クロエは暗い夜道を黙々と歩いていた。
彼女の顔は困惑し、迷いを隠せずにいる。








この足はどこへ向かっているのだろうか。








クロエはふと立ち止まると、自分の歩いてきた場所を確認した。








また、墓地に向かって来たのか。








自分でも何故ここに足を運ぶのかわからなかった。
ここには自分の親しい者は眠っていない。
知っているのは、ステラとノーマのお師匠くらいか。









父様と母様の霊が呼んでいるのかもしれない。








ありえないことだと思いながら、クロエは墓地に向かって歩き続けた。












































「クロエがどこへ行ったか、知らないか?」











セネルは病院の階段を降りて、受付前で話し込んでいるノーマとジェイ、グリューネとハリエットに聞いた。
しかし誰も見た者はおらず、皆して頭を傾げている。











「ヒョオオオッ!」










その時、数十分前にここから走り去ったモーゼスの叫び声が聞こえる。
ドタドタという走音が近づいてきたかと思うと、モーゼスは彼らの真ん中で止まった。












「あ、やっと戻ってきた。」

「どこ駆け回ってたんですか?こんな時にはしゃがないで下さいよ。」












ジェイが皮肉を言うと、モーゼスはとてつもなく幸せそうな顔でニンマリする。












「ジェー坊にはわからんじゃろな。ワイが今、どれだけ幸せなんか。」

「何勝ち誇った言い方してるんです?ムカつきますね。」












ジェイは腕を組むと、ギロリとモーゼスを睨んだ。












「モーゼス、クロエを見なかったか?」

「クッちゃんなら、墓場のほうへ行くんを見たぞ。」













セネルの問いに、口を開きかけていたジェイの皮肉は言われずに終わる。
モーゼスはそれを好機にと、セネルの問いに答えた。













「墓場か……助かる!」

「後に続いてがの、墓場に向かって行くんも見たぞ。」

もだって?モーゼス、さんきゅ!」

「モーゼスちゃん、お手柄ねぇ。」












セネルがその場を離れようとしたその時、グリューネがまたしてもモーゼスを抱きしめた。
ふわりとグリューネの甘い香りが、セネルの鼻にも漂ってくる。












「ヒョオオオオオオオオッ!!」











そしてモーゼスは先程と同じように狂喜の叫びを上げると、ここから再び走り去って行く。











「またかよ!」











ノーマの呆れた声を後にしながら、セネルも病院を出た。
















































「いやあああああっ!!」










一場面一場面が鮮明に思い出される。
綺麗なドレスを着た母様が、その姿に合わない剣を持ち私を守るように男との間に立ちはだかった。しかしそのまま、無残にも斬り捨てられ血を流して私の横に倒れている。
そして父様が、ヴァレンス家の家紋の入った剣を構えて立ち向かって行く。でも、父様の剣技も男の前に虚しく散るだけ。その体は斬られたまま崩れ落ちた。

何度この場面を思い出しただろうか。
数え切れないほどに心の中で展開されているこの場面は、もはや呪縛と言ってもよいくらいだった。












「この呪縛を断ち切らなければ、私は前に進むことが出来ない。

だが……何故、あなたなんだ。私は……どうすればいい。どうすれば……いい……。」











呪縛に囚われ、クロエは身動きできない状況に追い込まれていた。
身動きできない状況イコール迷いだった。

迷い彷徨うクロエの心を決心させるかのように、黒い霧が現れ彼女を覆う。
今まで持っていた黒い霧への猜疑心はどこへいったのか、クロエは黒い霧を自分の中に取り込んでしまった。











「これは……?」










その霧が作り出したもの、幼き日のクロエは悲しみに苛まれたあの日のクロエそのものの表情をしていた。
クロエは目を凝らして幼き日の自分に向かい合う。











「お前は…………私?」




悩む必要なんてないじゃない。思い出してごらん?




「思い出す?」




私から全てを奪ったのは誰?
父様と母様を殺したのは誰?





「……オルコット殿だ。」




私が剣を握ったのはどうして?手がぼろぼろになるまで、剣を振るったのはどうして?




「……父と母の無念を晴らすためだ。」




私はひとりぼっちになった。
あの寂しかった日々を思い出して。
広い部屋に一人でいたのを、良く思い出して。





「……」












クロエは完全に黒い霧の、幼い日の自分の言い分の虜になっていた。
彼女の言う事には嘘偽りはなく、当たり前だが自分が体験してきた事そのままだった。

黒い霧の少女は、クロエに気付かれないようにニヤリと笑う。
もう、クロエは少女から逃げられはしない。













ヴァレンスの家を守ろうと努力しても、誰も私を助けてくれなかったよね?
辛いのを我慢して、寂しいのを我慢して、泣く事も許されなかったよね?





