「ジェイ、散歩しましょう。」



朝になると、は唐突に言った。

昨日知り合ったばかりだというのに、ずっと前からの知り合いだったかのように振る舞う。
ジェイにとって、それは嫌な事ではなかったが、信用できるかわからない人間に馴々しくされるのが気に食わなかった。
しかし、ジェイにとっても彼女は昨日知り合ったばかりではなく、ずっと前からの知り合いだったような気持ちになるのは事実であった。
そのため、拒むのを容易にしてしまう。


さんといると、おかしくなりそうですから、嫌です。」


ジェイは皮肉を交えて言う。

ジェイにとって、この断り方はを親しく思っている証拠であった。
自分がそう思ってる事に気付き、戸惑う。なぜ、彼女をこんなにも親しく感じてしまうのか。


「ジェイは、いじわるですね。」


はこう言うと、ジェイの白い手を取り、もう一度言う。





「ジェイ、散歩しましょう。」

ジェイは溜め息をついてを見る。

は小首を傾げながら、瞳をきらきらさせてジェイを見つめている。
すると、長い髪の毛がサラリと前に垂れ、はそれを無造作に掬いながら耳にかける。
そして、自分を見つめているジェイにほほ笑む。


ジェイは再び溜め息をついた。



「今はだめです。仕事がありますから。」


「お仕事ですか…、それではしょうがないですね。」


ががっかりしたため、ジェイは少し後悔した気分になった。



「では、一人で行って来ますね。」


はそう言うと、ドアに手をかけた。



「あなたは捕われていたんですから、周囲には気をつけて下さいよ。」



ジェイは自分でこう言ったことに少し驚く。
なんでを心配してるのか。
どこの誰だかもわからないのだから、いなくなってもいいじゃないか。

でも…、



「いってきますね。ジェイが心配しないうちに戻るようにします。」



はこう言うと、くすりと笑いドアを閉めた。

ジェイはドアを見つめながら、チッと舌打ちをし、
さんがいなくなるとキュッポ達が助けた意味がなくなる。」
という適当な理由を呟き、の事を考えるのを止めた。



























「まぁ、これは傷に効く薬草だわ。このぎざぎざ葉っぱは鎮痛剤。ここは、色々な薬草が生えているわ…」

はモフモフ族の村を出、歩き出した。
少し歩くと、たくさんの薬草が生えている原っぱに出くわす。

「こんなに生えているなら、少しもらって薬を調合しても大丈夫よね。」

祖国にいた時、たくさんの事を学んだは、薬の調合の仕方も知っていた。

「帰りに少しいただきますね。」

と、薬草たちに言うと、再び歩き出した。

二時間ほど歩くと、モフモフ族の村からかなり遠くまで来てしまった事に気付き焦った。
道々に印は残したが、ちゃんと帰り着けるか少し不安になり立ち止まる。


「皆が心配する前に帰らなきゃ。ジェイに怒られてしまうわ。」


はくすりと笑った。













その時、



「…さん!」

少し先に行った草むらから声が聞こえる。

気になって歩を進めると、金髪の女の子が、傷だらけの男を抱えて川のほとりに立っていた。




「ワルターさん、大丈夫ですか!?」




女の子は男を心配そうに見上げる。
男は無言で荒い息をしていた。





「どうしたのですか!?」

は草を掻き分けて、二人の近くに行くと話しかけた。

を見て、女の子の顔に恐怖の色が浮かぶ。




「り、陸の民!近寄らないで!!」




こう叫ぶと、を睨み付けた。
はというと、女の子に構わず男に近寄る。


「こんなに怪我をして…」


近寄るに男は何も答えず、荒い息をしながら見据えている。




「近付かないでって言ってるでしょう!!」




女の子はに叫ぶ。
は女の子の方を見ると、



「今は陸の民だの言っている場合ではないわ。あなたは、この方を助けたくないの?」



と言った。
女の子は悔しそうな顔で口ごもる。




「助けたいわよね?」



は諭すように言う。

女の子は「でも…」と言うが、頷く。




