「あなた達、何しに来たんですか!?」
水の民の里に帰って来て、一番最初に聞いた言葉はテューラさんのこの言葉。
…
…
ううん、私は大丈夫。
「私達は…」
「あなたの言葉なんか聞きたくありません!」
「……」
「帰って下さい。迷惑なんです!」
私の言葉をはねのけて、彼女は陸の民を拒み続ける。
わかってた。
わかってたけど、やっぱり辛い。
「待って、話をしたいの。」
「私は話なんてしたくありません。したければ、お一人でどうぞ。」
「……」
やっぱり、辛いよ…
その時、ふわりと温かな気持ちが伝わってきた。
なんだろうと思うと、さんが私の手を握っている。
これは、さんの温かさだけじゃなくて、滄我の温かさも入ってる。
落ち着く。
さっきまでの辛さが嘘の様…。
さんは片目をつむると、「頑張って」と頭の中に話し掛けてきた。
私がもう一度言葉を言おうとした時、里の奥からマウリッツさんが出て来た。
そして、
「よしなさい、テューラ。私がこの人達を呼んだのだよ。」
と柔らかにテューラさんを退けた。
テューラさんは悔しそうに私達を睨むと、踵を返して私達の見えないところに走って行ってしまった。
「さて…
…おや?」
マウリッツさんが仕切直そうとした時、水の民の何人かが私達に寄って来た。
ううん、私達じゃなくてさんにだ…。
「…あんたが、打ち捨てられた地の滄我の力を持ってると、長が言われた。」
「…本当か確かめさせてくれよ。」
彼らがそう言うと、さんは困ったように笑う。
そして彼らの手を持つと、ふと目を眩って祈った。
「…!」
「ああ、これは…」
水の民の青年達の顔が輝く。
むっつりとした表情から一変、零れそうな笑みを湛える。
「あったかい。俺達の知らない滄我だ…」
「でも、こんなにも近しいぞ…」
高揚した声で嬉しそうに言う。
私も気になって、さんの背中に手を当てた。
「シャーリィ?」
「あっ…」
滄我がこんなにも優しい。
穏やかに波打つその振動が、私へ心地良さを醸し出す。
私の知っている滄我と違う。
私の知っている滄我はもっと……
「うっ…」
さんは小さく唸ると、その場にしゃがんでしまう。
私達は心配になると、さんに合わせて腰を落とした。
「大丈夫ですか?」
さんは悲しそうに笑うと、「そうなのね…」と言った。
「さん?」
「………、あ、大丈夫よ。」
「よかった…」
さんはいつもの微笑みを向けると、ゆっくりと立ち上がる。
そんな彼女の手を水の民の青年達が握った。
「あんたは本物だ…」
「俺達は確かに滄我を感じた。だからあんたを信じるよ…」
青年達もさんもとても嬉しそう。
私が望んでいる陸の民と水の民の関係…これがそうなの。
この姿に励まされると、頑張らなきゃいけないという気持ちが強くなった。
「水の民にも、こういう者達が出て来たのだよ。」
マウリッツさんも優しく言った。
私達は案内されるままにマウリッツさんの部屋に行くと、円形のテーブルを囲んで座る。
これは水の民内の会議の時とか、大事な話し合いに使用するテーブルなの。
私達が席につくと、女の人が冷たい飲み物を持ってきてくれた。
お兄ちゃんはそれをゴクゴクと飲みほすと、カツンとテーブルに置いた。
「水の民の中でも、俺達を歓迎まではしないけど少しは認めてくれる人もいるんだな。」
お兄ちゃんはそう言うと、さんをちらっと見た。
「ああ、そうだね。それは一重にも君がメルネスと同じような力を持っているからだ。」
マウリッツさんもさんを見た。
さんはまた困ったように笑うと、小さく「そんなことはありません」と言った。
「いえ、さんの御蔭で水の民に陸の民を敵視する人が少なくなったのは本当です!
でも…」
さんの御蔭は本当に本当。
マウリッツさんがあの戦いの後、平常心を取り戻してみんなに説いてくれた。
さんの滄我も、私達が尊ぶべき滄我の一部だと。
「でもそんな彼らと、陸の民と…さんの力を認められない水の民のいがみ合いが始まってしまったことも事実なんです…。」
「そうなのだよ…。」
水の民は今、その中で分裂している。
確かに、陸の民が私達にしてきた酷いことを忘れるわけにはいかないけれど、憎んでいるだけでは何も始まらないのに。
水の民のみんなはわかってくれない。
みんなは残念そうに溜め息をついた。
こくりと喉を鳴らすと、コップの飲み物を飲む。お兄ちゃんのは入っていないにも関わらず、忘れたのか再び飲むふりをしていた。
「しかし、心配せずともよい。もはや我々水の民に、諸君らと敵対する理由は、ないのだから。」
マウリッツさんは柔らかく言うと、口元に笑みを浮かべた。
「水の民は、滄我の意志に沿う事を何よりも尊びます。」
「滄我は水の民と陸の民の調和を願っている。だから我々は、それを実践しようと思う。」
「マウリッツ殿のご決断に、感謝します。」
良かった。
これで水の民と陸の民のこれからが始まる。
まだ長い道程の第一歩だけれど、これがいつまでも、いつまでも続く事を願ってる。
ううん、きっと大丈夫!
