「ウィル、いますか?」
私はノックもせずに彼の家の中へと入っていく。
外は雨なので、明かりのない部屋は一層、闇と化していた。
「ウィル…」
いないのかもしれない。
けれど……
私は階段を使い二階へと上がっていった。
窓に吹き付ける水滴。
雨は止むことを知らないかのように窓へと当たり散らす。
まるであの水滴は、ハリエットの心。
ううん、
私が誰にも見せずに隠している心なのかもしれない、と思った。
階段を上り切ると、そこは細く開いたドア。
「?」
いつもは固く閉ざされて、前に一度ウィルがいないときに皆で開けてみようとしたけれど、どうしても開かなかった部屋。
開いてる…?
ウィルはそこにいるのではないかと思い、勝手に入る私を許してくださいと願いながら、その部屋に足を踏み入れた。
「…これは………!!」
ここにウィルはいなかった。
けれども凄いものを見つけてしまったの。
ここは…
ハリエットのための部屋なのだわ。
何もかも、全てがハリエットの為だけに作られている。
「こんな……!!」
胸の奥底で、感動の嵐が起こったような気がする。
昔、ヴァーツラフ兄様が私の為に部屋をつくってくれて、(ビロードだらけの女の子らしすぎる部屋だったのだけれど)それにとても感動したことがあったの…。
その時ぐらい感動したわ!
私がつくってもらったわけじゃないのに、この部屋の溢れ出るウィルの気持ちに胸が突かれた。
「…か?」
後ろからウィルの声が聞こえて、全身がギクリとする。
今更、勝手に入ってしまった罪悪感に襲われた。
「あ、ごめんなさい。勝手に入ってしまって。」
「いや……。」
ウィルは決まり悪そうに言うと、部屋を見回した。
「見られてしまったか。
…こんなものまでつくっているのにな。」
「きっかけが、掴めないのですね。」
「ああ。」
ウィルは小さな椅子にトンと腰を下ろすと、私を見上げた。
「立場だけで、あいつには何もしてやれない。
話すにしろ、注意するか、叱り付けるかしかできない。」
ウィルは苦しそうに言うと、握りしめていた手を開いた。
そこにはハリエットの壊れた花飾り。
「あいつが言っていた花飾りがこれのことだったとは、思わなかった。」
「ウィル…」
彼は悲しそうに笑み、再び花飾りを握りしめる。
「俺はあいつの何を見ていたんだろう。
毎日この花飾りを付けているのが当たり前で、見慣れた光景であったにも関わらず、それを付けていなかったハリエットの変化に気付いてやることができなかった。
……俺はハリエットの父親として、娘の何を見ていたのだろう。」
ウィルは私に聞かせるのではなく、自分に言い聞かせるように呟いていた。
「ねえ、ウィル。」
呼ぶと、今私の存在に気付いたかのように顔を上げる。
…さっきの笑みは、誰に向けたものだったのだろう?
私は一瞬、そう感じた。
呼ぶまで、私がここに存在している事が念頭におかれていたけれど、彼の頭の中には違う人が映ってた?
そう。違う人が映っているわ。
あなたの大切な奥さん。
この部屋でニコニコしながらウィルを見守っているもの。
私には、わかる。
「あなたはここにいるのですよ?ハリエットもこの世界にいるのですよ?
こんなに近くいるのに、
どうしてもっと歩み寄ろうと努力しないのですか?
今、自分の愚かさに気付いたなら、気付いたあなたからハリエットに歩み寄ればいいのです。
ウィル、あなたはハリエットの父親でしょう…?」
私の言葉に、ウィルは目を見開いた。
ねぇ、先生。
彼女の言う通りですよ?
あの子は先生と私の子なんです。
ふふ、あの子の性格は先生似ですけどね。
あー、だからうまく歩み寄れないんですねぇ?
似た者同士だから。
でも大人な分、
父親な分、
先生から歩み寄らないとだめですよ?
