「くうっ……」
「あ…」
とクロエは、お互いの手を離さないようにがっしりと掴んでいた。
絶対に離される事ないようにと、無意識にもう片方の手も求める。
「クロエ…」
「…」
もう片方の手も掴むと、クロエの胸の辺りから光が漏れてきた。
はそれが彼女の持つ光だと核心すると、祈り始める。
「……?」
クロエはゆっくりと彼女に近づいた。
そして眩しそうに目を細めると彼女の名を呼ぶ。
光っているのは自分の胸元であるのに、今は、の方が神々しかった。
「私達は、どこへ向かっているんだ?」
「クロエの…あの子の心の奥深く。」
「私の闇の部分か…」
クロエは黙り込むと、から目を反らしてしまった。
「クロエ?」
「、本当にすまない。私は…」
クロエが何か言いかけたその時、闇の底で何かが光った。
「クロエ、あそこ…」
目を懲らして見てみると、真っ黒な姿をしたクロエがうずくまっている。
彼女達はお互いの顔を見ると頷いた。
「……」
「クロエならわかるはずよ。あなたが今、どうすべきか。」
「……ああ。」
クロエはに背を向けると、うずくまっている自分を見据える。
そして一歩一歩向かって行くと、剣を握り締めた。
「父様、母様……。心の闇を払う力を、私に貸してください。
前に進む勇気を、少しだけ私にください!」
クロエは手を僅かに震わせると、剣を腰に挿した。
そして自分と対等に向き合うために地面に膝をつく。
その表情は慈愛に溢れ、美しい顔が際立っている。
「私は絶対に死なないわ。私はクロエの心の闇!」
そんなクロエを、黒い霧のクロエは睨みつける。
「憎しみの芽が消えない限り、何度でも蘇るんだから!」
恐怖を映す眼に、悲しみがちらほらと見え隠れする。
そんな彼女の言葉を、クロエはうん、うんと頷いて聞いていた。
投げつける言葉がなくなったのか、黒い霧のクロエは自分の膝を力強く抱きしめる。
それは、自分の気持ちは梃子でも動かないと示しているようだった。
クロエの心に、同情の念が浮かぶ。
自分の事のはずなのに、何故か酷く他人事のように捉えてしまい同情する。
……いや、過去の自分の事だからそう思うのかもしれない。
クロエは両手を広げて、自分の闇を抱きしめた。
「あなたは長い間、ひとりぼっちだったのね。」
「何よ、その顔は!かわいそうって顔で見ないでよ!」
「寂しさを紛らわす為に憎しみに逃げ込んだ私……
私を縛るものはもう何もない。あなたも解放してあげる。」
クロエの爪が光ると同時に、彼女の胸も光を放った。
そして、泣きじゃくっている自分の闇を心に取り込む。
爪の光は徐々に消え、クロエが持つ胸の光る玉はの中へと吸い込まれてゆく。
クロエにはそれが見えないのか、気にする事なくいつまでも自分の闇がうずくまっていたところを見つめていた。
「クロエ……」
「……
私が欲しがっていたものは、もうここにあったんだな。
それに気がつかないなんて、私は愚かだ……」
「気付かないなんて、皆そういうものよ。」
はウインクすると、彼女の手を取った。
「さあ、帰りましょう。」
「ああ…!!」
*
黒い霧が晴れ、中からとクロエが出てきた。
クロエの顔は光に満ち溢れ、清々しいほどに輝いていた。
「エルザ、剣は不用意に握るものじゃない。」
「はい……」
クロエはまず初めにエルザから剣をもらうと、愛おしそうに刃を撫でた。
「父様の剣……」
そう呟くと仲間を置いて歩いていく。
「げほっ…げほっ…はぁ、はぁ…」
クロエが見えなくなると、エルザの体が崩れ落ちる。
そのまま発作を起すと、青い顔で苦しそうに咳き込んだ。
「エルザ!」
オルコットは膝をつくと、娘の体を優しく支えこむ。
エルザは無事戻ってきた父に苦しそうに笑顔を向けると、そのまま意識を失くした。
「急いで街に連れて帰ろう。」
「ああ。」
皆が帰りの準備を始めた時、はセネルの腕を掴んだ。
セネルはビクッと体を緊張させるとの顔を見る。
「セネル、クロエのこと……」
「……ああ。
は、居てくれないのか?」
