことを説明した。
「では、今すぐ追わなければならんな。」
「ええ。でも彼らの居場所は…」
「それは大丈夫だ。
ところでハリエット。」
「な、何よ?」
「お前はここで待っていろ。」
ああっ!
ハリエットの顔がいためエリンギのようにどんどん赤くなっていく。
「なっ…ハティも関係者なんだから!ハティが赤ん坊を預けられたんだから!」
「街の外が、何度危険だと言ったらわかるんだ?」
ハリエットは特大に頬をを膨らますと、ウィルを睨み上げた。
「ハティにだって、最後まで見届ける権利がある!」
彼女はそう言い切ると、赤ん坊を抱える私にしがみついた。
「ハリエット…」
「も言ってよ。ハティにその権利があるって…」
「でも、ハリエット……」
私は困ってしまう。
だって、ハリエットの言っている事もウィルの言っている事も最もなんですもの。
「ハリエット、あまりを困らせるな。」
「ふんだ!絶対一緒に行くんだからね!」
ウィルはひとつ溜め息をつくと、父親の厳しい顔をハリエットに向ける。
「いいだろう。ただし条件がある。」
「な、なによ。」
「ひとつ、自分の身は自分で守れ。」
「わ、わかってるわよ。」
「ひとつ、赤ん坊の面倒はお前が見ろ。」
ハリエットはびっくりした顔をすると、私を見た。
そして私も彼女を見て目を合わせる。
その時、少し開いた窓から暖かい風がフワリと入ってきた。
カーテンが揺れ、皆の間を掠め、その風は私の頬に当たると、そのままストンと私を見上げるハリエットの頬へ落ちる。
え?ハリエットに任せろ…?
不思議な声が聞こえたような気がして戸惑う。
「、貸して。」
「大丈夫?この子けっこう重いわよ?」
「へーきよ。」
彼女の小さな腕に、赤ん坊を乗せる。
ふわりと香る残り香。
甘いミルクの匂い。
その余韻を少し楽しみながら、自分もいつか子供を持つ日が来るのかと思うとくすぐったい。
さっきの風は、私にこの匂いを残すとどこかに消え去ってしまう。
一体なんだったのかしら。
ハリエットは赤ん坊を優しく抱き留めて、柔らかく包み込んだ。
その溢れる笑顔が、本物のお母さんみたい。
「さて、行くか。」
それを見たウィルの口元が緩んで、微笑ましい。
ああ、やっぱりウィルはハリエットの父親だわ。
私は感慨深く二度ほど頷くと、ウィルの後に着いて歩き出した。
「ちょっと待ってください!行き先に検討がついてないじゃないですか!?」
でもジェイに呼び止められる。
確かに、そうだわ。
足を止めようとすると、隣でウィルが囁いた。
「大丈夫だ。」
「え?」
「それは大丈夫だよ。行き先は巨大風穴なんだ。」
「ヴァイシスさん、何でわかるんですか?」
「今さっき、俺とウィルはその両親を途中まで案内してきたんだよ。」
皆(私を含めて)は『えっ?』という顔をすると、ウィルとヴァイシスを交互に見た。
「それを早く言ってくださいよ。」
ジェイは恥ずかしそうに溜め息をつくと、両手を投げ出して顔を左右に振った。
*
「うわ〜っ!こんな凄いものが遺跡船にはあるんだ!」
ヴァイシスは巨大風穴の周囲を飛び回ると、にこにこ笑いながら言う。
私もここには初めて来るから圧倒される。
だって、本当に巨大な風穴なのだもの。
「本当に…すごいわねぇ…。」
風穴に飲み込まれそうになりながら、呟く。
今はそんな時期ではないから冷たい風は吹いてこないみたい。
これなら、探索は困難ではないはずね。
「うわーっ。夏に来てみたいなぁ。」
「……観光気分でいるなら帰れヴァイシス。」
「あ…ごめん。」
ウィルは彼を注意すると、スタスタと石版まで歩いて行く。
私は無言でそれに着いていった。
ウイィンと降りていく足場。
しばらくすると、ガタンといってある場所に到着する。
皆が何事も無く足場から降りていく中、私はそろりと足を踏み出した。
ピンク色で出来た大理石のようなところ。
色は同じなのに、蜃気楼の宮殿とは明らかに違う。
床は石のように頑丈なのに、葉っぱのような形で今にもひらひら舞いそう。
恐る恐る出す足に吸い付き、生き物のようで恐い。
そしてこの風。
夏じゃないのに下から冷たく吹いてくる。
風足は強く無いけれど、私たちの歩みを遅くするには充分なほどだった。
「なんだか、嫌な思い出が蘇って来た…。」
「嫌な思い出?」
「ああ、あのクロエさんがカナ…」
「うわあぁっ!!」
ジェイが言いかけたのをクロエが叫んで止める。
「カナ?」
「ちがっ…何でもないんだ、ヴァイシス殿!」
「でも確かにジェイはカナって…」
クロエは両手を左右にブンブン振ると、苦笑いしながら言う。
「かっ…かなり、凄かったんだ!」
「何がだい?」
「そのっ…」
彼女を問い詰めようとするヴァイシスの元に、ウィルが無言で歩いて行く。
何が起こるのか、ヴァイシス以外の皆にはわかった。
きっと、ハリエットもだろう。
ドカッ…
「った〜っ!」
「いい加減にしろ!遊びでここに来てるんじゃないんだ!!」
いつもの拳骨が炸裂。
ヴァイシスは頭を抱えながらウィルを見ると、眉毛を逆への字に曲げる。
「……すまない、気をつけるよ。」
「次はないからな。」
「…はい。」
ウィルはそう言うと、またスタスタ歩いていってしまった。
「あ〜あ、とうとう王子を殴ってしまいましたね。」
「いいんだ、ジェイ。俺が悪い。クロエ殿もすまかった。」
「い…いや…。」
ヴァイシスは呟くように言うと、何か考え込むように歩き出した。
一体、どうしたというのかしら?
