「アメリアではなく、俺が死ねばよかった…
また同じ事を言われる日が来るとは思ってなかった。
さすがに堪えた…。」
ウィルはそう言って、本当に少しだけ、涙を流した。
どんなに歳を重ねても、大人になったとしても、悲しいことは悲しいし、辛いことは辛い。
大人になることはただ、耐える気持ちが強くなっていくだけ。
私はそう思う。
今のウィルには、守るもの、守りたいものがたくさんあるから、
どうしても、強くありたいと願ってしまう。
体には見えない鋼の甲冑を纏い、見えない盾を構えている。
大人になることは良いことなのかも知れないけれど、
守るものが多くなり過ぎて、
耐えなければいけないことが多過ぎて、
逃げられないような柵に自分を遮られるのだろう。
…兄様も、そうだったのかもしれない。
私は、雨の上がった水溜まりばかりの道を歩きながら思った。
水溜まりに爪先を入れてくるりと掻き回すと、映っている自分が歪む。
それを繰り返すと、これが本当の自分の姿なのかも疑いが浮かぶばかりだった。
兄様がもしクルザンドの王子ではなかったら、自由にこの世界を生きていたかもしれない。
兄様は、本当は自分らしく自由に生きる人だったから。
民達の想いをその背に負っていなかったら……
もしかして…。
ううん、考えるのはよしましょう。
もう、兄様はいないのだから。
私は心が空になったようで、虚しくなった。
今は、ウィルとハリエットのことだけを考えよう。
トントン…
「はい?」
夜も遅すぎるのだけど、私はマダムミュゼットの御屋敷へと入る。
ドアを叩くとシャーリィが出て来て、驚いた顔で私を迎えてくれた。
「どうしたんですか、さん。」
「ええ、ちょっと…」
「だって?」
「?」
まだセネルもいるようで、ヴァイシスと一緒に私を見た。
「ワルターさんは…?」
「先に帰ってもらったの。」
「そうですか…。」
シャーリィはガッカリすると、私を中に入れてくれた。
「ハリエットは?」
「まだ喚いてる。」
「そう…。」
…どうしようかしら。
でも、今あの部屋をハリエットに見せなかったら、絶対に後悔する。
これも、彼らのきっかけの一つになるかもしれないものね。
「ヴァイシス、行くわよ。」
「オウっ。やるんだね?」
「ええ。」
ヴァイシスはニヤリと笑うと、ソファーから立ち上がった。
「え、一体何するんだ?」
「強行突破♪」
セネルはヴァイシスの言葉に眉を寄せると、私と彼を交互に見た。
「強行…突破…?」
「行くわよ。」
「任せてよ!」
私達は階段を上り、ハリエットが篭ってる部屋のドアを開けた。
「なっ…何よヴァイシス!
…まで…!!」
ハリエットは泣き腫らした目で、私達を睨んだ。
彼女はベッドの隅にうずくまって、防御体勢をとっていた。
「ヴァイシス。」
「おっけ〜。」
彼は私の合図でハリエットににじみ寄ると、
「ちょっ、ちょっと何すんのよ!!」
彼女を無理矢理抱き上げた。
「ちょっと、離してよ!!ヴァイシスのバカッ!!」
「なんとでも言っていいよ。」
ヴァイシスはけろりと言う。
ハリエットは手足をばたつかせて必死に抵抗していた。
「さあ、行きましょう?」
「行くってどこにですか?」
「ウィルの家よ!!」
私は鼻息荒く、シャーリィに言った。
「嫌!!絶対あんな奴のとこ行かない!離しなさいよ!」
ハリエットは私の言葉を聞いて更に暴れまくる。
気休めにウィルは家にいないと言ったのだけれど、全く効果がなかった。
「もう、我慢なさい!女の子でしょ!!」
「それって、さっきヴァイシスにも言ってた…。」
セネルのツッコミに分が悪くなった私は、
「誰に言っても変わらないわよ。」
と適当に応えた。
「なんかが恐い。」
「ああ、は強行突破する時は荒々しくなるんだよ。勢いづくっていうか。
昔、城の門を強行突破した時だってさー。
「王女様お待ちください!」って叫ぶ門番に、
「待ちなさいで待てる状況じゃありませんわ!」
とかなんとか適当なこと言って逃げおおせたし。」
確かそんなこともあったわね。
でも、ヴァイシスったら、よく覚えていること。
「……やっぱり。
やっぱり王女だったんじゃない!!」
突然ハリエットが叫んだ。
私達はその言葉に目を丸くすると、一斉に彼女を見る。
「なによ!ハティだって馬鹿じゃないんだから、そんな話されればわかるわよ。
王女じゃ、全然看護婦さんじゃないじゃない!