「私がクロエにしてあげられることはもうないから。」
「そうか、わかった。
ちゃんと街に連れてかえる。だから待っててくれ。」
「ええ、待っているわ……。」
セネルはそう言うと、クロエの後を追うように走っていく。
仲間達は心配そうにセネルの後姿を見ると、心の中で「頼んだ」と願った。
ぽつり……
ぽつり……
小さな雫がセネルの頬に当たる。
彼は手袋を外してそれを触ると、上を見上げた。
「雨……か。」
その雨は次第に強さを増し、木々の葉を濡らして地面に多大なる恵みをもたらす。
濡れた地面を歩きながら、セネルは思った。
きっと、クロエが泣いているんだと。
本当に泣いているかはわからない。
だけどきっと、クロエの心は迷い、傷つき、泣いている。
セネルはゆっくりとクロエに近づいていくと少しの間を残して立ち止まった。
「両親が殺された時、私は自分の弱さを認めることが出来なかった。
全てを他人の所為にして、逃げ場を作っていただけなんだな。」
「クロエ……」
クロエは振り向くことなくセネルに話し始める。
セネルは彼女の消え入りそうな背中を見つめた。
「エルザのひたむきな姿を見て、私は大切な事を教えられた。」
「間違えたり逃げたりするのは、誰にだってあることだ。」
「……にも同じように言われた。」
「……苦しみに一人で立ち向かう事は、すごくきついことだからな。
だけど、苦しいからこそ、辛いからこそ、俺達は繋がっていけるんだと思う。
一人で解決できる強さを、人は持ち合わせていないからな。」
雨は次第に強くなる。
セネルはクロエの涙だけではなく、彼女の厳しさも出ているのではないかと思った。
「……空はいつも、私を笑う。」
「気持ちいい雨だと思うけどな。」
でもそんな雨が、彼は気持ちよく感じた。
クロエの感じたもの、クロエの思い。それを共にするのは仲間のする事だ。
この雨だって……
「そんな風に考えた事はなかった。
……私はどうすればよかったと思う?」
「クロエはよくやったんだ。だかもう休んでいい。」
セネルはにっこり微笑んだ。
それは誤魔化しではなく、本当の思い。
クロエは頑張ったんだ。
自分の弱さに立ち向かったんだ。
自分の弱さに立ち向かうということは、自分の弱さを認めることは、人にとって一番の試練なのだから。
「私は……私は……」
「クロエは努力してきただろ、それを誇りに思っていいんだ。過去を否定する事はない。」
「私は……私は……」
「クロエを攻める奴なんて、ここには誰ひとりいない。」
「……やめていいのかな。」
「クロエを責める奴がいたら、俺がぶっ飛ばしてやる。他の皆だって、きっと同じだ。」
「敵討ちなんて、やめていいのかな。」
「クロエがしたくないことをする必要なんてない。誰が許さなくても、俺が許してやる。」
だから、やめろ。」
「……つぅ……うん……うん……」
クロエは俯くと、雨に紛れてぽたぽたと涙を流した。
「誰かの影や周囲の声を気にして、生きていく必要は、もうないんだ。
自分の人生を生きていいんだ。クロエはここにいるんだからな。」
「その言葉を言ってくれるのがクーリッジでなければ、胸に飛び込んで泣けたのに……。」
「クロエ……?」
「……ありがとう、セネル。
けど、もう優しさはいいよ。」
「クロエ?」
クロエはセネルの背中にトンと自分の額をつけた。
そして目を瞑ると、ぼろぼろと涙を零す。
「今だけ……今だけでいいから、背中をかして」
背中から伝わってくるクロエの震えに、セネルは自分にはこうやって背中を貸すことしか許されていない事を悟る。
クロエが望まないなら、俺は何もしない。
「雨、ホント気持ち言いぞ。」
そんな気持ちに後押しされたように出た言葉、今のクロエには相応しくないのに。
「うん、雨でよかった。」
しかしクロエはこう呟いて、微かに笑った。
*
「クッちゃん、戻ってくるかのう?」
「セネルちゃんが一緒ですもの。大丈夫よぉ。」
「戻ってきたとしても、今まで通りってわけにはいかないかもね。」
「どういう意味です?」