私は彼の後姿を見て心配になりながら、なんて声を掛けて良いかわからない自分がもどかしかった。
「…フウ。」
ハリエットの溜め息が聞こえる。
こんな所を赤ん坊を連れて歩くなんて、すごく神経がいることだものね。
ここは足場が安定しているにも関わらず、歩ける場所が狭い。
葉っぱが繋がる先っちょのような部分が橋みたいになっていて、時には一人で渡るのも恐いくらい。
落ちたら一生の終わりだものね。
そういうところに来ると、私たちはハリエットを気遣いながら渡った。
でもハリエットは、絶対に赤ん坊を渡そうとはしなかった。
彼女の決意の現れでしょうね。
ふふ、さすがウィルの娘だわ。
そういうところが、似てる。
私たちでも進むだけで体力を使うような風が吹いているのに、ハリエットはそれにも負けずに文句もなく黙々と歩き続けている。
赤ん坊の両親を捜すためだけに。
彼女が頑張り過ぎなくらい頑張っているのを見て、心配の入り混じったような嬉しい気持ちが芽生える。
「私はへーきよ。」
そして気丈にもそう言って笑顔を向けてくれる姿に涙が出る。
額には玉の汗をかいて何度か拭おうとしているのを見たし、足取りが最初よりおぼつかないのもわかる。
そろそろ休憩を入れないと、ハリエットが大変だわ。
それを訴えようとウィルの横に走り、彼を見上げる。
すると彼は「わかっている」と言いたげに頷いた。
「少しだけ休憩しよう。」
「え、でも先を急いだ方が…。」
急かすジェイにグリューネがほんわかした微笑みを向ける。
「お姉さんもお休み取りたいわぁ。」
「でも…」
「ジェイちゃん。」
「…わかりました。」
ジェイはそう言ってちらっとハリエットを見ると、その場に座った。
「先の様子を見てくる。皆はここにいてくれ。」
ウィルはそう言うと、休憩を挟まずに皆を置いて奥へと進む。
私も座りかけた腰を伸ばして彼の後を追った。
「も休んでいろ。」
「大丈夫です。ウィル、魔物が出たら私が守ってあげますからね。」
「あのな……」
「ウィの字、、ワイもつきおうちゃる。
ギート!」
モーゼスもギートと一緒に私達の後を付いてきた。
「ウィル、ここにはいないみたいね。」
「ああ、どこまで行ったのだろう。」
どんなに捜しても人の姿ひとつも見えない。
もうこの階にはいないのかもしれないわ。
下を覗くとまだまだ底があるみたい。
真っ暗で何も見えないの。
下が見えない恐怖で肩を震わせる私に、ウィルは優しく手を置く。
それを見上げると、優しい顔した彼が居た。
「まだ下があるのですか?」
「ああ。下にはゲートの墓がある。」
「まぁ!ゲートの!!」
「ああ。」
「本当に凄いところですわ!!」
感心する私を優しく見下ろし、ウィルは微笑んだ。
そして最後に確認するかの様に周囲を見回すと、フウと溜め息をつく。
「…これ以上進むと皆と離れすぎるな。」
「そうじゃの。帰るんか?」
「ああ。そうしよう。」
モーゼスとウィルは探索を諦めると、来た道を戻り出す。
皆を置いての探索は無駄足とまではいかなかったものの、赤ん坊の両親を見つけるまでには至らなかった。
先程の休憩場所に向かって歩いていると、赤ん坊の泣き声が響いてくる。
「おぎゃあああっ…」
あの子が何を求めているのかは、私には分からない。
「おぎゃあああっ…」
ミルクをあげたのも、おしめを代えたのもあまり時間が経ってないし。
一体何で泣いているのかしら…。
「どうしたのかしら?」
「……この泣き方は……」
ウィルは何かにハッと気付くと、私とモーゼスを忘れたかのように一目散に走り出した。
「ちょ、待てやウィの字!!」
「行きましょう、モーゼス。」
「オウ!」
私達も置いてけぼりにされないように、彼を追って走り出した。
***********************
昔のヴァーツラフへの出来事に後悔を感じるヒロインは、
もう居ない自分の兄に代わって、今居るお兄さん(ウィル)
のそばを離れずにどうにか償いのようなモノ……
その兄の気持ちを分かろうと必死のようです。
2006/10/03
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