「ぐ…ガガ…ぐぁ…」









































かつてクルザンドの牢番だった男は、ジェイの毒ナイフにより心の臓を貫かれた。
しかし彼は、息絶えることなく唸り続けている。




































「俺は…オ……れは…」



































先程より増して、傷口から漏れる風音と声。
その声は既に枯れ果て、ガサガサした音に変わりつつあった。








































「帰り…タイ…」





































ふと、男の目から涙が溢れた。
それは、混じり気のない透明な涙だった。


は憐れみの目で彼を見下ろしていたが、腰を下ろして彼の頭を抱くと、膝の上に乗せた。








































…」






































彼女の心を汲んで、誰かが呟く。






は男の頭に手を当てた。







































「あなたにクルザンドを見せてあげます。

自分の足で、歩いていきなさい。」

「オ…前…」








































男は不思議そうにを見上げた。
彼女ははにっこり微笑むと男の顔をスッと撫でた。









































「私は、クルザンド王統国第一王女、・ボラドです。あなたがこのような事になってしまったのは兄様の…クルザンドのせいなのです。」

「お…う、ジョ…」









































男は驚いたようで、その血走った目をぎょろつかせた。







































「はい。

国の不始末は私の責任でもあります。

あなたの心がクルザンドに帰れる様に、私に手伝わせて下さい。」

「……」










































男の目から、絶え間無く涙が溢れた。
は細い指でそれを拭う。








































「宜しいですか?」

「……あア…」








































男は微かに頷くと、目を瞑った。



その時、男の体からたくさんの黒い霧が溢れ出て来た。霧は逃げ場を失ったジャッカルのように惑うと、を取り込もうと襲いかかる。しかし彼女は一瞬光を放ったかのように輝くと、黒い霧を消滅させた。
その後、男は魔物の姿から人の姿へと形を戻していった。

戻った体もぼろぼろで、胸にはナイフが突き立てられているまま。











彼はもう、そう長くはない。





































はそっと瞼を下ろすと、頭の中にクルザンドを思い浮かべた。
そして手を男の額に当てる。

そのイメージを伝えるように。






































「……える……

み…える……」




































男の声が喜びに打ち震えた。
その口には笑みを浮かべ、の見せるクルザンドに踏み出そうとしている。









































「あの……辛くて……苦しい国……水を求めて…必死に生き…なければ…」











































男の言葉も人のものへと戻っていく。









































「憎らしい国……クルザンド……」








































男は腕を伸ばした。


その指はの銀色の髪を掴む。
スルリと通り抜ける髪を弄ぶ様にクイと指を動かしている。

何かを求める様に小刻みに震えながら、掴む。

































の胸は張り裂けそうだった。殆ど無関係で、時に妨害され被害にもあったが、名前すら知らない知り合い。

しかし、クルザンドの国民だというだけで、こんなにも辛く悲しい。
自分に近しい者だということが、胸に疼く。




は込み上げる悲しみを押さえ込み、自分の知っているクルザンドをありったけ思い浮かべた。

男に、悔恨なく逝ってもらうために。





































「あ……」






































男がふと言葉を漏らし、の瞳が開く。
そして、彼女の瞳から大粒の涙が落ちた。












その雫は男の顔へ落ちた。

ポタリと当たった雫に男は、







































「雨だ…」







































と呟いた。


クルザンドでは恵みと呼ばれる雨。
男はそれを肌で感じ、嬉しそうに笑った。









































「か……さ…ん…」








































それが最期だった。


男の言葉も、微かな鼓動も全て止まった。
の膝の上では、男が安らかに眠っている。










その顔にはポタポタとの涙が落ち続けていた。

































男が最期に求めたのは母親だった。
男は母親に笑いかけるように、に笑顔を向けたのだ。










































「どうして…」





































居たたまれない気持ちで男を抱きしめると、は声を上げて泣いた。








































「どうして…こんなことに……!」






































彼女の頭の中には、あの黒い霧の女性がいた。
無表情にを見ているようだ。






































「……何故、こんなことをするのですか?

こんな事をしても、何も……!!」











































彼女の頭に閃きが生まれた。
その閃きは黒い霧と女性の存在意味を説明するには十分だった。









































「もし……かして…」

さんも気付きましたか。」










































ジェイが言った。

は彼を見上げると、頷く。








































「あの黒い霧は人の心から生まれるもの。人の恨み、恐怖など…」

「はい。僕もそうだと思います。」

「でも、何故こんな事を…」

「それは僕にも…」

!!」









































セネルがジェイの言葉を途切らせた。
彼は走ってくるとの前でしゃがむ。





































「お疲れ様、。」

「ありがとうセネル…」










































は微かに微笑んで男の亡きがらを床に置くと、立ち上がった。そしてセネルとジェイを連れ立ち、他の仲間の元へ歩く。






































さん、お疲れ様です。」

!無事じゃったか〜!」

「よくやった、。」

ちゃん、聖母様みたいだった。」

「本当ねぇ…」

「……」





































他の仲間達がを労う中、クロエだけは何も喋らずに彼女を見つめていた。
もそれに気付きクロエを見つめる。
しばらく無言の時が流れ、二人でオルコットに目線を移した。








































「お父さん!」





































オルコットは目を覚ましたようだった。
が駆け寄ろうとすると、クロエに腕を掴まれる。








































「何?クロエ。」

「…いや」





































クロエは掴んだ手を離すと、再びを見つめた。







































あなたは、知っていたんだな。





































クロエの言葉が頭に響いた。
は唇を引き締めると、こくりと頷いた。





































「!!」






































クロエは自分の心の中の問いに頷かれたのにたいそう驚いたが、キッと睨みつけると目を逸らした。





























嫌われちゃったかしら…































は心の中で悲しそうに呟くと、オルコットの元へと走った。



































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クロエの心もわかるから、あえて何も言わずに頷くヒロイン。
嫌われてしまったのではないかという悲しみに囚われぬ様に強い心を持ちましょう。


2007/06/10









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