お日様の匂い…

何かふわふわしたものが触ったり、離れたりする。

遠い意識の中、その感触だけが余韻を残す。

少し時間が経つと、暖かい気持ちがふわりと身体に降りて来る。

何か気になって手を動かそうとするが、身体が動かない。
まだ意識が遠のいている証拠である。

そのうち、可愛い声が耳に届く。
動物の鳴き声かと思うが、意識を集中させて聞いてみるとそれは話し声のようでもあった。


ふわりふわりと触っては離れ、心地よいリズムで気持ちが揺れる。

それに合わせるかの様にの意識も近くなったり遠くなったり。

完全に目覚めることはない。


「…キュ…」
また鳴き声が聞こえる。


「…かキュ」


よく聞こえない。
再び意識を集中させて聞く。


「意識が戻らないキュ。」


今度はしっかりと聞こえた。
誰かがを心配しているようだ。

はそれに答えようと目を開けようとするが、瞼は何かに封印されたように開かなかった。

「なんとかしなきゃいけないキュ。」
「そうだキュ。」

聞こえる声は一人ではない。
三人ほどいるようである。



ガチャ…



その時、遠くの方でドアが開く。


「ただいま。」


「あ、ジェイ。おかえりだキュ。」

「おかえりだキュ。」

「おかえりだキュ。」

ジェイと呼ばれた者の帰宅に、を囲んでる者達が次々に喜ぶ。

「…何、その黒い物体。」

ジェイはを見て言った。

「黒い物体じゃないキュ。女の子だキュ。」
「毛細水道から帰って来る時、ポッポ達が見つけたんだキュ。」
「道端に倒れてたんだキュ。」

ジェイの問いに次々と応えていく。

「ふーん。」
ジェイはそう言うと、に近付く。

「見た事ない顔だなぁ。…気になるね。」
と言った。


「ジェイ、人工呼吸だキュ!」

「ええっ!何言ってるんだよ!」

「お姫様は王子様のキスで目覚めるキュ!」

「ピッポ、どんな話読んでるんだよ…。」


はそのやり取りを聞いていると、ふと身体が軽くなり、声が近くなった気がした。


―もう、喋れるみたい。


手も微かだが動く。声も出せるようだ。

「…あ、あの…。」

周囲でやり取りしている者達に話しかける。

「あ、気がついたキュ!」
「よかったキュ!意識が戻らなかったらどうしようかと思ったキュ。」

先ほどを心配してくれていた者達が一斉にの方へ向く。

「まぁ。」

驚いたことに、それは人間ではなかった。
毛がふわふわと生え、それを覆う様に服を着て、帽子をかぶったりしている。
特徴的なのは、帆立貝のペンダントをしている事。
見た目は、らっこのようであった。

愛くるしい姿。ふさふさの毛。先ほどを心地よい気分にさせてくれたのは、彼らのおかげだと思う。

の顔が、自然にほころぶ。

「私はと申します。助けてくれてありがとうございます。宜しければ、皆さんのお名前を教えてくれませんか?」

はゆっくり起き上がると、彼らを見渡してにこりと微笑み、自己紹介とお礼を言った。

「キュッポだキュ!」

「ピッポだキュ!」

「ポッポだキュ!」

「…ジェイです。」

4人は順番に挨拶をした。
その姿が愛らしくて、はくすりと微笑んだ。

彼らは自分たちがモフモフ族だということを話してくれた。ここはモフモフ族の村で、は道端で倒れているところを、
キュッポ達が助けてくれたことを知った。
ジェイという少年は、彼らと違ってに喋り掛けることすらせず、をずっと見つめていた。
自分が彼らにとって怪しい人物だという事は、痛いほどわかる。
ジェイの視線がそれを物語る。