「……ああ、そうだった。」




それは全部、誰のせいなの?




「オルコットだ。」




ほら、答えはもう出てるよ。




「……そう、だな。」













「クロエ。」












突然名前を呼ばれ、クロエは驚いた。
目の前の幼き自分は、いつの間にか消え去っている。

彼女は恐る恐る声の方へ振り向く、そこにいたのは、今一番会いたくない人だった。










……」











黒い霧の自分を見られていないか、クロエはそれが気になってしょうがなかった。なぜならば、はとても鋭くあの霧に反応するからだ。











「クロエ、迷っているのでしょう?」










は消え入るような声で言った。
彼女らしくなく、確信を持てていない問いだからだろうか。










「迷ってなど、いない。」









クロエは宣言するような威圧的態度で言い放った。
はそれにびくりとすると、肩を震わせる。










「……嘘、だわ。」










やはり確信が持てていないのだ、と思う。の言葉に間があったからだ。












「本当だ。私は、オルコット殿を斬る。そしてあなたもだ、。」

「クロエ……」










は悲しそうな顔でクロエを見つめた。

クロエの瞳には、迷いが消えているようだった。こんなにも短期に、あの迷いが消えるだろうか。




手紙を握りつぶした手が震えていた。
それは、迷いがあるからだと思ったのに。











「私もね、悩むとよくここに来るのよ。」











は上にある墓場を見上げながら笑った。
そしてそのままの笑顔をクロエに向ける。











「ここには私の無二の親友、ステラがいるから。」











はそう言うと、クロエに一歩近づいた。











「クロエとも、国は違うけれどもそういう関係になりたいと思ってるの。クロエは…?」

「私は……」










クロエの瞳に迷いが生じた。
彼女は頭を左右に振ると、唇を噛み締める。

途端、黒い霧が溢れ出した。












「そんな関係になりたいとは思っていない。」











クロエの瞳は、再び迷いがなくなっていた。











「クロエ……」










もうどうしようもないところまでクロエの心が来ているのだと悟る。
彼女の心は殆どを、黒い霧に支配されている。











「私は、クロエとスティングルの間に割って入ろうなんて思っていないの。あなた達を見守るつもりだわ。」

「……」

「どちらかが倒れる事があったとしても、それはしょうがない話なのかも知れないわ。仇討ちというものは、そういうものなのでしょう。」












はそう言うと、厳しい目を彼女に向ける。












「でも、相手を殺すことだけが仇討ちにはならない。殺してしまえばあなたの苦しみは終わるのかもしれないけど、また別の苦しみがやってくるのよ?

わかっているの、クロエ?」











クロエの瞳は、再び困惑を浮かべた。




彼女は迷っている。自分の本心と黒い霧での自分の心との間で、まだ戦っている。
これなら、まだ間に合うかもしれない。




はそう考えると、言葉を続けた。












「憎しみは、新たな憎しみを生むのよ?あなたには、そんなもの抱えて欲しくない。

ましてや黒い霧に支配されて、今の自分の心を取り払おうとするなんて……」

……」











クロエの声が元に戻りかけてきたその時、クロエから一気に黒い霧が噴出した。
その霧はそのまま、を取り囲む。












「なっ…クロエ!?」











霧はの首に巻きつくと、その身を幼きクロエの姿に変えた。












黙るのだ、世界を見守る者よ……











それは、クロエの声ではなくあの女性の声だった。












我が子の覚悟を、邪魔するのではない




「クロエの覚悟ですって……それは、まだ迷っているのよ…うぐっ…」













幼きクロエの手は、の首を締め上げた。
その表情には、憎悪の笑みを浮かべている。











「クロエは強いの。貴女の言いなり…になんて…」










は苦しさに一度目を閉じ、再び開く。
そこには、クロエ自身が自分の首を絞めている姿が映った。










「ク…ロエ…」









全てを支配されてしまったのか。
は思う。

クロエの瞳には迷いも何もなかった。
あったのは、憎悪の炎だけだ。

クロエを救えるのは、もう一人しかいない。

は意識が飛びそうになる中、必死にある人を思った。












セネル…

セネル、お願い。クロエを助けて!!




「セ……ネル…」

「クロエ!!」










が彼の名を呟いた途端、セネルはそれに応える様にその場に現れた。















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迷うクロエを助けたい。


2007/09/26




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