夜空を見上げると、からりと晴れ渡った空に無数の星が光る。
遠く離れた祖国に思いを馳せ、たった今書き終わった手紙を畳んだ。

遙か遠い国クルザンドで頑張っている甥のヴァイシス。兄のヴァルシードとヴェスティクス。ほんの数年前まではそこに私とヴァーツラフ兄様も加わって故郷の行く末を見守っていたのに。












「はあ…」











私は溜息を吐いた。
どうしてこんな事になってしまったのか。それは遺跡船に来た時から自分に、何かに問いかけている言葉だった。でも誰も答えを出してくれないまま、私は兄の元を離れて仲間達のところに来た。



これは偶然?それとも必然?
今、世界を見守る者という運命を課せられて思うけれど、世界の廻る全てのことが必然だったら?
私の生まれも何もかも必然だったなら?
それは誰が動かしているというの…?



全てを胸の奥に溜め込んで吐き出せない現実が重く圧し掛かる。話してはいけないなど誰にも言われていないし、世界を見守る者がどんな者なのかも誰にもわからない。そう、わからないことだらけなの。吐き出したい気持ちはそう、何も分からないというもどかしさ。

こんな気持ちは誰にも話せない、誰にも迷惑はかけたくない。











「書き終わったか?」











セネルが後ろから覗いてきた。私は頭を上げて頷くと畳んだ手紙を封筒に入れる。
すると、彼は小さな紙切れを机に置いた。












「どうしたの?」

「これ、入れといてくれるか?俺からの手紙。」











セネルは照れくさそうに笑うと、力が入ってしまったのか手紙をくしゃりと握った。












「おっと。」

「もう、セネルったら。」












その手紙を受け取ると、中身を見ないように封筒に入れた。













「で、どうして溜息をついたんだ?」

「え?」













聞いていたの?という表情で見上げると、セネルは目を細めて優しく笑った。そして私の頭に手を置くと、ゆっくりと撫でる。












「聞いてた。気になってさ…」

「……ごめんなさい。」

「謝るなって。、辛いんだろ?ちょっとこっち来い。」











セネルは手招きすると一階に下りて絨毯に座り込んだ。私は手紙をそのまま、彼の後を追う。
彼の家は一人で住むには大きいような気がしたけれども、セネルの寝相ならこのぐらいが丁度いいのかもしれない。クスリと笑う。
それに気付くことなく彼は私を見上げた。












「隣座って。」

「え、はい。」












言われるがまま座ると、セネルは私の肩を抱き寄せて自分に寄りかからせた。セネルの服には痛そうなものがついているけれども何も感じなくて、それよりも彼の温もりの方が伝わってきて心地よかった。
彼は私の頭に手を置くと、よしよしと優しく撫でる。その手はヴァーツラフ兄様ほど大きくはなかったけれど、伝わる優しさは同じだった。













「こうすると、落ち着くだろ?」

「ええ…。」

「俺も小さい頃にやってもらったんだ。同じくらいの歳の女の子にさ。」

「そうなの?」

「ああ。あんまり覚えてないんだけど、可愛かった気がする。」

「覚えてないのに可愛い?」

「雰囲気がかな。」

「へぇ…。」













セネルは私を抱く力を強めると、そのまま彼の肩に私の額を埋め込んだ。
そして頭を撫でる手はいつの間にか背中を優しく摩ってくれる。















「その子に字を教えてもらった。でも途中から会えなくなったりなんかで、あとはステラに教えてもらった。」

「そう、なの。」

「ああ、なんかいいだろ?」

「ええ、いいわね。大事な思い出じゃないの。」

「そうなんだ。」














それから少しの間、私達に無言の時が流れた。お互い顔を見合わせることなく夜空を見つめる。
結構な時間が経ったのか、肌寒く感じてきた。ぶるりと身を震わせると、セネルが気遣って毛布を持ってきてくれる。














「帰らなくてもいいのか?」

「今日は、ワルターいないし……ここに居ていいかしら?」

「ああ、大歓迎だ。」













セネルは特上の微笑を向けてくれると、自分と私をくるりと毛布で巻いた。
とても温かい。













がさ、帰らないなんて言うなんて…よっぽど辛いんだな。一人になりたくないってことだ。」

「え……」

「何も言わなくていいよ。言いたくないだろ?

