「モーゼス、危ない!」
叫んだが遅く、モーゼスの顔へとギートの牙が光る。
鋭く尖った牙は彼の顔を切り裂き、そしてぶつかった反動で後ろへと倒れた。
「ぐあっ…」
「モーゼス!」
セネルがいち早く飛び出す。
そしてギートへ向かって爪術を撃とうとした。
「ガウウウッ!!!」
しかしギートの爪がそれを遮った。
その力に負けてセネルまで後ろへと倒れる。
「お兄ちゃん!」
シャーリィの心配そうな叫びと、クロエが剣を構えながら後ろを見るのが頭の中に入り、そして遠くにチャバが座り込むのを見る。
頭の中がぐちゃぐちゃになりそうで、唇を噛み締めて今の状況を冷静に判断する。
モーゼスが倒れて、セネルもダメで…
きっと、私達ではギートに勝てない。
急いでジェイに目配せをするけれど、彼も同じことを考えていたのが静かに首を横に振った。
「くっ……この力は、強い…」
セネルの呟きが聞こえる。彼は大丈夫そうね。
安堵するもこれからを考えなければいけない。
モーゼスに手を出すまでになったギートは、もう誰も手を付けられないでしょう…。
「ウオーン!!!」
その時、ギートが一度遠吠える。
するとガルフたちが集まりギートの横に並ぶと、私達を抜けて一斉に走り去った。
助かったわ…。
今度こそ本当の安堵。
緊張した肩を下ろすと、モーゼスに駆け寄る。
「酷い傷……。」
モーゼスは微かな意識の中、左目の傷を押さえ血がこれ以上溢れないようにとする。
しかし血は容赦なく溢れ、彼の手をも染め上げていた。
「引き際があざやかですね。統制もよく取れている。」
「お兄ちゃん大丈夫?」
「俺は何ともない。それよりモーゼスを!」
セネルは立ち上がると皆を連れて私とモーゼスの周りを囲む。
そしてギートにやられた傷を覗き込み、「う…」と息を飲んだ。
「傷がかなり深いな。」
ウィルは爪を光らせ、温かな光でモーゼスの傷を治す。
彼の傷はどんどんと消えていき、後に残ったのは溢れ出した血だ。
「モーゼス、手をどけろ。目のところの傷が治せない。
「お前、その目は…」
セネルは驚いてモーゼスの目を覗き込む。
眼帯をしていたからそうだとは思っていたけれど、モーゼスの左目は瞑られて古傷に封印されたようだった。
「なァに、驚くほどのもんと……違う。」
「ちょっと、モーすけ!?」
「気を失ったようね。」
私はモーゼスをシャーリィに託すと、遠くで座り込んでいるチャバのところまで行く。
「あ、チャバさん……」
「うそ、どこどこ?」
「さんの向かっているところです。」
そんな声が後ろから聞こえてくるけれど、チャバは放心したまま動かなかった。
私か座って顔を覗き込むと、初めて気がつく。
「っ…ちゃん!!!」
「大丈夫?チャバ。」
「……。」
「大丈夫じゃないわよね。」
「ごめん……。」
「いいえ。さあ、モーゼスを運ぶのを手伝って?」
「うん、わかった。」
チャバはとぼとぼと皆のところへ来ると、モーゼスを一番に担いだ。
その顔からは生気が失せ、目が現実を直視出来ないでいる。
でも、私は何も言えなかった。
モーゼスとギート。ギートとチャバ。モーゼスとチャバ。
彼らは私達が知らない昔から、一緒に生きてきたのだから。
街に戻ると、街の人々が騒がしかった。
私達は顔を見合わせると、彼らの後姿を見つめる。
「レイナードさん!」
一人の男の人がウィルに話しかける。
すると他の人々もこちらを振り向いて一斉にウィルを見た。
「あの、ギートとかいうガルフをここに連れてきてください!」
「皆、どうしたんだ?」
「ガルフに襲われた人が出たんですよ!!!そうしたら、ちょっと前にも襲われたっていう話だ。」
「オレンジ色のガルフですよ。あの、山賊の連れている。」
人々がわらわらとウィルに詰め寄った。
私達はその隙にモーゼスをウィルの家に連れて行く。
「ウィルっち、大丈夫かなぁ〜。」
「ウィルなら大丈夫だろ。」
「さ、そこに寝かせて!」
ウィルのベッドにモーゼスを寝かせる。
