全員で武器を構えた時、思ってもみなかったことが起こった。



ギートの瞳が戻り、横に立っていた黒い霧のモーゼスに襲い掛かったのだ。
黒い霧のモーゼスは、不意をつかれその場に散開し、消え去った。



そして、ギートは私が気がついたときと同じように壁に頭からぶつかっていく。

















「ギート…ワレ!!」

















驚くモーゼスの背中に身を寄せ、私は彼に呟いた。


















「ギートはね、私を連れてきた後も自分で壁にぶつかっていたの。たくさんの傷をつくって…痛々しいくらいに。」

「……」

「モーゼスを手にかけるくらいなら、自ら死を選ぶのか。」

「やめるんじゃ!ギート!!!」

















モーゼスは私から離れて、ゆっくりとギートに近づいていく。
















「ギートの気持ちはようわかった。ワイらの気持ちは同じなんじゃ。

苦しむのは、もうやめじゃ。もうええ……ギートはようがんばった。」















ギートは眩しそうにモーゼスを見上げると、しりっぺたを地面に落とす。
そしていつもの優しい顔で、モーゼスを見つめる。
しかし、













『沸き立つ血の渇きに、抗う必要はない。』












私とギートだけに聞こえる黒い霧の女性の声。
またもギートを野生化させようとその声を送り込む。



ギートの周りに黒い霧が溢れ始めると、モーゼスは呆然と立ち竦んで近づくのをやめてしまった。



















「ダメよ、モーゼス!!!ギートを助けられるのはあなただけ!!!」
















私は体が勝手に動き、そのままモーゼスの手を掴んでギートの元へと走る。
モーゼスは足がもつれて転びそうになりながら、私と共に走る。

















「どがあしたんじゃ、!?」

『その身を満たす衝動を感じよ。果たすべきは決まっている。渇きに逆らうことなく吼えよ。』
















強くなる女性の声、ギートの瞳も野生に戻りつつある。


















「この声は…」
















グリューネにも黒い女性の声が聞こえるのか、その姿を探している。
しかし女性の声は聞こえど、その姿を見つけることは出来ない。



















「早く、モーゼス!手を!」

















私は彼の手を離すと、そのままギートを抱きしめた。


















「ギートを、抱きしめてあげて…」

















モーゼスは野生化しつつあるギートを、躊躇いながらも私ごと抱きしめた。








































シン…と辺りが静まった。
誰の息遣いも聞こえない。



そのうち、モーゼスの溜息が聞こえて力強く抱きしめられる。



優しいその温もり。












これは、忘れてはいけないものなのよギート。

















モーゼスとギートの体から現れる光る玉が、他の皆の時と同じように私の体へと入っていく。
それに気付いたのは私だけで、ギートもモーゼスも、仲間達も気付く事はなかった。

