俺はこうやって頼ってもらって、そばにいてくれればいいからさ。」












私は何も言えずにただただ頷くばかりだった。
セネルの優しさが嬉しくて……でも、何も話せない自分が悔しくて、悲しかった。














































翌朝、セネルと共に宿屋に帰ってみると、ノーマが受付カウンターの横で朝食を頬張っていた。その隣にはすました顔のザマランさんが居たけれども、私達に席を譲って宿屋を出て行ってしまった。
ここはウィルの家でもないのに、ジェイ、シャーリィ、モーゼス、グリューネと集まってきてしまい、挙句の果てにウィルまで登場した。まあ、すぐに帰ってしまったけれども。
これでクロエが来たら、みんなの心が繋がってるのかしら?という話に入ったところ、遠くから軽やかに走る音が聞こえる。


ああ、クロエだわ。なんて思っていても皆との話は止まらず、何も言わずにクロエを待つことにした。


お城にいた頃の談笑とは違う談笑。仲間達と他愛のない話をして、共に笑い合うってなんて楽しいのかしら。
楽しいだけじゃない、嬉しくてうきうきしてしまう。

月並みな感情なのかもしれない。楽しいとか嬉しいとか、平凡な感想なのかも知れない。
でも、本当にそう思うのよ。

私はもう、クルザンドに戻っても宮廷の宴のようなものには出れないわ。
だって、仲間達という掛替えのないものを知ってしまったのだもの。













!」












クロエの喜んでいるような驚いた声が宿の外から聞こえた。
私は皆との談笑を止めると、扉の方を見る。すると、勢い良く彼女が飛び込んできた。













「どうしたの、クロエ?」

!ここにいると思った!

…て、みんな一緒なのか。」













クロエは喜ばしく開けた瞳と口を閉じると、恥ずかしそうに呟いた。

私はくすりと笑うと、席を立ってクロエの元へ行く。
でもクロエの元に着く前に、ノーマが意地悪そうに声を掛けた。














「な〜に、クー。あたし達がいるとなんか都合悪いの〜?」

「そっ…そそ、そんなわけでは…」

「じゃあ言ってよね〜。」














焦るクロエにノーマが畳み掛ける。
クロエはかわいそうなくらいたじろぐと、瞳を上げて口をへの字に曲げる。
そこへ、これではクロエに勝ち目はないというようにシャーリィも加わった。














「どうしたの?さんにしか言えないこと?」

「シャーリィ…!!」














傷付いたような表情で言うシャーリィに、クロエは狼狽した。
彼女の瞳は揺れ、困惑して私の顔を見たり、手に持っている手紙をちらりと見たりと、明らかに何かを言おうか迷っているようだった。
しかし少し悩んだ後、一大決心をしたのか持っていた手紙を思い切り握り締めて口を開く。














「ヴァイシス殿が遺跡船に来るそうなんだ!」













それは一大決心というか、半ば自棄な物言いだったため、ノーマとシャーリィが「あちゃー」という顔をした。














「……イシー来るんだ?」

「へぇ…ヴァイシスさんが。僕のところにはそんな手紙来てませんけどねぇ。」












ジェイがポケットから数通の手紙を取り出した。
見慣れた羊皮紙だ。ヴァイシスの蝋印が押してある。


…初めて知ったけれどあの子、ジェイとも文通してたのね。


私がぽかんとジェイを見ると、彼は片目を瞑った。
それがどういう意味かはわからなかったけど、たぶん「あなたは知っていたんでしょう?」という意味だと思う。

でも、ヴァイシスが遺跡船に来るなんて話は聞いてない。だって私のところにはまだ手紙が来ていないし、昨日書いた手紙も出していない…。
大体、クルザンドの政務を兄様達に任せて来るつもりなのかしら。













「……私も、知らないわ。そうなの?クロエ。」

「えっ…」











私の言葉にクロエは驚いた。そして他の皆も驚いている。
それは、歳の近い甥と叔母の関係だけれども…知らないことはたくさんあるわ。












、知らないのか?」

「ええ。」

「本当ですか!?僕が知らないならまだしも、さんが知らないなんて。」












皆は未だに信じられないようで、同じ言葉を繰り返す。
これはヴァイシスが来た時に、私の名前を呼んでばかりいたからよね。姉弟ならシスコンだけれど、ヴァイシスの場合は叔母コンだわ。












「そんな手紙、私には…」











そう言った瞬間、目の前に羊皮紙の束が落ちて来た。
何かと思ってガサリと開けると、それは見慣れた綺麗な字で綴られているヴァイシスからの手紙。

手に取ってぱらりと開くと、ヴァイシスらしいお飾り文句が並べ立てられていた。













『私知らないって思った?』












手紙はこう始まっている。













『クロエ殿に1番に知らせたかったんだ。その後に手紙が届くように手配済み☆

聖王陛下に呼ばれて数日行くことになったんだ。聖王陛下直々のお呼び出しだから行かないとダメだって父上に言われてさ♪また行けるなんて思ってなかったから嬉しくてしょうがないよ。早く来ないかな〜…』












