モーゼスの手をそっと握ると、その心の温かみが伝わってきた。
心地よく浸っていると、手を伝って彼の記憶が流れ込んでくる。
「今日でもう三日目だ。モーゼスは助からないかもしれない。」
「外にいるグランドガルフを、あのままにしていいのかしら?」
「良くはないが、下手に手出しも出来まい。」
「そうね。子供とはいえ、グランドガルフですもの。」
「それにしても、あのガルフも三日目だそ。家の前でまってるのはさ。」
「本当にモーゼスの目覚めを、待っているというのかしら?」
「信じられないが、そうとしか考えられないだろう。
あのグランドガルフは、モーゼスを認めたんだ。」
ギートがモーゼスをただひたすらに待っていた姿が見える。
背筋を伸ばして、モーゼスに逃がしてもらった時とは違う、しゃんとした姿でモーゼスが起きるのを待っている。
「ワイが、三日三晩経った後起きたんじゃ。テントを出るとギートが飛びついてきてな…」
モーゼスは嬉しそうに笑う。
「一緒に遠吠えをあげたんじゃ。喜びのな。」
「そんな二人の遠吠えを、皆忘れる事はないでしょうね。」
「はチャバと同じ事を言うんじゃな。」
「チャバと?」
「オウ!チャバもそういっちょった。」
「ふうん……」
とても印象的で、聞いている自分達も嬉しくなってしまうような素晴らしい遠吠えだったのでしょうね。
チャバはきっと、そんなモーゼスとギートに心動かされてここまで着いて来たのでしょう。
「それからワイとギートは、遊ぶときも、食べるときも、寝るときも一緒じゃった。
魔獣使いの奴らに、ワイらは最も理想とするペアとも言われた。
すごいじゃろ?」
「ええ!」
楽しそうに話すモーゼスは子供みたいで、何だか可愛かった。
目は嬉々として輝き、昔に戻った様。
「じゃからあの日、ワイは迷わなかった。」
「え……?」
あの日?……あの日って、モーゼスが集落を出た日のことかしら。
詳しく聞いたわけではないけれど、確か追い出されたとか……。
「ワイは家族から迫られたんじゃ。
ギートを捨てるか、集落を出て行くかの……
じゃが、ワイは迷わんかった。迷うものは何もなかったんじゃ。ワイにはギートがおればそれでいい。そう思ったんじゃ。」
「ふふ、モーゼスらしいわね。」
私がそう言うと、モーゼスは満足そうに笑った。
ガチャ…
その時、セネル達が部屋に入ってきた。
チャバの姿が見えないので、彼だけ帰ったみたい。
「起きてたのか…」
「寝てる場合と違うけんのう。」
「鎮静剤を打ったのに、モーゼスったら目が覚めちゃったみたいなの。」
「モーゼスさんらしいというか…。鎮静剤を打って起きていられるなんて、モーゼスさんくらいですよ。」
「光栄じゃな。」
モーゼスはだるいだろう体を起し、ベッドを離れて窓際に立つ。
そして星を輝かせる夜空を見上げると、腕を組んだ。
「ギートはのう……
グランドガルフのくせに、甘えん坊で、弱虫で、その上臆病者なんじゃ。」
「モーゼス?」
「出会った頃なんぞ、狩りの仕方も、ケンカの仕方も、な〜んも知らんかった。ガルフの王者、グランドガルフが、聞いて呆れるようなやつじゃった。
けどのう、ワイを守るために牙をむき、爪で魔物を切り裂いた。意識が遠のく中で、ギートの姿を見て思ったんじゃ、こいつ以上に、かっこええガルフはおらんと。
ワイはあの日に誓ったんじゃ。目覚めを待っとったギートの姿と、命あるこの身に誓ったんじゃ!