ハティに嘘ついてたの?」
…もう、前は看護婦さんで納得してたのに。
「ハリエット。それは内緒の話なんだ。
誰にも言っちゃだめだよ?」
ヴァイシスがにっこりしながら言うと、ハリエットは膨れっ面で、
「下ろしてくれたら約束する。」
と言った。
「逃げない?」
「…うん。」
「じゃあ、いいよ。」
ヴァイシスはハリエットの体を下ろした。
彼女は服をパンパンと払い、皺を伸ばす。
「が王女なら、ヴァイシスは王子?」
彼女は期待を込めてヴァイシスを見上げる。彼はポリポリと頭を掻くと、
「ううん、ただのフリーター。」
と言った。
「なんだっ。
落ちこぼれなのね。」
ハリエットの言葉に、ヴァイシスはけらけら笑うと、「そうそう。」と大きく頷いた。
「賢王と期待されてる俺が、落ちこぼれかぁ。どう?」
「何がどう?なの?」
「ちえっ。は真面目過ぎてノッてくれないんだもんなー。」
「もう……、
あなたはヴェティ兄様くらい落ちこぼれよ。
これでいいの?」
「そうそう。そう言って欲しかったんだ。」
ヴァイシスはくすくす笑うと、前を歩くハリエットを見た。
「大丈夫かな?」
「親子だもの、大丈夫よ。」
「違う違う。バラさないかってこと。」
ハリエットの揺れる後ろ髪に合わせて、ヴァイシスの顔が揺れる。
「その時はその時だわ。」
「…そうだね。」
気付くともうウィルの家の前にいた。
私は勝手にドアを開けると、二階へ上がって行く。
「、いいのか?」
「怒られた時は、私が責任とるわ。」
そう安心させて、皆をあの部屋に連れていく。
「あれ、ここって前、皆で無理矢理開けようとした部屋だ。」
「ええ。」
私は難無くドアを開け、ハリエットの背を押す。
「さあ、ハリエット。」
「う、うん…。」
恐る恐る踏み入れる足。
彼女が入り終わったところで私達も入る。
部屋は真っ暗なので、目が慣れて来るまで時間がかかる。
しばらくは、皆の反応を待った。
「えっ…ここは…!」
シャーリィの息を飲む声が聞こえる。
同じようにセネルとヴァイシスも。
ハリエットは私達の前で立ち尽くしていたけれど、急に座り込んだ。
「これって…これって…!!」
信じられない、という顔で呟くハリエットに、私は優しく語りかけた。
「ウィルの気持ち、わかったでしょう?」
ハリエットは無言で、何度も頷くと、泣きそうな顔で私を見上げた。
瞳には月光りでキラキラ光る溢れそうなくらいの雫。
子供によく見られる少しふくよかな頬は、涙を耐えるために噛み締められた唇のせいで位置上がり、その表面を林檎のように赤らめていた。
「ハリエット、あとはあなた次第よ…。」
「うん……。」
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ハリエットにバレたー!
でもそれどころじゃなくて突っ込まれませんでした。
ホッ。(笑)
2006/10/15
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