アメリア……!!
俺は今、何を見たんだ?
目の前にアメリアがいた。
もういないはずの君が、目の前にいた…?
「アメリア……」
「ウィル?」
気付くと、目の前にはが立っていた。
そうだ、ここを知られてしまい恥ずかしながらハリエットの話をしていたんだ。
「ああ。俺から歩み寄らなければならないな。」
俺が呟くように言うと、は首を傾げた。
「すまない、。
君に余計な心配をかけてしまった。
それに…」
「それに?」
「さっきは、当たり前のように責めてすまなかった。」
は優しく微笑むと、自分の胸をドンと叩く。
「いえっ!あれは私が注意すべきでした。」
「いや、ノーマとシャーリィに言われたが、はハリエットの母ではないからな。」
「母ではないですけど、姉のようなものですから。
…叔母かしら。
これではヴァイシスとハリエットが同じ立場ですわね。ふふ…」
彼女はころころ笑うと、俺の肩に手を置いた。
「ウィル、自信を持ってハリエットと話しましょう?」
そして俺の背中を押してくれる。
しかし、俺は自分に自信が持てなくなることがあるんだ。
…そんな俺でも、は後押ししてくれるだろうか…?
「俺は時々、自分に自信が持てなくなることがある。
最近は、遺跡船に戻ってくるべきではなかったかもしれないと考えてしまう。」
こう言うと、はきょとんとした顔で俺を見た。
「あなたは、ずっと遺跡船にいたのではなかったの?」
「……大陸に帰り即死刑だったとしても、俺には妻と子…愛する者達と離れて暮らせはしなかった。だからすぐ二人を追ったんだ。」
「そう…。」
「あの頃の俺には、大切なものはたった二つしかなかった。
それを失ってしまえば張り詰めた気持ちも無くなる。
俺は刑を覚悟して葬儀の場には行った。
そこではハリエットが、泣きじゃくって俺への恨みを叫んでいたんだ。」
あの光景を思い出す。
アメリアの冷たい墓の前で泣きじゃくるハリエット。
声を掛けることさえも出来ない俺。
本当に、声を掛けることが出来なかったのか?
いや、声を掛けなかったんだ。
「怖かった。声を掛けることが怖かったんだ。」
は優しく微笑むと、暖かい手を俺にくれた。
「ウィル、泣きたいときは泣いていいのよ?」
冷たく固められた心に、温かい湯をかけられたようだった。
俺は気持ちが緩まぬよう、話続ける。
「……俺はその後捕まった。
しかし、死刑は免れた。
俺が何故助かったのかは、アメリアのお蔭だった。
アメリアの最期の願いは、
『俺を許してほしい』
だったそうだ…。」
は胸を打たれたように、一筋の涙を流した。
涙がつられそうになって、下を向く。
俺が泣く事は許されない。
守りたいものは、たくさんある。
強くなければ守れはしない。
「ウィル…!!」
は俺の首に手を回すと、きゅ、と抱きしめた。
ふんわり香るの甘い匂いが鼻につく。
その心地良さに、また負けそうになる。
「ねえ、ウィル。聞こえる?」
「?」
「アメリアさん、ここにいるのですよ。」
は何を言っているんだ?
「自信持って、父親でしょ?って言ってるのですよ。」
彼女は泣きながら俺に笑いかけた。
「もう強がらないで。
私、先生を信じてます。
ハリエットを宜しくお願いしますね。
そう、言っているのですよ?」
「!!」
先生……
それは、アメリアしか呼ばない呼び方…!!
その時、の顔にアメリアの顔が重なった。
その顔は…
零れるくらいの笑顔だった。
俺はその顔を見て、安心した。
君はこの世界に生を持たなくとも、
幸せに過ごしているんだと。
アメリア……
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ウィル慰め大会☆
ヒロインの力は、アメリアさんにまで及んだのか…?
2006/10/14