「あ〜、盛り上がってるとこすんごく悪いんだけどさ〜。」















ジェイと目線を交わしたノーマが、頭をぽりぽりと掻きながらモーゼスとギートに向かって歩いていく。














「何じゃ、シャボン娘。」












モーゼスの不愉快そうな視線。
それを遮るようにジェイもノーマの横へと駆ける。















「水を差して申し訳ありません。ひとつ提案があるんですが、聞いてもらえます?」

「提案じゃと?」

「ギートには、静の大地で暮らしてもらってはどうですか?」

「あそこってば、人いないでしょ?それに十分広いし。」














ジェイとノーマが言いたい事が今頃になって理解出来、顔が赤くなるくらい恥ずかしくなる。
私は頬に手を当てると熱を取った。
















「静の大地で野生化したとしても、人を襲うことがないのは確実ですが…。もしかしたら野生化もしないかもしれませんよ?」

「なんじゃと!?」














モーゼスはジェイの言葉に食いついた。今はギートが野生化しないで済むのならどんな提案も大歓迎だもの。
















「静の大地はさんの波長と合うそうですから、さんと一緒にいるように野生化をしないかもしれません。もしくは野生化の時期が遅れるか。まあ、野生化してしまうっていう可能性もありますが。」














ジェイは微笑んだ。
その顔は、今までモーゼスに向けられた表情で一番優しさが溢れていた。














「あのさ、もちろん気がついてたよね?」













良い雰囲気を壊すようにノーマがニヤリと笑う。気付くとジェイも業務用の笑みを作って皆に向けている。















「忘れてしまうには、大きすぎる場所ですからね。」

「も・ち・ろ・ん、さっきのは冗談だったんだよね?」













ノーマはニヤニヤ笑いを強め、私達の方を振り返った。
その瞳にはセネルとクロエが映っている。















「な〜んか、セネセネ達も悲痛な叫び声をあげてたけどさ?迫真の演技すぎて、あたしってば騙されちゃったよ。みんなして泣きそうな顔してんだもんね〜。」

「ノーマ、その辺にしてくれ。」














クロエが真っ赤な顔で首を竦めた。その隣ではノーマから目を逸らしているセネル。















ちゃんもさ〜、ジェージェーに「いきなり関係ない事聞いてなんなの?」って腹立ててる顔してたし。」

「うっ…」














私までとばっちりを受けて再び顔を赤くする。


ふー、暑い…。















「ま、全部冗談なんだし、別にい〜んだけどね?」

「クカカ!当たり前じゃ!」














モーゼスが腰に手を当てて大きく体を反らして笑う。
その体には光るものがちらほら見えた。















「その割には、変な汗が、たくさん出てますよ。」

「しょ〜がないね〜、あんたら。」















部屋にノーマの笑い声が響いた。


















































静の大地の波際で、私達はモーゼスとギートが見つめ合っているのを見守っていた。
何分経ったかはわからない。もしかしたら一時間くらい経っているのかも知れない。
でも、その時間がとても大切に感じられた。



そよよと吹く風が波肌を触り、水音が微かに風音に混じって消える。
ここは本当に静かで、少しの魔物が徘徊しているだけの場所。
ギートにとっては物足りない場所かも知れない。でも、こうするしか共に思い合って生きるのは難しい。
















そう、人と魔獣という違いがある私達には。













「ジェー坊、ちょっと頼みがある。」

「何ですか?頭の悪いモーゼスさん。」














ここぞとばかりに出てくるジェイの皮肉。でもモーゼスは強く突っかからない。














「ワレは、ええかげんに……まあ、ええわ。」













この雰囲気を打破しようと出たジェイの言葉の意味、モーゼスにもわかったみたい。
今度はジェイがバツの悪い表情になる。















「急に大人しくならないで下さい。調子が狂うじゃないですか?」

「ワイの髪の毛を少し切ってくれ。」















モーゼスはジェイの言葉を無視すると、微笑みながら言った。
セネルが不思議そうに聞く。
















「どうするつもりだ?」

「ギートにお守りを作るんじゃ。」













そう言ってしゃがみ込むモーゼスの髪を一房握り、ジェイが大事そうに刃物で切る。
真っ赤に燃えるような髪の毛は、その燃えているモーゼスの頭から別れ、ジェイの手のひらで燻るように揺れた。















「はい、切りましたよ。これでいいですか?」

「オウ、上出来じゃ。」














自分の髪を受け取ると、モーゼスはギートの横まで歩いていきギートの腕を触る。そして器用に自分の髪の毛を編み上げていくと、ギートの腕に巻いた。
そしてそこをぽんぽんと叩くと、満足そうに笑う。