― 私は、招かれざる客なんだわ。


ジェイの視線が突き刺さる。
はその視線に耐え切れなくなって、ジェイに問いかけた。

「何でしょうか?」

ジェイは、少し驚いた様な顔つきでから視線を外すと、きっぱりと言った。


「お話は後にして、お風呂で汚れを洗い流したほうがいいんじゃないですか?」


思ってもいない答えに、は戸惑う。


「え…?」


は、改めて見える範囲の自分の姿を見てみた。

肌は煤けて浅黒く、本来と無縁な色になっている。
服はぼろぼろ。ビリビリに破けて、見れたものではなかった。


「あら…私、こんな姿で家に入れていただいて……すみません…。」
「気にしないキュ!」

「僕は気になるんですけど…」
キュッポ達は気にしないと言ってくれたが、ジェイが気になるということで、お風呂を借りることになった。



「タオルはこちらとこちらを使ってかまわないですよ。服は…僕が町で適当に見繕ってきます。いいですね?」

ジェイは有無を言わせずに話を進めていった。
「はい。何から何まですみません。…あ、これを。」
はぼろぼろの服を探ると、一つのイアリングを取り出した。
小さな青い石がついているイアリングである。
これをジェイに手渡すと、
「これを売って、服を買っていただけますか?」
と言った。

ジェイはそれをしばらく眺めると、ポケットにしまった。
「わかりました。」

「宜しくお願いします。ジェイ。」
「…はい。では、早速お風呂に向かってください。」

ジェイは、をお風呂に向かわせると自分はドアに向かって歩き出した。

「なんだか、あの人と話していると調子が狂いますね。」

ジェイはこう呟いたが、の耳には届かなかった。






「さっぱりしたわ。」

はお風呂からあがると、ジェイから借りたタオルで髪の毛を拭きくるくると巻き上げた。
浅黒かった肌は綺麗に洗いあがり、ぼさぼさで絡み合っていた髪の毛も、たっぷりと空気を纏ってタオルに巻かれる。
そして、もう一枚の大きなタオルで体を拭くと、辺りを見回した。