「クーが遺跡船を出て行くかもしれないってこと。」
「確かに、クロエさんの性格を考えたら、自分から離れようとするかもしれませんね。」
「己に厳しく、責任感が強いからな。」
「セの字に大ケガさせたわけじゃしのう。」
「剣を下げたとはいえ、オルコットさんとエルザさんの近くにも居づらいでしょうし……。」
「でもやっぱり、一番大きいのはセネセネのことかな。」
「どういう意味です?」
「あたしがクーの立場だったら、もう居場所がないって思っちゃうかも。気持ちがバレちゃったら、側にいるのは耐えられない。」
「ノーマ」
思い思いに話す仲間達を、が一括して嗜める。
は心配そうに街の入り口を見ているシャーリィの横に行くと、彼女の肩を抱いた。
「大丈夫。クロエは戻ってくるわ。」
「はい……。」
そう言ったの言葉を確信させるかのように見えるクロエとセネルの姿。
「オウ、戻ったか!」
仲間達の見せる安堵の表情に、は笑みを浮かべた。
「私は、大陸に帰ろうと思う。」
クロエの言葉に、仲間達は「ああ、やっぱり」という顔をする。
「皆にはたくさん迷惑を掛けた。だからもう一緒に居ないほうがいいと思う。皆には世話になった。」
クロエの言葉にシャーリィはつかつかと歩み寄ると、パンと彼女の頬を打った。
突然の出来事に仲間達は目を見開いて驚く。
クロエも同じように目を見開いてシャーリィを見ると、彼女は真剣に怒りを露にしていた。
「他に言う事あると思います。
皆の顔を見てください!クロエさんを心配してここで待っていたんですよ!!!」
「シャー…リィ…」
「そういう気持ち、全部投げ捨てて逃げるんですか?」
「それは……」
「置き去りにしていいものなんですか?
手放していいものなんですか?」
「……いいはずない。」
クロエさんにとって大切なものではないんですか?
「大切に決まっている。」
「クロエさんの居場所はここだったじゃではないんですか?」
クロエは俯くと、小さく頷く。
シャーリィはそれを見て、胸を撫で下ろした。
ノーマはスキップしながらクロエに近づくと、ぽんぽんと肩を叩いた。
「うん、そうだよ。リッちゃんの言う通りだと思うな。全部投げ捨てることはないんじゃない?」
「ノーマ。」
「ワイらはせっかくでおうたんじゃ。大切にしてもバチはあたりゃあせん。」
「クロエの本当の望みはなんだ?」
「お姉さん、クロエちゃんと別れるなんて嫌よぉ…」
「ここに残るのも、責任の取り方の一つですよ。」
仲間の言葉を噛み締めるようにクロエは仲間を見回す。
「み〜んなこう言ってるよ。クーどうする?」
「私はここに居ていいのか?」
「だ〜か〜ら〜、いいのか?じゃなくってさ。」
「そうだな……。私はまだ、ここに居たい。」
「そう!それよ!」
「仲間と一緒にいたい……。」
クロエがほろりと涙を流した。
それを見てノーマの目が落ちんばかりに開かれる。
「のぉっ、クーが泣いた!」
「そ、そんな大げさに驚く事か。私だって、泣く事くらいはある。」
「ふーん、そっかそっか。」
「失礼だぞ、あまりジロジロ見るな。」
「いいじゃんいじゃん、泣いた分だけスッキリするよ。」
ノーマは嬉しそうに笑った。
「ヨォォシ!話がまとまったところで朝飯でも食うか!」
「モーすけがまとめないでよ!」
「何でじゃ!」
「似合いません。」
いつも通りに戻る仲間達。
クロエは本当に戻ってきた。
は嬉しそうに仲間達を見渡した。
誰もがクロエを温かな瞳で見守っている。
「ここが私の居場所か……。
今なら笑顔で答えられそうだ。私は幸せです……と。」
クロエはを見て微笑んだ。
そして声に出さず、『ありがとう』と言う。
『どういたしまして』
も口だけでそう告げると、にっこりと微笑んだ。
******************
あと一話!
クロエが戻ってきて万々歳です^^
最後はちょっとした小話と締め(笑)
2007/10/15
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