「ギートの目が戻った……。」
















セネルが呟く。
モーゼスの腕の間からギートの瞳を見ると、いつもの眼差しに戻っていた。
黒い霧もなくなり、女性の声も気配もなくなった。

















「グルル…」

「ギート、もうええんじゃ。ようがんばった。」

















モーゼスが抱きしめる手を緩めて、ぽんぽんとギートの体を叩く。



















「これでギートの野生化も止まるだろう。」

「あ、ウィル…それは…」

「それにしても、また霧……ですか。やはり作為的なものを感じますね。」

















私の声は、ジェイの疑問に消されてしまう。
ちゃんと、ギートの野生化のことを伝えなければいけないのに。





黒い霧が治まっただけでは、ギートの野生化は止まらない事を。




私が焦りだすと、モーゼスが私の肩に手を置いた。


















「何者かの仕業であると、考えるべきなのだろうな。」

「だが、人にこんな真似が出来るのか。」

「僕達の想像を超えたものだって、この世界には存在しますよ。

……例えば、僕達の目の前にいる『世界を見守る者』」

「ジェイ!!!」
















ジェイの冷たい視線が注がれる。
私の事、仲間でもなんでもないような扱いをする視線。

でもクロエが止めるように彼の名前を呼ぶと、その視線は止んだ。

















「冗談…とまではいいませんが。まぁ、さんのことは信じてますから大丈夫ですよ。」















ジェイはにっこりと笑った。

















「滄我のような存在が、他にもいるというのか?」

「飛躍した推論なのは、わかってますけどね。」

「また……頭が…。」
















グリューネが突然、頭を抱えてしゃがみこむ。
皆は彼女を振り向くと、心配そうに見守った。





















「……あらざるも存在……。黒い霧に覆われたもの……。」


















グリューネは静かに呟く。
彼女が意図したその存在とは、あの黒い霧の女性の事だろう。






みんなにその存在を言うべきか、私はまだ迷っている。

私も関係しているし、ああやって呟くグリューネも関係しているけれども、結局は何一つわかっていない存在なのだから。


















「グリューネさん?」

「これは、何だったかしら?」


















グリューネは不思議そうな顔で私達の元に歩いてきた。
そして頬に人差し指を当てると、うーんと唸りだす。

















「霧のこと、何か知っているのか?」

「思い出せないわねぇ…あら?」
















グリューネは部屋の入り口に何か光るものを見つけると、スタスタと歩いていく。

















「グー姉さん、ま〜た空気を話し始めよ〜としてない?」

















……もしかして、グリューネと私にしか見えないというあの精霊かしら。
















「ばば〜んと飛び出たノームだよ〜ん。」
















明るい声が、部屋に木霊した。

















「あらあら、元気な子ねぇ。そう、ノームちゃんって言うの。」

「ノーマが変なことを言うから、また始まったぞ。」

「あたしのせいじゃないって。」

「ノームはいつも元気だぞ〜!」

「あらあら、ノーマちゃんみたいね。」

「何か言われてるぞ。」

「あ〜、そうですか…。」

















落ち込むノーマを横目に、皆はは一人で話すグリューネを見つめる。















「ノーマちゃんとノームちゃん、名前を似てるわねぇ。」

「あれれ〜?なんだか様子が違うぞ〜?」

「あら?そうなのかしら?」

「ああっ!そっかそっか!ここはまだまだ未熟なんだな〜。」

「まあ、そうなのね。」

「出番が来るまで、ゴロゴロしていたいよ〜ん。」

「だったら、私の壺の中でお休みしたらどうかしら?」

「おお!それがいいぞ〜!主の力の解放、楽しみにしてるよ〜ん!」
















元気のいい精霊は、グリューネの壺に収まった。
グリューネは鼻歌を歌いながらこちらに戻ってくると、今あったことを全て忘れたかのようにノーマを見る。

















「何だったのかしらねぇ?」

「あたしらに聞くなぁ〜!」

「あら?壺の中にまた種があるわ。今度はノームちゃんの種なのねぇ。」














グリューネの不思議に圧倒される中、私とモーゼスは頭を巡らせていた。
でも、どう考えてもギートを助ける方法が浮かばない。

もう、野生化は始まってしまっているのだからどういう結果になるかは……モーゼスとギートの決定を受け入れる事しか…。
















「モーゼス、どうにかしたのか?」

「さっきから黙って、変ですよ。」

もだ。二人して何故固まっている?」

「用事も終わったんだし、早くかえろ〜よ。」

「モーゼス、?」













皆も私達の雰囲気に気付き、声を掛けてくる。
でもモーゼスが動かないならば私も動けない。



















「ギートを連れて帰ることは出来ん。」

「どうしてよ!モーすけ、頭おかしくなった?」

「原因がなんであれ、こん度の騒動がよう教えてくれたわ。ギートの野生化は始まっちょるんじゃ。もそう言おうとして、ジェー坊に言葉遮られた。」


















皆は一斉に私を見た。
私はギートの首を抱きしめて、頷く事しか出来ない。
















とギートはいつまでも一緒にいられるワケない。がワイのとこに嫁に来てくれるんじゃったら何とかなるかもしれんが、そういうワケにいかんじゃろ…。」

「モーゼス…。」

「いいんじゃ、。気にするな。」

「まさか、シャンドル…。」
















モーゼスはギートを見下ろした。
そしてギートも私の腕から抜けると、彼を見上げる。
















「ワイとギートの覚悟は一緒じゃ!ギートの目を見りゃあわかる。」

「待てよ!」

「本当にそれでいいのか?お前達は、それでいいのか!?」
















セネルとクロエが危機迫る表情で止めに入る。
しかしモーゼスとギートは見つめ合ったまま。
















「ワイとギートが決めたことじゃ。手出し無用!」

「そんな!」

「ギート、手加減無しじゃ!強いほうが生き残りゃあええ!」

さぁ、はじめよか。本気でケンカするんは、久しぶりじゃの。」

「ガフ!」
















ギートはモーゼスに応えるように吠えた。

















「他に方法はないのか!?本当に、こんな結末でいいのかよっ!!」

「こんなことはやめてくれ!」

















セネルとクロエの叫び声が聞こえる中、モーゼスとギートは睨み合う。


















さん、聞いていいですか?」

「え、ええ。」

「あなたはよく静の大地に行きますが、それは何か意味があっての事ですか?」

















こんな時に、ジェイは冷静に関係ないような事を聞いて来た。
それに少し腹が立つけれど、顔には出さないわ。

















「意味は……自分と同じ波長だから…かしら。同調するというか……。うまく答えられないわ。」

「あー、それで十分ですよ。」















ジェイはウィンクした。


















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色々な事によく気の付くジェイはすごいと思います。観察力ありすぎでしょ(笑)


2008/01/01









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