さんをちらりと見ると、私に気付いて優しく微笑んでくれた。
こんなに心強いお姉ちゃんがいるんだもの。私は大丈夫!!
私もめいっぱいの笑顔を返してみた。
「テューラ、長は来客中よ!」
その時、外から荒々しい音が聞こえ、テューラさんが入ってきた。
表情はいつもと変わらず、憎しみを出している。
「帰って下さいって言ったのが聞こえなかったんですか!?」
両拳を握り締めると、わなわなと肩を震わしている。
彼女の中にあるのは、憎しみそのものだけなの…?
「そんな一方的なこと言わないでよー」
「一方的なのは、あなた達陸の民だと思いますけどね。」
「なんだって…?」
「水の民を利用するだけ利用して、殺すだけ殺しておいて、よく言えますね。
私、何か間違ったこと言ってますか?」
ううん、間違ってない。
間違ってないけど、それじゃ違うんだよ、テューラさん…。
内心どうしようか悩んでいると、さんと目があった。
さんは静かな微笑で私を見つめている。
それは私だけに出来ると言っていて、私しかいないと後押ししてくれているような……そんな感じ。
私は意を決してテューラさんに向き合うと、自分に言い聞かせるように言った。
「人を滅ぼすための力なんて、持ってないほうがいいんだよ。」
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ。」
「……あなたの言っている事はわからない。
私の前から消えてください!もう視界に入ってこないで!」
ズキン…
心が痛む。
こんなに悲しいのに、こんなに苦しいのに…
私は、メルネスであることを放棄できない。
しちゃ、だめなんだ…
「おい!!」
お兄ちゃんが席を立ってこっちに来ようとした。
私を思って、テューラさんを止めるつもりなんだ。
でも、これは私がどうにかしなきゃいけないことだから……
「お兄ちゃん、私は大丈夫だから。」
きっと私の顔、笑ってない。
私の言葉を聞いてお兄ちゃんの顔が凍りついたように、私も同じような顔をしているんだと思う。
「水の民であることを忘れたなら、私達の前に姿を見せないで下さい!
ここは、水の民が暮らすところです!」
……
「お兄ちゃん?」
お兄ちゃんは静かに席を離れると、テューラさんの後ろに立った。
テューラさんは少し怯むと、怯えた様な表情で見上げる。
「何ですか!近寄らないで下さい!」
「……シャーリィは、忘れた事なんてない。水の民であることも、メルネスであることもな。¥
「あなたに何がわかるんですか!?」
「…わからないさ。俺はシャーリィじゃないから、シャーリィの苦しみはわからない。
だけど、これだけはハッキリしている。
シャーリィは水の民であることを、他の誰よりも強く感じている。
メルネスであることを、深く理解して生きているんだ。」
お兄ちゃん…
「だったら!」
「シャーリィは水の民の未来のために、俺達と一緒にいることを選んだ。」
「メルネスとしての責任を、別の形で果たそうとしている。」
「ぎゃ〜ぎゃ〜わめくだけのあんたとは、覚悟が違うってこと。」
みなさん…!!!
とても嬉しい。
だって、私の事をわかってくれて、こんなに…
仲間ってこういう感じなんですね、さん。
テューラさんの顔は見る見る間に赤くなっていった。
自分への侮辱として受け取っているみたいで、もしかしたら何も伝わってないんじゃないかと心配になてしまう。
「な……なんですか!何なんですか、あなた達は!」
「変えようともしないで、変わらない現実に文句を言うのは、卑怯者のすることだ。」
「な、何よ、そんなこと……。」
「……そんなこと、わかってる?」
さんが席を立つと、テューラさんがお兄ちゃんの時よりも怯んだのがわかった。
「……」
「フェニモールは私達を受け入れてくれたわ。…テューラ、どうなの?わかっているのでしょう?」
「……そんなこと、わからない!!!!!!
姉さんがあなた達を受け入れたなんて、信じない!
あなたの言葉なんて信じない!!」
テューラさんは追い詰められたように首を振ると、唇を噛み締めて入り口に向かって走っていった。
その時彼女は、誰の顔も見ないように顔を背けていた。
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シャーリィのお姉ちゃん風ヒロイン。
温かな滄我が、全ての生きとし生けるものを愛しんでいます。
2007/05/21
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