どんなことがあろうとも、ワイはギートを裏切らんと!ギートと共に生きると!」
モーゼスの決意がひしひしと伝わってくる。
どうしてか私の心は、とても痛かった。モーゼスの気持ちは温かいはずなのに、何故か痛かったの。
「……私、チャバの方も心配だから野営地に行ってくる。」
隣に立っていたクロエに小声でそう言うと、他の皆には黙って部屋を出た。
静かに階段を下り、ウィルの家を出る。
「どうして、痛かったんだろう。」
あの時続くモーゼスの言葉はわかっていた。
だから再び聞きたくはなかったのかも知れない。
「迷いがある。」
モーゼスのその言葉を。
「情けない話じゃが、今は迷いがある。」
モーゼスは頭を垂れると、固く目を瞑った。そして両腕の拳を強く握り締めると、搾り出すような声で呟く。
「目を背けたくなるほど、魔獣使いの姿を見てきたんじゃ。耳を塞ぎたくなるほど、苦悩と後悔の声を聞いてきたんじゃ。昨日まで仲ようしとった連中が、明日には殺しあうようになる!そんな連中をたくさん見てきたんじゃ!」
「だから、自信がなくなったのか?」
セネルの問いに危うく怒りそうになる自分を抑え、諭す様に言う。
「野生化は血塗られた宿命じゃ。魔獣使いのワイが一番よくわかっちょる。大丈夫じゃ言い聞かせて、今まではずっとごまかしてきた。震える手を震えとらんと、ずっと言い続けてきたんじゃ。」
モーゼスは仲間達に背を向けると、再び頭を垂れた。
「じゃが、この日が来ることを、ワイはどこかで認めとったんじゃ。ギートが大人になれば、ワイにゃ、力の均衡を保てん。ギートの遊び相手は、もう務まらんのじゃ。」
泣きそうになる寂しい瞳、への字に曲がる唇。落とされた肩にいつもの覇気がなくてモーゼスとは別人に思えたジェイは、胸のうちでふつふつと怒りをあげていた。
その怒りをぶつけるように言葉を吐く。
「ずいぶんとなさけないことを、大きな声で言ってくれますね。恥ずかしくて聞いてられませんよ。」
「なんじゃと?」
「バカだとは思ってましたけど、ここまでバカだとは思いませんでした。」
自分の気持ちを馬鹿にするような物言いをされて頭に血が上ったモーゼスは、ジェイの前にのしのしと歩き胸倉を掴む。
そしてグイと持ち上げると、睨み下げた。
「ワイは今、虫の居所が悪いんじゃ。ヘタなことぬかしゃあがったら、容赦せんぞ。」
「腑抜けたモーゼスさんが相手では、僕の方こそ物足りないですよ。」
「ほざきおったの!」
「二人ともやめろ。」
今にも殴りあいそうな二人を、ウィルが止めに入る。
すると二人は無言でお互いを見合った。
「お前、諦めるつもりか?」
「……」
セネルの問いに、モーゼスは無言で見つめ返す。
頷く事が出来ない返事。肯定の証だ。
「いつからそんなに、物分りがよくなったんだ?自分の意地は最後まで貫き通すのが、俺の知ってるモーゼスだったけどな。」
「セの字……。」
「さっき自分が何を言ったのか、シャンドルは理解してるのか?お前はギートを信じられない、そう言っていたんだぞ?」
「モーすけのバカちん!一人で考えたってだめでしょ〜。あんたら二人の問題なんだからさ〜。」
信じてる。ギートを信じている。
一緒に生きてきたずっと今の今まで、それは変わらない。
しかしこう現実を突きつけられてしまうと、迷いも出て来てしまうのが人というもの。
仲間達はそれをどうこうしろと言っているわけではない。
「ギートと向き合わずに、答えを出すつもりか?」
「……。」
「ここで諦めたら、それ以上前には進めません。私、モーゼスさん達に後悔してほしくないです。」
シャーリィは自分の後悔を思い出すように言った。
そんな深く青い瞳を見つめて、モーゼスは腕を組んで考え込む。
「ほうかもしれんのう……。ワレらの言う通りじゃ。」
「モーゼス……!」
「皆で力を合わせて、ギートを探しましょう!」
「オウ!!
すまんな、。また弱音を聞かせて……。」
モーゼスはが居るだろう場所を見た。しかし彼女の姿はない。
「おらん?」
「なら途中で部屋を出て行った。心配だからライクのところへ行くと言っていた。」
「ほうか……。」
モーゼスは残念そうにしていたが、やがて一つの考えが浮かぶと、クロエに聞く。
「クッちゃん、はどこから居なくなったんじゃ?」
「シャンドルが丁度弱音を吐き出したところからだ。」
「…………。」
何か思うものがあるのか、モーゼスは腕を組んで考え出す。
「ワイがギートと向かい合う。
ワイがギートを信じないと、他も信じられん……。」
「そうですよ?何当たり前な事言ってるんですか。さっきそれを僕達が言ったでしょう?」
「違う、が既に霧の山脈でワイに言った言葉じゃ。は、わかっておったんじゃ、きっと。」
「モーゼスさん……。」
「、ワイは臆病じゃ。約束通り、共に戦ってもらうぞ。」
モーゼスの意気が上がる。
ジェイは思った。これは全てのお蔭だと。
僕達がモーゼスさんに向かい合う前に、貴女は既に彼を導こうとしていた。
本当に凄い人ですね、さんは。
「野営地でを拾ってギートを探しに行くか。」
「そうですね!」
「ウオーン!!!」
その時、街中に響く遠吠えが聞こえた。
それは明らかにギートの声。
「今の遠吠えって……もしかしたりする?」
「間違いない。ギートじゃ!」
「ウオーン!!!」
「近くから聞こえませんか?」
「……野営地の方からじゃ!まさか、チャバ達が!?もおるんじゃぞ!?」
「急ごう!」
彼らは素早く自分達の武器を持つと、部屋を出て階段を下りていく。
一番最初に家の扉を開けたモーゼスの手が震えていたのを、仲間達は見逃さなかった。
***************
仲間達が言う様に、弱音を吐くモーゼスはモーゼスじゃありません。
「モーゼスがモーゼスではないと、皆が元気になれませんよ?」
ヒロインが言いそう^^
2007/12/20
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