「モーゼスさん達が使っていたアジトに、今、ギートはいます。恐らくさんもそこにいるでしょう。」
「懐かしい場所じゃのう。ギートもようわかっちょる。」
「危険が大きいと判断したため、アジトの中の様子は調べていません。さんの安否だけでも、と思ったのですが…すみません。」
「居場所がわかっただけで十分じゃ。」
「よし、アジトへ行こう。」
全員で頷くと、各々の荷物を持って行動しだす。
心配そうに見守るハリエットが、彼らの背中に呼びかけた。
「絶対ギートくんを連れて帰ってきなさいよ!だって元気なままでよ!
でないとハティ、おこるからね!」
「クカカ、こいつは手を抜けんのう。」
モーゼスは笑った。
アジトに着くと、その大きな建物を見上げる。
ギートがいるのは一番上のいつもの部屋だ、と思う。
「……ギート、もうすぐじゃ。もうすぐ行くけんのう。
それまでに覚悟を決めとけや。
ワイも、覚悟を決める。」
「バカなやつじゃのう。
ずっと待っちょったんか?こがあに冷たくなるまで、ずっと待っちょったんか?
よっしゃ、腹減ったじゃろ?一緒にメシでも食おうか?いや、その前に風呂じゃのうのう。
……なんじゃ、くすぐったいわ。やめろ、やめろって……クカカ!
ほうじゃ!名前がないと不便じゃのう。
よっしゃ!決めた!今日からワレはギートじゃ!」
「ウオーン!!!」
「そうか、気に入ったか!ギートじゃ、ギート!」
「ウオーン!ウオーン!」
ギートと初めて心が通った時。
相棒になった時。
大切な思い出じゃ。
これからも、絶対忘れはせん。
じゃろ?ギート……
『その身を奮い立たせる、大切な思い出か……。
これから望む世界には不要なものだ。無への帰還に記憶など意味を持たない。』
夢心地の中、ずっと聞こえる音。
ガシッガシッ
とか、
ドスッドスッ
とか。
ふんわりしている意識の中で何かを考えようとしてもなかなか纏まらずに途切れてしまう。
ガシッ…
「キャンッ…」
?
何かが鳴いた。
痛いのか悲しいのか、胸に突き刺さるような悲鳴だと思う。
一体、何が?
「私…」
ぼんやりしていたものが一気に晴れ渡り、頭の中が明快になった。
すると今まで起こってきたものが思い出され、自分がどんな状況にいるのか気になってくる。
危険を恐れ、意識が戻った事を悟られないようにうっすらと目を開ける。
赤い絨毯に財宝のようなものが散らばった部屋。
来たことはないけれど、なんとなくわかった。
ここは、モーゼスの昔のアジトなのだわ。
私は野営地でギートに襲われて気を失い、何故かここに連れてこられた。
強い痛みは感じないから、怪我はしていないのでしょう。
危険はなさそうなので目を開けて体を起こす。
すると視界に入ったのはギートの姿だった。
「ギート…」
私は構えると、背に掛けてあるはずの弓を取ろうとする。
しかし弓どころか矢筒もなかった。
ウィルの家に置いてきてしまったのだわ!
何もないとこんなに心細いものなのかと、体を縮こませた。
「…クゥン」
「?」
ギートは悲しそうに鳴くと壁と対峙する。
そして、
ドスッ
と頭からぶつかっていった。
「えっ…ギート!?」
いきなりの行動に驚きを覚え、危険など忘れて駆け寄る。
ギートはふらふらと立ち上がって私に鼻面を押し付けた。
「どうして?」
理解できなかった。
だって、何故ギートが自分自身を傷つけるの?
今のギートはまるで、野性化する前のギートじゃないの?
ギートは仕切に私を触っている。
まるで離れたくない様。
「ギート、あなたは一体…?」
『まだ、気付かぬのか?』
「!!」
聞き慣れた声に体中が緊張する。強張った手を、恐る恐るギートの体に乗せると、声のした方を見た。
そこには、いつも変わらない黒い霧の女性。
「…何故、貴女が?」
『我はどこにでもおる。ヒトの闇がある場所には必ず、我の存在もしかり。』
「…このギートの野性化も、貴女の影響なのね。」
『……間違いではない。』
「間違いではない?それは……もしかして、本当に野性化しつつあるというの…」
ギートを見下ろすと、彼も私を見上げていた。
その瞳には強い意思が宿り、野性化が本当だということを物語っていた。
『その獣は、我が意思に反し情を取ると言うのだ。我が意思に沿えば楽になるだろう心を、主人というあのヒトに捧げている。なんと強い心を持つのか、我がしもべとして欲しいくらいだ。』
「ギート…」
私はギートの背中を撫で、腰を降ろして抱きしめる。
少し硬い毛がちくりと刺さり、ギートの存在を強く感じた。
『しかし、苦しみももうすぐ終わる。』
「え…?」
『この獣も主人も、お互いの心を決めた。間もなく決着がつくだろう。』
「モーゼスが、ここに来るのね。そしてギートと…」
女性は何も言わなかった。しかし纏うオーラが、肯定を示している。
『互いに闇へ還るのだ。』
女性は槍を振り上げると、その切っ先をギートに向けた。
『願いはつきた。世界を見守る者は永遠にそなたと生きることは出来ぬ。』
「クウン…」
ギートは鼻面を痛い程にこすりつけ、私に触れる。
「どうしたの、ギート?」
『まだ、解らぬのか。』
女性は鼻で笑うと、私に背を向けた。その姿はどんどんとぼやけ、霧になっていく。
『その獣にとって、そなたが唯一の救いなのだ。』
彼女はそう言い放つと、姿を消した。
残ったのは僅かな霧と、疑問だけ。
「私が、救い…?」
よく考えなければわからないわ。
あの女性は何故か、私にヒントを残していった。もしかしたらギートを助けられるかもしれない、ヒントを。
「ギート、おいで。」
ギートを再び抱きしめる。彼の頭は壁に打ち付けて血溜まりが出来、毛がこびりついていた。毛をつまんで爪で扱くと、血の塊がポロリと取れる。それを何度か繰り返してやっと、ギートの頭は綺麗になった。
次に布袋から消毒液を出して振り掛ける。
滲みる様でギートは一鳴きすると目をつむった。
「我慢よ、ギート。」
しっかり我慢して消毒まで終わると、ギートの瞳を覗いた。
いつもの優しい瞳。
「……」
ふと思い当たって離れてみる。
するとギートの瞳は、みるみる内に野性の光を宿した。
「これって……これは…!」
怖くなってギートを抱きしめる。
野性に戻らないようにと、戻さないようにと抱きしめた。
やっと気付いたか。
と言われた気がする。あの黒い霧の女性が言っていたのはこれだわ。
ギートは世界を見守る者である私に触れれば、ずっとそのままでいられる。
でも、一生そばにいることは叶わないと。
「ギート、ごめんなさい。私…」
ギートはゆっくり首を振ると、ドアの方を見た。
「…来たのね。」
「ガウ…」
その返事は悲しく感じられた。
モーゼスが来た。
モーゼスもギートも、覚悟を決めているのだわ。
きっと、私にしてあげられる事は見守るということだけ。
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黒い霧の女性が少しずつフレンドリー?に。
ヒロインの謎は深まるばかりです。
2007/12/23
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