その後は楽しみだという気持ちを詳細に綴ってある。そして、最後の行には遺跡船に着く日にちが…。












「これって、明日じゃない!!!」

「明日?!」

「ええ。明日港に着くって書いてあるわ。」












何ていうか、いきなりにも程があるわよね。
驚く皆を見回しながら、嬉しそうにそわそわしているクロエが目に入った。













「そうなのか…!!これで、あの時のお礼が言える!」

「クッちゃん、あの時のお礼ってなんじゃ?」

「へっ…?」












呟いてしまった言葉を後悔するクロエ。それを仲間達がじとりと見つめる。












「それ、俺も聞きたい。」











セネルが言った。
するとクロエは狼狽して後ずさる。













「ク…クーリッジ…、それは…」












クロエはどんどん後ずさると、私の袖を掴んで宿屋のドアを凄い勢いで開けた。
そして走る。













「あ〜っ!クーが逃げた!!」

さんを連れてますよ。」

「人質なんか!?」

「馬鹿言わないで下さいよ。」

「何なんだあいつ…」














疑わしげに目を細めるセネル越しに、シャーリィは満面の笑みを浮かべているのが見えた。
そんなシャーリィの姿を見たら、昨日セネルと過ごしたことに罪悪感が芽生えてしまった。
















「クロエ、何故逃げるの?」

「い…いや…」















クロエはただ愛想笑いをするだけで、何も答えない。















「いくらセネルに聞かれたとはいえ、あなたの気持ちがヴァイシスに向いていようが…」

「うわーーっ!」














腰に手を当ててぷんぷんと言う私に、クロエは大声で対抗する。
怒っている私が、なんか馬鹿みたい。














「もう、クロエったら。」

「…朝からうるさいぞ。」













と突然、空から声が聞こえた。二人で見上げると、上にはワルターが飛んでいる。














「相変わらず、仲がいいんだな。」

「ワルターがそんなこと言うなんて…」

「あはは。私達は仲がいいんだ!」












クロエはなんだか私と腕組んでしまってるし。誤魔化しにも程があるわよね。

私は大きく溜め息をつくとワルターを見上げる。














「ヴァイシスがまた来るのだそうよ?」

「来るのだそう?」














ワルターは訝し気に言うと下りて来た。そして私の顔を見つめて、


「来るのだそう?」


ともう一度聞いた。















「ええ。クロエのとこに手紙が着いたの。私のとこにはさっき来たのよ。」

「ほう…」














ワルターは関心すると、赤くなるクロエを見た。














「あいつは貴様が好きだからな。貴様もそれに答えてや…」

「うわああああ…やめてくれ!」













ワルターの言葉を遮るようにクロエが叫ぶ。彼と私は半ば呆れ、半ば楽しそうに目を合わせた。














「クロエはね、迷っているのよ。」

「ああ、セネ…」

「やめっ…!!!って、なんでワルターが知っているんだ!!」













クロエは打って変わって怒り出したけれど、ワルターは冷静に、




「見ていれば誰にでもわかるだろう。」




と言い退けた。
するとクロエは、頭を抱えてしゃがみ込む。














「そ、そうなのか…?」

「そうね。」
「そうだな。」













彼女の問いに、私達は同時に頷く。














「貴様がどちらを好きになっても、俺は歓迎しよう。」














あら、ワルターったら珍しい事を言ってる。













「そうだろうな…。」













クロエはそれを聞いて、苦笑していた。















「じゃあ、明日はお昼に街の入口に集合ね。それとも、一人で向かえに行く?」

「やめてくれ、。」

「そうよね。じゃあ、皆に伝えておくわ。」

「頼む。」













クロエは青い顔をしてふらふらと去っていく。
自分がそんなにわかりやすい人間だと気付いていなかったみたいね。
















「あの女、雰囲気が和らいだな。」

「あら、ワルターだってそうじゃない。」

「そうか…?…ああ、そうかもしれないな。」
















彼は空を見上げて頷く。
本当に、変わったわ。














「前にあの女がそう言った時は自分でもわからなかったが、今はわかる。

前より、セネルに怒りが込み上げることは無くなった。」















前なら絶対言うようなことはなかった言葉を、すんなり言い退ける彼がいる。
何だか、嬉しい。


ワルターは確実に私達の仲間になったのだわ。


ずっと心配してきた事が、溶かせないかもしれなかった彼の心。私の力ではなく自分自身の力で溶かしてしまったのは残念だけれど、自身の力で変わっていったワルターが、何だか誇らしかった。
そう思ってニヤニヤしていると、彼は睨みを利かせてくる。












「何だ?」











そういうところは変わっていない。













「ふふ…」

「…何なんだ……」














くすくすと笑うと、ワルターは呆れた溜め息をつく。

変わるところと、変わらなくていいところがあるのよね。
ワルターはワルターのままでいいのだもの。











「何でもない!」










私は彼の手を取って歩き出す。














「さ、歓迎会の準備しましょう?」

「……仕方ない。手伝ってやろう。」












ワルターは微かに笑むと、歩き出す。

一緒に成長していきましょうね、ワルター。













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始まりました!ヒロイン編☆どんな話になるのか楽しみです^^
あれやこれや考えた上で、ヴァイシス君が戻って来ますよ〜☆


2007/10/24(訂正:2008/01/07)








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