生暖かい風が吹く中、ざわざわと木々が揺れる。
少し先に見える家の明かりが、淋しげだった。
「眠い目をこすりながら、いつも古刻語のことばかり考えた。
一つ言葉がわかる度に嬉しくて泣きそうになった……
ししょーに近づいてるって、感じられることが出来たから。」
ノーマはすでに半泣きだった。
きっと、その時を思い出しているのだろうと思う。
亜麻色の髪は彼女の疲れを示していた。
ボサボサで…なんだかそれがとても悲しく感じる。
「でも、それは全部ムダだったんだよね。」
ノーマは自分の努力を否定した。
彼女にとって、それが楽になる選択なのかもしれない。
そう思って、「もうエバーライトなんていいや」という選択をしたのかもしれない。
でも、でも…
ノーマの顔はなんて、悔しそうなのだろう。
「そんなことはないだろう。」
クロエが慎重に言った。
すると、ノーマはキッと彼女を睨む。
「どれだけ勉強しても、どれだけ訳が正しくても、そんなの何の意味もない!
…わかったようなこと言わないでよ!!!」
そしてクロエから視線を外し、唇を噛み締め顔を赤くする。
怒っているのかと思いきや、彼女は泣いているのだった。
「エバーライトが存在しなければ、何の意味もないんだから!!」
彼女の叫びは、そこら中に響いた。
遠く、消え行く雲のよう…。
私達は言葉もなく立ち尽くすと、ノーマを見つめた。
「もう、疲れたんだよ。頑張ることも、信じることも。
だからもう、エバーライトなんてどうでもいい。」
「…本当にいいのか?」
ノーマの言葉にセネルがぽつりと呟くように言った。
彼は納得出来ないという顔で、ノーマを睨み付ける様に見ている。
「いいの。」
ノーマは全てを吐き出すようにため息をついた。
そして空気を吸い直す。
「あたしが、なんで古刻語をリッちゃんに訳してもらわなかったと思う?」
「…自分の力でやり遂げることに、意味があったんじゃないのか?」
ウィルの返事に、ノーマは再びため息を吐いた。
「そんなの…全然違う。
あたしは…あたしは答えを知りたくなかったんだ…」
「…」
「あたしは、自分が間違ってるって認められるのが恐かった。
…ししょーの夢を否定されるのが恐かったんだよ!!」
「ノーマ…」
ノーマの後ろで、スヴェンの悲しそうな顔が見える。
それは…自分の夢が否定されるのが悲しいの?
それとも…今のノーマの事が悲しいの…
「エバーライトが存在しないって言われるのが、恐かったんだよ!!」
ノーマの心が吐き出されたのがわかった。
この言葉が、ノーマの恐怖全てだと思う。
でも…
「ノーマ、あなたが諦めてどうするのです!
あなたはスヴェンの夢を継ぐのでしょう?あなたが信じないで、どうするのですか!あなたは、スヴェンの弟子なのでしょう?」
スヴェンの熱き思いを…少なくとも知る私にとって、ノーマの「もういいや」は許せるものではなかった。
気持ちはわかります。わかるけれども……
「ちゃんも、ししょーの全部を知ったような口きかないでよ!!」
えっ…
ノーマは泣きながら怒っていた。
私は思いがけない彼女の言葉に、戸惑ってしまう。
「ししょーの夢を知ってるのも、信じてるのも、あたしだけなんだから!」
「…ノーマ…あなた…」
続きを言おうとした私を、ジェイが止めた。
彼が流した視線の先にザマランさんがいる。
「……夢を諦めたお前がスヴェンの何を語るつもりじゃ?」
ザマランさんはノーマの前に立つと、老人らしくゆったりとした物腰で言った。
「初めから逃げ出したジジイに、文句なんか言われたくない。」
ノーマは駄々をこねるように、膨れっ面で言う。
その光景は私達がノーマを説得しようとする時よりも、より効果のありそうな光景だった。
「死ぬ前に夢から覚めたんじゃ。大バカ者のスヴェンよりは、いくぶんか利口じゃったようじゃのう。」
「ししょーを悪く言うな!」
「ひたすら夢を追いかけた男の何を語るつもりじゃ?お主にはスヴェンを語る資格は、もうないじゃろうて。」
「あたしは……あたしは……。」
「エバーライトは所詮は夢物語に過ぎん。探求する対象にはなりえん。
絵に描いたパンは、食べれんのじゃよ。」
「!!」
絵に描いたパンは食べれない…か。確かにそう。
でも、スヴェンの志を継ぐノーマには、そんなこと思って欲しくない。
ノーマはみるみる顔を真っ赤にして、顔を崩す。
そして、
「ししょーだけは……
ししょーの夢だけは……
それだけはちゃんとあるんだから!
絵に描いたパンなんて言わせない。あたしが証明してやるわよ!」
と言って走り出した。
しかし、すぐ戻って来て、
「ちゃん。
あたしはちゃんにししょーの事いわれんのやなの。
ししょーは、ししょーの夢は……」
ノーマは途中で言い止めると、再び体を翻して走って行った。
彼女は、何を気にしているのだろう。
私がスヴェンを話す事が気に食わなかったのかしら…。
「世話のかかるやっちゃな。ジェー坊、追いかけるぞ。」
「はい。」
「私も行こう。」
モーゼスとジェイ、クロエはノーマを追い掛けていった。
残された私達は、ううん、私以外は、私の顔を見ていた。
「あれは目の敵じゃな。」
「えっ……」
ザマランさんはニヤリと笑うと、ノーマの走って行った方を優しく見つめた。
こんなにも叱咤激励をしてくれる人がいるなんて、ノーマはとても恵まれている。
「止めに来たつもりが、逆に尻を叩いてしまったのう。」
「ザマランさん……」
私は急にザマランさんが愛おしくなると、両腕を出して抱きしめてしまう。
急な出来事に驚いたザマランさんだったが、私を優しく抱きとめてくれた。
「ノーマには、よくやった……ではなく、お尻を叩くくらいが丁度いいのです。
…ふふ……ザマランさんは、とても優しい方……」
「お嬢さん……
そうじゃな。あの子にはわしやスヴェンのように傷ついてほしくないからのう。
……しかしの、心配だの一言が言えんのじゃよ。」
私はゆっくりと彼を離すと、にっこりと微笑みかけた。
ザマランさんに私の表情は見えないかもしれないけれど、今は人の温かさで包んであげたかった。
「危険を恐れていては、真実に近づく事は出来ない。スヴェンにそう教えたのはわしじゃったのに…」
「いい言葉ですわ…」
「いつの間にか保身に走り、道を失っていたようじゃ。
光を失い、歳を取り、臆病になったのかもしれん。」
「ザマランさん…」
ザマランさんは溜め息をつくと、肩を下ろした。
その時、ノーマが走っていった方から、彼女を追いかけていった三人が戻ってきた。
顔には焦りの表情が出ている。
「セの字!!シャボン娘が街の中におらん!!」
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ヒロインにちょっとやきもちをやくノーマ。
水晶の森にひとっとび!!
2007/04/28
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