「怖がらないで。私が絶対に助けてあげるから。」




優しくほほ笑むと、女の子によりかかる男を抱え、その場に寝かした。
男は痛そうに顔を歪めたが、何も文句は言わなかった。


「私はといいます。あなたのお名前を教えて下さい。」


女の子はをじっと見ると、


「フェニモール。」


と答えた。
フェニモールの瞳は、疑いや不安が入り交じっていたが、少しの安心したみたいだった。
自分ではどうしようもない状況に助けが入ったことにほっとしたようだ。


「フェニモール、少し行った所に、こういう形とこういう形の葉っぱが生えていますから、取って来てもらえますか?」


は薬草の図を地面に書いた。少し前の道脇に散歩はじめに見た原っぱの薬草と同じものが生えていた事を思いだして詳しく説明する。



「…わかりました。」


フェニモールは図を頭に叩き込むと、探しに走って行った。

はフェニモールの後姿を見送ると、


「…あなたは何というお名前なの?」



と男に聞いた。

その質問をする間もの手はテキパキと動き、男の傷の部分の服を破る。


「…お前は、本当に陸の民か?」


男は、の問いに答えず、質問する。



「…そうね、陸に住んではいるわ。」


は手を動かしながら簡単に答える。



「……」


「あそこの川まで移動できるかしら?」



男は川の方を見ると、ゆっくりと立上がり歩き出す。
それを補助するように、が体を支える。



「…ワルターだ。」


「え?」


「…名前だ。」


ワルターはそう言うと、川の横に腰を降ろした。
は微かに微笑むと、

「ワルター、横になってくれるかしら?」
と言った。

ワルターを横たわらせると、川で傷を洗い流す。


「痛くない?」


ワルターは答えなかったが、少し顔をしかめているので、痛みを我慢しているようだ。



「…お前は本当に陸の民なのか?」



ワルターは再び同じ質問をした。


「…なぜそう思うの?」


はワルターの左腕を見つめながら言った。


「…」


ワルターは何も答えない。


「…ワルター、すこし我慢してね。」


は突然、ワルターの腕の傷に唇をあて、一気に吸った。


「っ!!」


ワルターは痛さに顔を歪める。
は腕から唇を離すと、小川に口から毒を捨てた。


「これで、少しは楽になるわ。」


はワルターに笑いかけると、毒を吸い出した腕を洗った。


「フェニモール、大丈夫かしら。」


は作業を続けながらフェニモールが走って行った方向を見る。
フェニモールの姿はまだ見えない。




風がそよそよと流れる。
の銀色の髪がさらさらと揺れた。
ワルターは揺れる髪の毛を見つめた。
そして、改めてという人間を見る。


陸の民であるはずなのに。

自分と違う種族の者がいるのに、この女はそんな素振りも見せない。

そして、


この女が持つ、この力は…

何故、こんなにも安心するのか。

何故、心地よいのか。



「…わからん…」

「ワルター、何か言っ・・・」


その時、の顔にワルターの手が触れる。


「ワルター?」


は驚いてワルターを見下ろした。
ワルターの手のひらは、思ったよりも暖かい。


「俺が知っている陸の民は、お前みたいではない。お前が陸の民だとは思えん。」


ワルターはそう言うと、手を降ろした。


の顔が熱くなる。
ワルターが触った所から熱が体中に伝わっていく。
自分の顔が熱くなる事に少し恥ずかしさを感じながら、は傷を洗う作業に戻った。



「なぜこんなに傷だらけになったのですか?」


は話を変えようとした。


「…」


「…」


ワルターが答えないのでも何も言えない。

僅かな間、沈黙が流れる。

ワルターは遠くを見ながら、何か考えているようであったので、は話続けるのをやめた。


























「ワルター。」


「…なんだ?」


傷を洗い終わると、はワルターの顔を覗いた。

そして、水で冷たくなった手でワルターの両頬に触れる。


「…冷たいぞ。」


ワルターは不満を洩らす。