彼は苦しそうに呻き、汗だくになっていた。
「ほおら!皆出て行って!!!」
「さんは?」
「私は看病するから大丈夫。シャーリィはこのうるさい人達を下の居間に追っ払って。」
「はい!」
「うるさい人達かよ……。」
私は皆を部屋から追い払うと、静かになったところでモーゼスの汗を拭く。
拭っても拭っても出てくる汗は絶え間なく、モーゼスの心の涙かと思ってしまった。
汗が大体引いてくると、モーゼスの呻きは大きくなった。
もしかしたら何か以上を来しているかと思って調べてみるけれど、精神的にくる呻きだとわかる。
「ちょっと痛いけれど、我慢して。」
持ち歩いていた鎮静剤を打って落ち着かせ、彼の顔を見守る。
やっと穏やかになったけれども、所詮は薬の力だわ。
彼の心に決着をつけなければ、彼の心が平静になることはない。
「……」
「あら?」
鎮静剤を打ったにも関わらず、モーゼスの意識は強い。
ぱっと目覚めると、私の姿を捉える。
「すまん。」
「何故謝るの?」
「……」
「ねぇ、モーゼス。古傷にはそれぞれ意味があるわ。その目に刻まれた消えない傷は、どうしたのかしら?」
「オウ、これはな…
ワイとギートの絆じゃ。」
彼は穏やかに笑うと、昔を語ってくれた。
ギートと心が通い合った時のお話。
「今日こそチビすけを捕まえちゃる〜!
だ〜、またんかこら〜!」
幼き日のモーゼスは、同じく幼き日のギートを追っかけていた。
一目見たときから、このグランドガルフと心を通わせたい、通わせて見せると思っていたモーゼス。
しかしグランドガルフはいつも逃げるだけだった。
ぐるぐると追いかけっこをするが、ガルフの足には追いつけずに息を切らせてしまう。
「げはぁ……ぷはぁ……。逃げ足の速いっやつじゃ。」
自分から逃げ切ったグランドガルフを探すと、まさに岩陰に隠れようとしているところだった。
しかし、
「グオォォッ!!!」
二体のエッグベアがその幼きグランドガルフを餌食にしようと襲い掛かっていた。
いつも逃げるだけのガルフは、立ち向かわずに怯えて後ずさりする。
「なんじゃ、ワレら!チビすけはワイと遊んどるんじゃ!」
モーゼスは間に入り込むと、一体に向かって槍を投げつけた。
「グオォォォ…」
その一体は倒れ、もう一体が彼に近づく。
槍を投げるのに間に合わず、モーゼスはガルフを守るように仁王立ちで両手を広げた。
「ぐぎゃあああああっ!!ワレは何さらしとんのじゃ!!」
目を爪で引き裂かれながらも、モーゼスはやっとの思いで槍を投げて倒す。
しかしエッグベアはその声を聞きつけ、集まってきた。
「ワイがこいつらの面倒みちゃる!今のうちに、逃げるんじゃ!」
「ク〜ン…」
「はよ行くんじゃ!全力で走れ!」
グランガルフは心配そうにモーゼスの目を見つめる。
しかしモーゼスはガルフの尻を叩いて逃がした。
「ぐあっ、血がとまらん。
痛いんじゃか、熱いんじゃかもわからん。」
モーゼスはふらふらと後ろへ下がる。
次第に、やられていない右目も見えなくなってくる。
「ワイとしたことが、かっこ悪い末路じゃのう。
くそったれが!」
その時、モーゼスが逃がしたあのガルフが戻ってきた。
そしてモーゼスに対峙するエッグベアに襲い掛かる。
「ガフッ!」
何とか一匹倒すが、もう一匹に対峙すると、ガルフはたじたじと後ろに下がった。
「アホが!チビすけは逃げるんじゃ!
怖いんじゃったら、無茶するな!ワイなら平気じゃ!全然、平気……。」
「とな、ワイはここで倒れたんじゃ。じゃから記憶はないが…
ギートが勇気を振り絞ってワイを助けるために戦ってくれちょったのじゃと、知っとるんじゃ……。」
モーゼスは誇らしげに呟いた。
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モーゼスとギートの絆話です^^
2007/12/09
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