「本当に帰ってしまうのか?」

「うん。俺のこと忘れないでね、クロエ殿。」

「当たり前だ。」



















ヴァイシスはクロエの言葉に微笑むと、彼女を強く抱きしめた。
クロエはその行動に少し焦った様だけど、慣れているのかそれとも割り切っているのか、彼の背に優しく手を置くと抱きしめ返していた。


















「いつの間にあんな仲良くなったんだ?」

「さあ、どうかしら。」















起き出して来たセネルの問いに簡単に答えると、私は鼻歌を歌いながら台所へと向かった。









クロエには悪いけれど、セネルとの仲よりも可愛い甥との仲を応援させていただくわ。

政略結婚ではない、恋愛結婚でクルザンドとガドリアに友好関係が生まれれば、こんなに嬉しいことはないでしょう?






















「おはようございます…あっ…」



















次に起き出してきたシャーリィも二人の姿を見て何か思うことがあったみたいだった。




















「セネル、たまに早く起きたのですから皆を起こして。」

「…たまに…わかった。」



















彼は私の言葉に不満を持った様だったけれど、文句が言えないのか渋々皆を起こしに向かった。



















「さ、朝食を作ってしまわないと。」


















私はマダムミュゼットの菜園にいくつかのハーブを取りに行き、有り合わせの朝食を作った。
マダムも含め、皆でわいわい食べ終わるとヴァイシスの帰宅用意を手伝って港に向かう。










その道程、ヴァイシスは終始クロエの横を陣取り盛んにガドリアとクルザンドの友好について話していた。
その姿がほほえましくてついニヤニヤ笑いをすると、ジェイに見咎められる。



















「気持ち悪いですよ、さん。」

「あら、ごめんなさい。」

「あれがそんなに楽しいんですか?」


















ジェイは前を歩く二人に視線を移した。





















「ええ。」




















ニヤニヤしながら頷くと、ジェイは首を竦める。






















「まあ、楽しい光景ではありますけどね。」

「でしょう?可愛い甥の恋愛成就を願う優しい叔母なのよ。」

「へぇ、そうなんですか。」



















ジェイは面白そうに目を細めると、ヴァイシスを見て笑った。




















「彼は必死ですね。」

「そうね。

もう会えないかもしれないからでしょう。」

「また来ればいいんじゃないですか?彼なら容易に抜け出してきそうですし。」

「そうね。でも、あの子の覚悟は半端なものではないから、もう勝手にクルザンドを出るような真似はしないでしょうね。」

「ああ…そういうことなんですか。」





















ジェイはもう一度ヴァイシスを見た。その目に尊敬の念が混じっているのを感じて、思わずくすりと笑ってしまう。




















「…何かをする覚悟を持てる人は、尊敬すべきですよ。相当な気持ちが必要なんですから。ましてや彼の場合…」

「そうね…。」
















ジェイの言葉を途中で遮ると、私は同じ様にヴァイシスを見た。

ジェイが言いおうとした言葉。それは、











ましてやクルザンドの王になる覚悟なのだから









ということ。














クルザンドは今孤立している。

戦争を持ち掛けるだけ持ち掛け、その原因である第三王子のヴァーツラフ兄様が命を落とした。
原因が抹消されると、燻る火種を誰が強くするのか、それとも消すのだろうか。

それは残されたクルザンドの者達…父様や兄様達やヴァイシス…クルザンドの王家の者達だ。

それを担う王になる覚悟をあの子は決めたのだから、ジェイが尊敬するというのもあながち嘘ではないのでしょう。




















「ジェイもあの子と話してあげて。」

「…クロエさんの傍を離れたら話しますよ。」


















それからしばらく、ヴァイシスは仲間の目を気にせずクロエにアタックした後、彼女の傍を離れて他の仲間一人一人と話しに行った。




















「セネル、君には負けないよ。」

「は?俺、なんか勝負してたか?」

「まあね。」

「頑張ってくださいね、ヴァイシスさん!」

「ありがと、俺もシャーリィを応援してるよ!」

「ふふ。」

「はは。」

「……何なんだ?」























腹黒い二人の会話が終わると、ヴァイシスはモーゼスの元に行き肩をポンと叩いた。
モーゼスはビクリとして彼を見ると、怯えていた。

その行動の意味がよくわからなかったけれど、二人のやりとりはそれだけだったみたい。


ノーマとグリューネには揉みくちゃに抱きしめられ、特にグリューネに抱きしめられると、ヴァイシスは顔を真っ赤にして彼女の体を離そうともがいた。
ノーマがそれを大笑いすると、ますますヴァイシスは赤くなっていた。


彼は最後にジェイの横に立つと、上から見下ろした。ジェイはそれにムッとすると、ヴァイシスを睨み上げた。





















「一回、ジェイを見下ろしてみたかったんだ。」

「いつでも見下ろしてますよ。」

「違うよ。今のは明らかに見下ろしてただろう?」

「!!…確かに。」






















その後のコソコソ話は聞こえなかったけれど、仲が良さそうに話していた。
可愛い甥にも、同年代の友達が出来て微笑ましかった。





















。」

「ん?」




















甥を見てニヤニヤしている私に、クロエが話しかけて来た。
頬は少し赤く、人目を凌ぐようだった。




ははあ、ヴァイシスのことかしら。























「ヴァイシス殿のことだが…。」

「ええ」

「冗談ではなかろうか。」

「えっ?」

「私のような男勝りをつ……妻…に迎えたいなど…。」

「……クロエ、よく考えて。ヴァイシスは今一番大変な時期なの。そんな時に冗談なんて言わないわ。ね…?」

「しかし…。」

「あの子はあなたに恋してるの。あなただってわかるでしょう?