「よっしゃ、これでええ。」

「首輪ならぬ、腕輪ってとこだね。」














ノーマの言葉にモーゼスは振り向くと、大きく頷いた。
そして嬉しそうにその腕輪を見ては、ギートの背中を撫でる。














「信頼するもんの髪で作った飾りは、もろうたもんを守るんじゃ。

ギート……立派な鬣を少しだけもらうぞ。」













モーゼスはギートの鬣を切ると、こちらも器用に編み上げていく。
あっという間に出来上がると、それを自分の指にはめた。
















「よっしゃ、こっちも完璧じゃ。」















モーゼスはギートにそれを見せた。するとギートは嬉しそうに吼える。















「ギート、お別れじゃ。」

「寂しくなるな。」

「ハリエットも懐いていたからな。実に残念だ。」

「ギートの事、みんな好きなんですね。」

「シャーリィもでしょう?」

「はい!」














私達が後ろで見守る中、モーゼスはギートを撫でる。
優しく、優しく撫でていく。















「ギート、強う生きるんじゃ!誰よりも強うなれ!」

「がうっ」


「野生の血が騒いだら、ワイのことを思い出せ!」

「がうっ」


「ワイとの出会いを思い出せ!」

「がうっ!」


「ワイを守った事を思い出せ!」

「がうっ!」


「ワイを待ってたことを思い出せ!」

「がうっ!」


「ワイと遊んだ事を思い出せ!」

「がうっ!」


「ワイと飯食ったことを思い出せ!」

「がうっ!」


「ワイと風呂入ったことを思い出せ!」

「がうっ!」


「ワイとケンカしたことを思い出せ!」

「がうっ!」


「ワイと仲直りしたことを思い出せ!」

「がうっ!」


























「ワイと……ワイと……」

























モーゼスの顔が歪む。
さっきまで強さに満ちていた表情が俯いて歯を食いしばったために悲しみが表れた気がする。
でも、それはすぐに違うとわかった。

















「ワイの声を思い出せ!ワイの言葉を思い出せ!ワイの顔を思い出せ!」

「がうっ!」














モーゼスはギートの目を見つめた。
諭す様に言う。















「それでもダメじゃったら!今から言う事を思い出すんじゃ!!



ワイはこの旅立ちに誓う。必ずまたギートに会いに来る!



じゃから、ワイのことを忘れたら絶対に許さんぞ!



ワイらは共に生きるんじゃ。たとえ離れとっても、ワイはギートを思う!」




「あお〜〜〜〜〜ん!!!」















ギートはモーゼスに背を向けると吼える。
彼の言葉を噛み締めるような、悲しみに似た熱き思いを吐き出すかのように。














「ギート、忘れるな!何があってもこれだけは忘れるな!!」












モーゼスは一歩足を踏み出して、地に踏ん張る。














「ギートは、ワイの家族じゃ!!

この命ある限り、ギートじゃワイの家族なんじゃ!!」







「あお〜〜〜〜〜〜〜ん!!!」
















モーゼスの目から涙が溢れた。
でもそれはすぐに消え、彼の顔には一皮向けたような清々しい笑顔が浮かぶ。
とても魅力的な素敵な笑顔が。













モーゼスとギートは別々の道を行く。












離れていても心は同じだと、改めて教えてもらった気がした。












「さ、野営地に戻るぞ。」











モーゼスはそう言うと、振り返ることなく昇降装置へと向かった。

















































街へ戻ると、もう日はとっぷりと暮れていた。
街路灯が煌々と光り、ウェルテスを輝かせている。


ふと野営地の方を見ると、心配そうにお祈りしているチャバが見えた。彼はぎゅっと目を瞑り、何かを呟いている。
モーゼスはそんな彼の姿に気付くと、元気良く彼の名を呼んだ。するとチャバがぱっと目を輝かせてこちらを見て、一目散に走ってくる。















「アニキ!!

あっ、ちゃん!!!」













チャバは私の姿に気付くと、ぎゅっと抱きしめてくれた。私はそれを受けるとホッとする。













「無事で良かった……」












しみじみと言ってくれるその姿に、心配を掛けてしまった事を申し訳なく思う。
だって、チャバに隠れてといわれたのにも関わらず、飛び出したのは私なのだもの。














「ごめん、守ってあげられなくて。」

「ううん、そんなこと……」

「ほ〜う、チャバはワイよりもなんか?」












片眉を上げて見下ろすモーゼスにチャバは謝ると、辺りを見回した。
きっとギートを探しているに違いない。













「……アニキ、ギートは?」

「大丈夫じゃ。ワイと一緒におる。」

「?」











チャバは再び見回す。しかしギートの姿はない。













「体の奥んところで、胸の奥んところで、ワイとギートはつながっちょる。」

「ギートは生きてるの?」











体全体で喜びを表すチャバを、モーゼスがクカカと笑う。
彼は灯台をちらりと見て胸を反らせた。












「あたりまえじゃ!ワイがギートを手にかけるわけがないじゃろ!」

「どこの誰だったかな?ギーとんを殺すって、ピ〜ピ〜騒いでたの。」

「僕の記憶が正しければ、モーゼスさんですね。」











ノーマとジェイがニヤニヤと笑うが、モーゼスにとってはどこ吹く風。














「クカカ!そんな昔の事忘れたわ!

ワイとギートは一緒なんじゃ!」

「全く、調子いいんですから。」

「ま〜、これでこそモーすけって感じだよね!」

「ワイらじゃまだまだこれからじゃ!

ヒョオォォォォォッ!!!」













モーゼスは大声で叫ぶと、飛び上がった。
それを聞いて出てくるモーゼスの子分達。みんなそれぞれに包帯を巻いたりして痛々しいけれども、モーゼスの明るさを見て状況を理解したのか表情が明るい。












今日は野営地で酒盛りになりそうだった。












*************

モーゼスとギートのやり取りは、文章にするとこれでもか!と言うほど長い…。
どうしようか悩みましたが載せました(笑
やっぱり長いですねぇ。くどい様な感じに…(汗
あと一話でモーゼス編も終わりです。


2008/01/06






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