「…クー…リッジ…」












目の前で剣を振り下ろそうとしているクロエの口から、苦しそうに、しかし求めるように発せられたセネルの名。
は自分が思い違いをしていた事を恥ずかしく思う。



クロエのセネルに対する気持ちは、彼女が思っている以上に強いのだ。



クロエがまだ助かると気付いたは、その間に乗じて彼女を突き飛ばした。
カランと放り出される剣。それを求めることなく彼女は虚ろな瞳で戸惑っている。












「邪魔が入った…」












黒い霧の女性は悔しそうに呟くと、クロエから霧を発し離れていく。













「そなたには、決められた運命しかないこと…あいわかった。

我は、我の考えだけを貫こうぞ。」












そしてこう言うとの前から消えたのだ。












「っ…」











彼女が消えた途端、クロエは憑きが落ちたように意識を取り戻した。
彼女は意識が戻ると、素早く剣を取って立ち上がりとオルコットに剣先を向けると、先程よりは迷いの浮かんだ視線を向ける。
はクロエを無視して剣を拾わずにゆっくりスティングルの横に行くと、しゃがみ込んだ。












「大丈夫?スティングル…」

「大丈夫です。様こそ…」

「私はぴんぴんしてるわよ。」











はそう言って彼の体を起こす。












「……」











クロエが無言で二人を見つめるこの場所に、セネル達仲間が走って来た。
彼らはとオルコットの無事を確認すると胸を撫で下ろす。












「なぜ…来たんだ…」











クロエは信じられないという顔でセネルを見た。













「お前を止めに来たに決まってるだろ!」

「刺されてなお、私の覚悟がわからないのか!」

「わかったさ、クロエの苦しみがな…。」

「わかってたまるものか…私の苦しみをわかってたまるものか!」

「クッちゃん!」

「クー!!!」











とオルコットに剣を向けるクロエ、やめろとばかりに彼女の名前を叫ぶ仲間達。












「クロエさん!やめてください!!」










後ろでクロエを見ないようにしていたエルザが、顔を上げて訴える。彼女はどうしていいかわからないが、どうにかしなければと気張ったのだ。











「エルザ、お前まで…」









オルコットはにもたれた体を起こし、娘を見る。
エルザはたまらなくなって父の元に走り出した。











「私のことはいい、いいんだ…」










自らに抱き着くエルザの背中を優しく抱き、オルコットは言った。
しかし彼女は左右に首を振ると、











「よくないよ!よくないから来たんだよ!」










と思い切り父を抱きしめた。











「お父さんだけじゃない、さんだって…殺されるかもしれないなんて…」

「エルザ…」










オルコットはそれ以上何も言えず、ただ娘を見つめるばかりだった。










「クロエ、やめましょう?」










オルコットの体をエルザに預けると、はクロエと向き合った。
クロエは剣の切っ先をに向け威嚇する。













「うるさい!

エルザ、そこをどけ!一気に二人を仕留める!!!」

「!!」












エルザは肩を震わせると、父親にしがみつきながら横に首を振る。












「そこをどけえぇっ!!」










クロエの叫びが森に響く。
しかしエルザももオルコットも動くことなくクロエを見つめていた。











「もうやめろ、クロエ…」

「そうです、クロエさん…」










セネルとシャーリイがゆっくりとクロエと三人の間に入った。
そして諭すように話し掛ける。













「自分が何をしようとしているのか、お前はわかっているのか?

同じ思いをする人間を、自分の手で作ろうとしてるんだぞ!」

「くっ……うるさい!

私は……私は・・・」

「クロエ、よく考えろ。過去の感情に流されるな。

ヴァイシスを見ていなかったのか?あいつはクルザンドの過去に流される事なく、前へ前へ進もうと頑張っていただろ?それにお前も共感したんじゃないのか?」

「……あ……」

「彼がと同じクルザンドの者だとしても、お前は殺そうとしないだろ?

あいつはお前の目標じゃないのか?だって本当は……」

「ヴァイシス……殿…」












クロエは胸に手を当てると、何かを考え込むように俯いた。

その時、
















あるがままの流れに、身を委ねるのだ。

摂理に反することはない。流れ行くままこそ、向かうべき場所だ。














黒い霧の女性の声が聞こえた。
その声は、皆の頭の中だけにガンガンと響いているのだ。














「あるが……まま?」













抗うな、人の子よ。

さすれば我が、安らぎへと誘おう。















「クロエちゃん、その声を聞いてはだめ。」












グリューネが止めようとする。













美しき憎しみの旋律を奏でよ……












「あ……あ…」











しかしクロエは何かを恐れる様に目を見開くと、頭を抱えて振り乱し始めた。
口からは言葉にならぬ声を出し、肩はがくがくと震えている。彼女はどうにかなってしまったようだった。












「クロエ!」











が駆け寄って肩に触れると、何かが蒸発するようにジュウという音を立てた。











「触るなぁっ!」










クロエはの手を振り切ろうと肩を強く揺らした。

の手が離れ、彼女の体から黒い霧が溢れ出した時、この霧が先程の女性が出て来たものと違う事に気付く。





これは、クロエが持つ闇なのだわ…




クロエから溢れ出た霧は皆の目の前に人を形取り、幼い少女へと変わっていった。











「あの顔は……」

「クロエ…なのか…?」










その少女は茶色がかった黒髪を腰の位置まで延ばし、ピンク色の可憐なドレスを
着ていた。幼く見える顔には、クロエの面影が残っている。











「迷う事なんてないよ、憎むべき相手を殺しなさい。」











幼いクロエから出た言葉は、あまりにも彼女に合わない言葉だった。














*************

久々にヴァイシス(名前だけ)登場☆


2007/10/10






75へ