ウィルは街を出て一目散に走った。
目的の場所を心の奥深くに留めているかのように、眉間に寄せた皺が物語っている。
私達はそれに遅れをとらない様に彼の後をついて走る。しかし、彼を追い越す事は出来なかった。
誰にもハリエットの場所はわからなかったから。
「どこまで行くんだろう。」
「わかんないよ。ちゃんわかる?」
「わからないわ。」
みんな瞳を丸くしながら彼の背を見ている。
彼の背は今や小さくなったなんて言えないほど、
「父親の背中だな。」
「そうだね、お兄ちゃん。」
セネルが言った通り、ウィルの背中は明らかに父親の背中だった。
「あ、あそこに見えるのはハリエットさんじゃないですか?」
「そうじゃな!!」
ウィルの背中の少し向こう、草むらの中にハリエットは座っていた。
ウィルは走るのをやめて少しずつ彼女に近づくと、横に立った。
私達は彼らの邪魔にならないように少し後ろで見守る事にした。
「なんだかまだ話してないけどいい雰囲気じゃない?」
「シッ!静かに、ヴァイシス。」
「わかったよ…。」
ウィルは喉をゴクリと鳴らすと、ハリエットと同じほうを見て口を開いた。
「アメリアも、この場所が好きだった。」
「そうだと思う。だって、ここすごくキレイだもの。」
「あいつは本当にここが好きだった。嬉しいこと、悲しいこと、何かあるたびにここに来ていた。ケンカした後も必ずここにいた。」
「どうしてケンカしたの?」
「色々ある。ありすぎて簡単には言えない。アメリアは怒りっぽかったからな。」
「ハティには優しかったよ。」
「料理をまずいと言った時が一番怒ってたかもしれない。」
「ママ、料理はずっと下手だった。」
「不器用だったからな。」
二人は同時に笑うと、照れたように視線を他方にずらす。
「だけど、料理しているママのこと、ハティは好きだったよ。」
「何をやっても楽しそうにしていた。」
「ハティはね、笑ってるママが大好きだった。…大好きだったの。」
ハリエットの瞳から涙が零れそうになった。
それを止めるかのようにウィルは彼女を見た。
「ハリエット、一緒に暮らそう。」
ハリエットの瞳が一瞬収縮したように感じた。
小さな体はビクンと震え、口は閉じられた。
しかし、
「…部屋をつかわないのはもったいないもんね。」
そう言うといつものように腕を組んで鼻を鳴らす。
ウィルはと言うと、肩の力が一気に抜けたように落とした。
「はぁ〜〜〜〜っ。」
「な、何よその反応。」
「安心したんだ。嫌だと言われたなら俺も傷つくからな。」
「その顔でそんな事言うのぜんぜん似合わないわよ。」
ハリエットはくすくす笑った。ウィルは安心したのか父親の笑みになると、「そろそろ時間だな。」と言った。
「そろそろ時間ってなーに?」
「ノーマ、知らないのかい?今日は月食なんだよ。」
「月食かぁ…」
「俺、月食って好きだな。あの一瞬の暗さが神秘的なんだ。」
ヴァイシスの言葉を背に、私は二人を見守った。
きっともう大丈夫。
二人の中の絆は深まりましたよ、アメリアさん。
やっぱり、お母さんの力は凄いです。
「今から、俺とアメリアが最も愛したものを見せてやる。見ていろ…」
「?」
何だか分からない、という顔をしたハリエットを後目に、ウィルの顔は少年のように輝いていた。
その今から始まる何かに希望を託すように、彼は輝いている。
「俺とアメリアが発見した花で、月食の日にしか咲かない花がある。名前は俺とアメリアがつけたんだ。」
「何よ、早く教えてよ。」
「聞いて泣き出すなよ。」
「はぁ!?そんなわけないじゃない。」
否定の言葉を吐きながら、ハリエットもウィルの変化に気付いたようだった。
彼女は輝く父親に大切な母の心を見たのかもしれない。
彼女の視線は、ウィルに注がれていた。
「そろそろ始まるぞ、見ていろ。
この花はな、自分が最も輝ける時を知っている。
この時だけ、この一瞬だけ何よりも美しく咲き誇るんだ。」
ねぇ先生、考えてきた?花の名前……
せーので一緒に言おう。
いくよ?
「ハリエット」
ハリエット
その一瞬、消えた筈のアメリアさんがウィルと一緒にハリエットを挟んで見えた気がした。
彼女はにこにこと微笑みながら花を指差し、花と同じくらいの笑顔を振り撒いていた。
そして彼女が消えると、
月食となり、周囲の花が一斉に光を放つように咲き誇った。
「ママ……ハティ、ハティね。なんて言えばいいかわからない。
わからない…わからないけど…!
ありがとう…ありがとう。
ハティ、すごく幸せだよ。今、すごく幸せだから、
だからありがとう…ありがとう。」
「やっぱり泣いているじゃないか。」
「だって、だって…嬉しいのに涙が出るんだもん。」
「目を閉じるのは早いぞ?まだ全部終わったわけではない。」
「え?」
輝く花は、その花びらの先から少しずつ変化していく。
月も同じように、元の光を取り戻していった。
月が光を取り戻すと、花は一気に結晶化した。
「何だこの花!?」
「すごいわねぇ。」
「ホントです…!!」
「宝石みた〜い!!」
私達は花を手に取るとじっくり見つめた。
そしてある事に気付く。
「これって、ハリエットの…?」
「そうみだいですね。」
その花は、ハリエットの花飾りだった。
「これに見覚えがあるだろう?」
「ハティがもらった花飾り…。」
「作り物だと思っていたんだろう?」
「当たり前じゃない。こんな花があるなんて普通は知らないわよ。」
ウィルはハリエットの膨れ面を見て笑った。
そして遠く、地平線の方を見ると懐かしそうな顔をする。
「感謝しないとな。」
「え?」
「アメリアが居なければ、どちらのハリエットにも出会えなかった。
アメリアに出会えて、本当に良かった。」
「うん……そうだね。」
二人は幸せそうに空を見上げると、笑みを浮かべた。
それは素晴らしい何かを、二人で同じ素晴らしい何かを共有しているようでとても羨ましく感じた。
それと同時に、私にはまだ理解できない感情なのかもしれないと思い、少し悲しかった。
「仲良くなったね。」
「ええ。」
「これじゃ、ハリエットとの約束は無理だなぁ。」
「ヴァイシス、あなた何を約束したの?」
「ここにいずらかったら一緒にクルザンドに来て俺の愛人にならないかって。」
「バカ!!!」
私がヴァイシスを思い切り叩くと、仲間が振り返って私達を心配そうに見た。
何でもないのごめんなさい。と言いながら私はヴァイシスを睨む。
「ま、もう無理だし。
……でも良かった。あの二人には仲良くなってもらいたかったんだ。」
「え……?」
「……ねぇ、。」
「なあに?」
「俺、明日クルザンドに帰るよ。」
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微妙な終わり方に!!
2006/11/28
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