「モーゼス!」
足早に山脈を見て回る彼に追い付こうと走る。
いつもなら上半身を後ろに反らして、のっしのっしという効果音が合うような歩きをしているはずなのに。
きっと今の心境を表しているのだと思った。
「なんじゃ、もきたんか…」
彼はそう言うと、私が来るまで止まってくれる。
やっと追い付いて、息を整えるために中腰になった時、私の視界にモーゼスの大きな手が入る。
その手は、強くギートの首ねっこを押さえていた。
なんだか、少し悲しかった。モーゼスは、ギートを疑いかけてる。
そんな気持ちが手に取るようにわかって心が辛くなる。
でも彼は、戦ってもいる。
彼の心が疑う気持ちと信じる気持ちで葛藤しているの。
私は無言で彼の手に自分の手を乗せると、にっこり笑って見せた。
「行きましょう?」
「…オウ。」
モーゼスは肩の力を緩めてギートの首ねっこから手を外すと、私の手を握る。
そして引っ張るように歩き出した。
でも、早いし、歩幅が…
「モー…」
「がうっ!」
呼び止めようとした時、ギートが彼の前に踊り出て歩みを止めてくれる。
助かった、と思ってギートを見つめると、「くうん」と言って気遣ってくれた。
「なんじゃ、ギート…ん?」
モーゼスはギートの視線に気付き、私を見る。
少し引きずられ気味の私を見て驚くモーゼス。
「…!すまんのう。ギートも気を遣わせて、すまん。」
彼はそう言ってしょげるとやっぱり私の手を握ったまま歩き出した。
私の歩幅に合わせてね。
私達を気遣ってか…そんなことはないだろうけど、魔物と遭遇することなく二人と一匹で歩く事が出来た。
こんなこと、初めてかも知れない。
「、聞いてくれんかの?」
ぽつりと彼が言う。
私は頷くと、彼を見上げた。
目線が絡み合う。モーゼスは一瞬躊躇うと、目線を外した。
「すまん…」
「何故私に謝るの?」
「それは…」
彼は再び私と目線を合わせた。
そして憂いを帯びた瞳で観念したように言う。
「謝るのは、ギートにじゃな。」
「ええ、わかっているじゃないの。」
「は時々キツい事言うのう。」
モーゼスは辛そうにクカカと笑う。
そして握る手に力を込めた。
「すまんのう、ギート。」
「くうん…」
ギートは何故か自分も謝っているようだった。
でも本当の事はわからないから、私は何も言うことが出来ない。
もしかしたら本当にギートが…?
嫌な予感が過ぎる。
今朝から何か悩んでいる様だったし…。
いいえ、ギートに限ってそんな事はないわ。
「謝ったらなんだかすっきりしたのう!ギート!!」
「ガウ!」
途端、モーゼスとギートはいつもの仲に戻って、私の手を離してのっしのっしと歩き出す。
「そろそろ戻らんか?」
「ええ。」
私達は一通り周りを見渡すと、仲間達の方へ足を向ける。
皆から離れた時と違って、帰りは笑い合えたのが嬉しかった。
「そういえば、さっき何か聞いて欲しいって言ってなかった?」
「お、オウ。そうじゃった!」
モーゼスは思い出したみたいで悩み出す。
「何故悩むの?まさか、謝りたいだけだったの?」
「違うんじゃ!
…魔獣使いの話をしようと思ってな…」
モーゼスは話しづらそうに苦笑する。
「辛いなら話さないでいいわ。」
「それはできん。には聞いてもらいたいんじゃ。それにな、チャバも今頃セの字らに話しとるじゃろうからの。」
彼はそう言うと、ギートの背を撫でる。
さらさら、さらさらと指通るオレンジのような毛が揺れた炎のようだわ。
「魔獣使いには試練があるんじゃ。
野性化という試練がの。」
「野性化…?」
「オウ。人に一度服従した魔獣はいつか必ず野性化するんじゃ…。」
モーゼスが似合わないくらいの暗い顔つきで言うので、やっぱりこれはただ事じゃないと思う。
「私達も休憩しましょう?」
「ワレ…!
ギート、そこに座るんじゃ。」
「ガウ!」
モーゼスが言うと、ギートは一吠えして地面にしりっぺたをつけた。そしてそのまま寝そべる。
モーゼスと私はギートに寄り掛かるように座った。
「暖かい!」
背中にふさふさの毛があたって、ふわふわした気分になる。
これなら、モフモフ族の皆と同じくらい気持ちいいかも。
「そうじゃろ。に褒められたんじゃぞギート。」
「ガフッ!」
ギートは嬉しそうに吠えると、顔を前足の上に落とした。
「野性化はの、魔獣使いには必ず訪れると言われてる試練なんじゃ。誰ひとり例外なくな…。」
「誰ひとり例外なく?モーゼスとギートも…?」
私が聞くと、彼は少し言葉に詰まった。
けれども大きく深呼吸すると、
「来るじゃろうと思うとる。」
きっぱりと言った。
少し驚いてしまう。
だって私が知っているモーゼスなら絶対、「ワイらは大丈夫じゃ!な、ギート!」と言うはずだもの。
「…今までずっと来るんじゃないかとはらはらしとった。ワイらならどうにかなる。どうにかすると思うてたんじゃ。」
モーゼスらしい、というかモーゼスそのものな考え方。
モーゼスはそうではなくてはモーゼスではない。
「じゃが…」
「モーゼスのお馬鹿さん!」
「…!!」
モーゼスは傷付いた表情で私を見た。
でもそんな表情されても容赦しません!
「あなたがギートを信じなくてどうするの?モーゼスが信じられないなら、皆も信じられないわ!
……もし、もしギートが犯人だったとしても…あなたがギートに向かい合わないとだめよ…」
自分の顔がくしゃっと歪む。
涙こそ出さないけれど、モーゼスがモーゼスじゃないなんて許せないの。
手が勝手にギートの顔を撫でる。優しくない、機械の様に何度も撫でる。
ギートはギートでそれに耐えて動かなかった。
「……
ワイは臆病じゃ。」
「ええ…」
「じゃから、ワイと共に戦ってくれんか?」
「いいわ。
当たり前よ、一緒に戦うのなんて当たり前なの。私達は仲間なのだから。」
「…おう。今度こそ帰ろか。」
モーゼスは地面に手を着いて立ち上がると、私の手を引っ張って立ち上がらせてくれる。
「ええ…
あ…」
「なんじゃ?」
私はモーゼスにあんなに言い聞かせておいて気付いてしまったの。
大事なことなのに、聞くのを後回しにするなんて馬鹿げてるわ。
「ごめんなさい、モーゼス。」
「なんじゃいきなり…」
「…あのね、
野性化ってどういうことなの?」
そうなの。
重要な意味を聞き忘れていたのよね。
モーゼスは私の質問を聞くと、崩れ落ちた。
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モーゼスだけには信じて欲しい、という揺るぎない気持ちを持つヒロインは、彼にとって不思議で、救いの少女です^^
2007/11/09
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