新しい服が置かれている様子はない。
ジェイはまだ帰ってきていないようだ。

ジェイが帰ってきていないことを確認すると、大きなタオルを体に巻きつけた。
「これでよし、と。」

そのままの姿で、先ほどの部屋に戻る。
ドアを開けると、キュッポ達が絨毯で寝息を立てていた。


抱きしめたいという衝動に駆られる。


しかし、気持ちよさそうに寝ているのを起こすのは可哀相なので、しばらく眺めていた。


「あふ…」
そのうち、も眠くなってきた。
ピッポとポッポの間にちょうど良く人一人が入れるスペースがある。

はその間に体を横たえると、ピッポのお腹とポッポのほっぺたに顔をうずくめるような感じで、寝息を立て始めた。



しばらくすると、ゆっくりドアが開き、ジェイが帰ってきた。
ジェイはいつものようにただいまと言うと、皆が寝ているのを見てにこりと笑った。

「なんだ、寝てるのか。」

のための服を持ち、お風呂場へと足を進める。
しかし、誰も入っていない。

おかしいと思い、キュッポ達が寝ている部屋に戻る。
目を凝らすと、寝ているではないか。


タオルを巻いただけのが、ピッポとポッポの間で寝ているのだ。


「!!!!!!!!!!!」


ジェイは、声の無い叫びをすると、顔を赤くしてそっぽを向いた。

持っていた服を床に落とす。

頭の中が真っ白になったようであった。



少しの間、ジェイは何も考えることができなかった。

頭が冷えてくると、冷静になる自分がいると同時に、に腹を立てている自分がいた。



この状況をどうにかしなければならない。



ジェイは、腹を立てる自分を押さえつけて、を起こすことにした。





さん!起きてください!!!」



「ん・・・?ジェイ・・・お帰りなさい。」



は目を擦りながら起き上がった。

が起き上がると、ジェイは半歩後ずさった。



「お、お帰りなさいじゃありません!」



ジェイはの顔をまともに見ることが出来ず、床に落とした服を拾って押し付けると、階段を無理矢理登らせた。



「僕の部屋をお貸ししますから、早くそれに着替えて下さい!」

を自分の部屋に押し込むと、思い切りドアを閉めた。





「な、なんなんだあの人は・・・」

ジェイは深くため息をつく。

「ジェイ。」

部屋の中からの声がした。

「何ですか。」

「ジェイはすごいですね。」

「何がですか?」

「この服、サイズがぴったりです。」

「!?」

「本当にすごいですね。」

「ち、違いますよ!!」

「?何がですか?」

「……」









ガチャ





が部屋から出てきた。

出てきたの姿を見て、ジェイの動きが止まる。





はっと息を呑む。





最初に会った姿とは似ても似つかない。あのぼろぼろの姿から想像できただろうか。



ジェイが買ってきた青と薄い緑の服は、の長い銀色髪を映やす。



薄っすらと微笑む小さな唇。小首を傾げながらジェイを見つめる紫色の瞳。



何もかも、人を惹きつける。





「ジェイ、どうかしましたか?似合いませんか?」

「……あ、いえ、とっても似合ってますよ。」

ジェイの視線はから外れない。

「なぜ、そんなに見つめるのですか?」

のその問いに、ジェイは顔を少し赤らめ、コホンと咳をして視線を逸らす。

「下で話しましょうか。」

「はい。」





は、何であそこに倒れていたキュ?」

ポッポが聞く。

「それはね、だキュ。」

、何でポッポの真似をするキュ?」

「可愛くてしょうがないからだキュ。」

「…馬鹿にしてるんだキュ?」

「愛しく思ってるんだキュ。」

は真似をしながら、ポッポを抱きしめた。



「キュ!」

ポッポは驚いたようだが、に身を任せる。

「ずるいキュ!」

、ピッポにもしてほしいキュ!!」

ポッポを抱きしめるに、キュッポとピッポが抱きつく。

いつの間にか溶け込んでいると、キュッポ達を眺めながらジェイは一喝した。





「真面目に話してください!」





キュッポ達は驚いて飛び上がる。

はジェイを見てにこりと笑った。

「何がおかしいんですか。」

ふてくされたようにジェイは言う。

「いえ、なんか幸せだなあって思ったのです。」

「変な人ですね。」





「それで、さんは何故あんな姿で倒れていたんですか?」

ジェイは話を本題に戻す。

その質問に、は悲しそうに笑う。

「軍に、捕まっていたのです。」

「ヴァーツラフ軍に?」

ジェイは驚く。見たこと無いはずだと、心の中で確信する。

「…はい。」

「何故ですか?」

「わかりません。一年前のある日、突然連れてこられました。」

は、再び悲しそうに笑った。

「出身は?」

「クルザンド王統国です。」

「祖国で捕まってここに連れてこられたんですか。」

「はい。戦争ではなく、和平を進めるように活動したりしていました。」

「ああ、それで。」

ジェイは疑いも無くの話を聞き入れた。

このような質問を繰り返していると、がずっと悲しそうに微笑んでいることに気づいた。





「歳はいくつですか?」

「え、17です。」

「僕よりひとつ年上ですね。」

「ジェイは16ですか。」

「計算によると、そうなりますね。…どうしました?」

はにやりと笑ってジェイに顔を近づける。

急な出来事にジェイの動きは止まる。

少しの間がある…

「…お姉さんに命令してはだめですからね!」

はジェイの耳元で呟いた。

ジェイは目を丸くしたが、すぐ瞳を細くしてを見た。

「何言っているんですか。」

ジェイは呆れたように言う。

しかし、顔は少し赤い。

このやり取りで、はころころと笑った。





「さ、ご飯にするキュ!」

ピッポが帆立貝の皿に、ホタテ料理を載せて持ってきた。

はホタテ、好きキュ?」

ピッポから貝を受け取ると手で一掴みして口に放り込んだ。

「ん、大好き!」

口をもぐもぐ言わせながら喋る。

「行儀悪いですよ。」

ジェイがを嗜める。







― こんな他愛もない時間が、こんなに幸せだなんて。

  忘れていたかもしれない。







はふと考えると、幸せそうににこりと笑った。





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キャー!書いちゃった書いちゃった!! 書きながら幸せに浸る。
…あ、ゴメンナサイ。 この話書いているときはどんなに幸せだったか。このために頑張ってきた感じでした。 (駄目じゃん。)皆様にこの幸せが伝わればよいのですが、 幸せすぎてお話が長くなってしまいました。今度から気をつけますね。 次は、金髪のイケメンと絡み予定です☆
2006、1、25
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