それにほほ笑むと、体を近付けてワルターの頭を抱き締めた。
はゆっくりと目を閉じ、ワルターのぬくもりを噛みしめる。



「な!何をする!!」



ワルターは驚いて飛び起きようとする。

しかし、に抱き締められて動く事ができない。
最初は抵抗していたが、時期に諦める。



「…なんの真似だ?」



低い声で言う。

怒っているようだ。



「わけてあげてるの。」



は気にせずに言った。
の言葉にワルターが困惑する。

「ワルターはきっと、自分の意思を尊重して危険を顧ずに行動してしまう。
 だから、少しでも長く生きられる様に、私の命をわけてあげているのよ。」


は抱き締める力をきゅっと強くした。



とワルターの時間が止まる。



川はずっと同じ調子で流れ、音は止むことがない。
風はそよそよと、心地よい微風をもたらしている。


彼らにとってどのくらいの時間を感じたのか、それとも本当に止まっていたのか。
きっと彼らにもわからないだろう。



「ワルター、無理してはダメですよ。こんな綺麗な顔が、台無しになってしまうわ。」


は抱き締めるのを止めると、くすりと笑って言った。



「…」



ワルターは自分の顔が赤くなっているのに気付く。
それに恥を感じ、そっぽを向いた。
そして、ちらりとを見る。
は優しく微笑んでいた。
ワルターの中で、何かがドキリと音を立てる。自分でも、何かはわからない。
とりあえず、顔が赤くなっている事にが気付いていないと分かると、胸を撫で下ろした。






さん!!」


フェニモールが走って戻って来た。
手にはたくさんの薬草を抱えて汗だくである。


「遅くなってごめんなさい!」


フェニモールはの横に薬草を置くと、荒い息をした。



「大丈夫よ、フェニモール。ワルターと少し仲良くなれたから。」


「…?」



フェニモールは不思議そうな顔でとワルターの顔を見た。


「さぁ、この薬草を擦り潰して!」
「はい!」

フェニモールはの指導ですばやく動く。

は適当な石を拾うと、川で洗って薬草を擦り潰す。

それをたくさん作ると、ワルターの傷に貼った。


「…これで大丈夫なのか?」


ワルターはそれを見て言った。


「これだけではダメなの。この薬草とこの薬草を混ぜ合わして、と。さぁ、飲んで!」


はにこりと擦り潰した薬草を丸めてワルターに差し出す。
スカルプチャを一回り小さくしたような大きさだが、飲み込むには勇気がいる大きさだった。


「…すごい、ですね。」


フェニモールが心配そうにワルターを見た。


「…これを…か?」


ワルターは怪訝そうに言った。

「これはね、傷に貼りつつ、この調合した薬草を飲んで一眠りしないと治らないの。
起きた時には、上級ブレス系回復爪術を使ったときみたいにきれいに治っているわよ。」


は自信満々に言うと、ワルターを見た。

ワルターは呆れた顔をして、薬草を受け取り一気に飲み込む。

すると、薬草がまずいのかしかめ面をした。


「それでは、おやすみなさい!ワルター。」


「…?」


「うふふ。眠るっていうのは、実は副作用のことなのよ。」


「!?」


ワルターは驚愕したが、


「………」


意識が遠のくと、
目の前でにこりと笑うの顔が遠ざかっていった。











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お疲れ様でした☆
短めにするつもりがこんなに長く…
ワルター絡みだけど、最初がジェイ絡みになってるよ。
それも、ワルター・フェニモールと別れるまでが5話の予定だったのに、途中で
終わらせざるを得なくなったし。このせいで6話がワルター絡みが少しと、ジェ
イ絡み多目になりそうです。
素朴な疑問。
なんでジェイには敬語でワルターはタメ口なのか。
さんいわく、「ワルターに敬語で接したら、ナメられるかと思ったのです。」
だそうです。
どうでしたでしょうか?何か感想とかありましたら、ばんばんBBSに書き込んでください!

2007、1、27