別に今答えて欲しいなんて言っていないのだから、その時が来たらちゃんと考えてあげて。」

「…あ、ああ…。」























クロエは考え込むと、遠くで仲間とじゃれ合うヴァイシスを見ていた。





















































港に着くと、船の周りはそれぞれ別れを惜しむ人達で溢れかえっていた。
木で出来た船は波に揺られギシギシと音を立て、これから乗船する客達を促しているようだった。





















「さーて、お別れだね。」

「ああ。元気でいろよ?」

「セネルもね。」

「ああ!」

「期待してますよ。」

「うん。待っててよ、絶対大丈夫だからさ。そんときは、ジェイ。」

「わかってますよ。」






















二人が何の話をしたのかよくわからないけれど、本当に仲良くて安心したわ。

























「ヴァイシスく〜〜んっ!!」
























その時、街の方からウィルとハリエットが向かって来た。
二人は仲睦まじく並んで歩き、羨ましい限りだった。




























「ハリエット!ウィル!」


























ヴァイシスは嬉しそうに二人の元に走っていくとハリエットを抱きしめた。


























「来てくれたんだ!」

「当たり前じゃない!ハティを守ってくれたんだから。」

「そうだったね!」

「お前がいなくなったら寂しくなるな。」

「ありがと、ウィル。」

























ヴァイシスはハリエットを離すと、彼らに向き直った。
そして真っすぐな瞳でウィルを見上げ、唇を一文字に引き締める。




























「俺さ、ウィルとハリエットのお蔭で帰る気になったんだ。」

「俺達の…?」

「うん。ハリエットは父親に反抗する俺そのままだったんだ。

ウィルもウィルで自分の子供に素直になれない父親でさ、まぁ俺の父上とは大違いだけど……見てたらもったいなく思ったんだ。」





























ヴァイシスは海を見て…ううん、遠いクルザンドにいる自分の父を見て言う。




























「こんなに想われてるのに、ちゃんとした理由もなくそれをはねつけるなんてもったいないって思ったんだ。
今くれる愛情は今しかないから、今めいっぱいにもらって、来るべきその日…両親から愛情を貰えなくなるその日までね。
その日が来たら、自分で生きていかなきゃならないんだし、今貰わないともったいないよね。

俺はその日まで愛情を貰いに帰るんだ。」

「ヴァイシス…。」



























ウィルはハリエットの小さな手をぎゅっと握った。
ハリエットはそっとその手を握り返し、優しく父親を見上げる。

























「俺は、今貰えるものを貰って、出来る事を精一杯やるんだ。」






















ヴァイシスはそう言うとにっこり笑い、踵を返して戻って来た。
























。」

「何?」

「好きだから。」

「わかってるわ。

…愛してるわ、私の可愛い甥っ子。」

「うん。」




























その時、突然上からワルターが舞い降りて来た。
彼はヴァイシスを一瞥すると、私の横に立つ。



























「ワルター、来たの?」

「ああ。」

「っ…なんで金髪が来るんだよ!!俺は金髪なんかに見送って欲しくない!!」

「フン…」

「フンだと!?お前になんか絶対は渡さないからな!!」

「そうか。」

「そうかじゃないっ!!」

「ほらほら、船が行ってしまうわよ。」

「む〜っ、わかったよ。」





























ヴァイシスは膨れっ面で船に向かう。
私達は他の人達の迷惑にならないように一箇所に集まって船を見上げた。
ヴァイシスは甲板から私達を見下ろすと、ワルターを睨んでまた、


















「絶対渡さないからな!」
















と言った。
ワルターは何も答えなかったけれど、フと笑った様に見えた。

























「クロエ殿〜っ!!」























ヴァイシスが叫ぶと、クロエは優しい笑みで手を振った。




いい感じなのかしら…。うんうん。





































「みんな〜っ!ありがとーっ!」




































ちぎれるくらいに振る彼の手は、船が遠ざかっても見えるくらいだった。
そんな姿を見て、私達も船が見えなくなるまで手を振っていた。

























「行ったな。」

「ええ。寂しいですね。」

「街に帰ろっか?」

「…そうじゃな。」

「……」

「クロエちゃん?淋しい?」

「…ん……ああ。」

「お姉さんも淋しいわぁ。」






















港に人は少なくなっていた。

私達も一息つくともう一度海を見て、それから背を向けた。







ヴァイシスがいなくなると、心にぽっかり穴が空いたみたいだった。
それくらいうるさくて、楽しくて、大きな存在だったと思い知らされる。







でもヴァイシスには、ヴァイシスのやる事があるのだから、私は叔母として彼を応援しなければならない。

どうか、彼に前途多難な試練が待ち構えていませんように…。









































「消えたな。」

























ワルターはそう呟くと私の顔色を窺った様だった。
私はにっこり笑って彼を見上げる。




























「ええ。嵐が去ったみたい。」

「寂しいのか?」

「そうね…。ワルターも寂しいのではない?」

「…さあな。」































その時吹いた潮風は、私達のぽっかり空いた穴を埋めるかのように暖かかった。
























**************
ウィル編終了っ☆
嵐のようなヴァイシスも去りました。クルザンドにとって素晴らしい王になるこ
とを願ってます☆
これからどうなるのやら…(笑)

2006/11/26









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