「どうしたんだ?」
突然に足を止めたモーゼスにセネルが声を掛ける。
それにモーゼスは振り向くことなく答えた。
「ギートとわかり合えるよう、可能な限り努力はする。
じゃが、ダメじゃったら……。」
モーゼスは溜息を吐き、言葉を切った。
「初めからダメな場合を考えてると、最後の最後で踏み込めなくなるぞ。
前の戦いで、俺がそうだった。」
セネルは以前のことを思い出すと、悲しそうに俯いた。
その肩にシャーリィが手を添える。
「お兄ちゃん…」
モーゼスもセネルの気持ちを汲んで声を落とすと、あの戦いを思い出した。
しかし、これは自分とギートの問題なのだと言い聞かせる。
「セの字の言う事はわかる。ワイも目の当りにしたからのう。じゃが、こいつはけじめなんじゃ。セの字も覚悟はしたじゃろ?
ギートの野生化を止められんようなら、ワイは容赦なくギートを殺す。」
「本当に、いいのか?」
「それが、ワレらを付き合わせた、ワイの弱さへのけじめじゃ!」
モーゼスは彼らと向き合うと、そう言い放った。
「モーゼスさんが納得できるなら、僕に止める理由はありませんが……。」
目を細めて、心配そうに言うジェイ。
「私は最後まで、諦めたくありません。何か方法はないんですか?殺しあう以外の方法は?」
認められないと、強い意志で訴えるシャーリィ。
彼らの言いたい事はわかっている。
わかっているけれども…
「ワイもずっと考えとった。集落を出た日からずっと……。野生化を乗り越える方法を、ずっと考えてきたんじゃ。」
「答えが出せないまま、今日を迎えたわけか。」
「魔獣使いじゃからこそ、ようわかるんじゃ。イヤっちゅうほど実感するんじゃ。野生化がどれだけ厚い壁かをのう。
『魔獣はいつか必ず野生化する。一つの例外もなく』
ガキんころから、耳がクサるほど聞かされてきた。何べんも繰り返し、野生化の壁に敗れるもんを見てきた。殺すか殺されるかの選択に、もだえ苦しむもんを、たくさん見てきたんじゃ。痛みも悲しみも全部見てきた。」
モーゼスは一呼吸置き、拳を握り締める。
「じゃからこそ、強く願うんじゃ。
ワイは違う道を歩みたいと、ギートと共に歩みたいと!」
セネルはモーゼスを見上げると、歯を食いしばった。
そして強く優しく、厳しく言う。
「だったら、最後まで諦めるな。」
「セの字……」
「嘆く前に考えろ!下を向かずに顔を上げろ!」
セネルの励ましを初めに、他の仲間達も声を掛ける。
「モーゼス、一人で抱え込むな。」
「今、お前の目には誰が映ってる?俺達が見えてるだろ?」
「私達を巻き込んだことにけじめをつけたいのなら、ギートを助けることでつけてくれ。」
「あたしはそれしか認めないよ?」
「ギートちゃんがいなくなるのは、お姉さん、と〜ってもさびしいわぁ。」
「それにね〜、モーすけってば、大切なことを忘れてる。」
ノーマはウィンクすると、ちっちっと人差し指を振った。
他の仲間達も頷く。
「ワイが、何を忘れちょるんじゃ?」
「ギートじゃお前だけの家族ではない。」
「モーゼスさんも、いくらバカとは言え、それくらいわかってくださいよ。」
「まったく、口の減らんやつじゃのう。」
「だから、塞ぎこむの禁止ね。一発ぶん殴れば、ギーとんも目覚ますでしょ。それよかもう、ちゃんが目覚まさせちゃってるかもよ?」
「言えるな。」
「それはちと、ワイの立場がないのう。」
「モーゼスさんの立場なんて、最初からないも同然でしょう。」
腕を組んでからかうジェイで頭に血が上りそうになるが、仲間達皆の姿が視界に入ると、全てが全て自分を励ますための言葉だとわかる。
すると、からかおうとするジェイの姿にも感謝したくなってきた。
「クカカ!いっちょ、行くとするかのう!
が、待ちくたびれてるじゃろうて。」
「そうだな。ならきっとギートを抱きしめて迎えてくれるだろう。」
「オウ!」
「、無事か!?」
バン、と思い切り開けられたドアから現れたのはモーゼス。その後ろからセネルとジェイ、他の仲間達が現れた。
「…ギート…」
私はギートを抱きしめていた手を緩め、彼らの元へ歩いていく。
「無事じゃったか…。」
心底ほっとした顔をするモーゼスを見上げ、ぎゅっと抱きしめる。
彼は驚きながらも、ぎこちなく抱きしめ返してくれた。
「ギート!ワレは…」
「待って!」
モーゼスは私の肩を掴んで自分の体から離すと、ギートに対峙する。
私はその間に走ると、両手を広げて止めに入った。
「話を聞いて?」
モーゼスも皆も、目を丸くして私を見つめている。
思ってもない事態に、戸惑いを覚えている様。
私はつかつかとギートの元へ行くと、再び抱きしめた。
「ギートはね、野性化が始まっているの。黒い霧のせいで。」
「黒い霧の…?」
「ええ。魔物の凶暴化に伴ってギートの野性化も始まった。
でも、ギートはずっと抗ってきたの。この野性化から、ずっと。」
モーゼスが明らかに困惑した瞳でギートを見た。ギートも、だ。
「でも、霧が強すぎて抗えなくなってきた。だから、私を連れ去ったの。」
「なんじゃと?」
「野性化から逃れるために、私の力が必要だったの。」
力を込めてギートを抱きしめると、彼は「クゥン」と声を漏らした。
「世界を見守る者の力か…」
ウィルが呟く。
私が頷くと、彼はギートに同情を示した。
「ギートは気付いたの。私に触れていれば野性化しないということに。」
「触れる?」
「そう、常に触れていることが条件なの。」
シン、となった。
誰がどう考えても一生触れているなんて無理だということはわかる。
でも、モーゼスがそう望むならば…。
「それはならん。」
静かな声で、彼は言った。
見上げてみると、強い意志を帯びた瞳で、私達を見下ろしていた。
モーゼスは、心の中の決意を曲げることはなかった。
「は、みんなのじゃ。
ギートのでも、ワイのでも、誰かのものでもない。
には、の時間があり、生き方がある。その中で片時もギートから離れずに共に生きることなど、まかり通らん。」
「モーゼス…!」
「すまんのう。にもこがあな思いをさせて、すまん。」
モーゼスは私の元へ来ると、その手を差し出してくれた。
「ワイらの元へ、帰るんじゃ。」
私はその手を取ると、立ち上がった。
でも、その場を動く最後までずっとギートの体から手を離さず、毛の先まで触って…。
「もういい。大丈夫じゃ。
ギートはわかっちょる。がずっと一緒にいられないことも、ワイの決意もな。
…ありがとう。」
涙が出そうになった。
目頭を押さえて仲間の元に走ると、皆と一緒にモーゼスとギートを見る。
ギートの瞳は、私が離れた事で野性に戻りつつあった。
それに、その横には黒い霧のモーゼスが現れる。
「シャンドルが…」
「出ましたね。」
私達はいつもの様に武器を構えた。
『でも、それはギートを助けるため』
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便利なようで便利ではない力って、
あったら凄く困ってしまいますね。
ヒロインは自分で答えを出せなくて、
モーゼスに選んでもらいました(笑)
2007/12/29
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