の驚いた顔はなんと可愛いことか。
らしくない意地悪でこんな表情が見られるならば、またそうしたくなる。
これこそ役得というものだ。

顔が知られていないヒーローが、ヒロインに本当の姿を見せる。物語で言えばそんな部分だろう。
読んでいる者の胸が高まるシーンだが、当人でもこんなだとは。
思ってもみなかった。



彼女と過ごした半日後の数日間は、王子とシーダ様の婚礼準備で忙しかった。
街の警備は強化され、私も騎士を率いて見回りにあたった。
あの場所にも警備を置き、何度か彼女が現れたと報告を受けた。
しかし疑う点は一つもなく、何かを探すような動作と警戒心を見せ、最後に空を見上げて去っていく。
賊がいないか、確認しに来ただけであろう。

私達が出会う前、彼女率いた第七小隊にはカタリナという娘がいた。
しかしカタリナはアリティアの騎士として潜り込み、仲間の暗殺者を引き入れたのだ。
彼女とカタリナは仲が良く、阿吽の呼吸で戦っていたと聞く。その仲を裏切られただけでなく、暗殺者の侵入に関して少なからず嫌疑をかけられた。
はその事で過敏になってるのかも知れない。



あの日だって私の隣で、悩み不足した睡眠を取り戻したのだろう。



だからこそ、彼女は気遣われてしかりだ。
は周囲の信用が厚いと聞く。私などが気遣わなくとも、そうしてくれる人物はいるだろう。
しかし彼女は隊長だったから、間違っている行動をしても隊員は指摘しにくい。
その時こそ、私のような者が導かなければならない。






「……最もらしい言い訳だ」






溜め息を吐く。
本当にそう思っている。これは誓って言える。しかし別の本心があるのだ。






「私は彼女に惹かれている」






たった二回しか会っていないにも関わらず、時折見せるあの笑顔にも、恥ずかしそうに顔を赤らめる姿にも…という人間に惹かれている。

しかし彼女は若い。そして未来がある。
私など……






「待っているのは死だけだ」






再び溜め息を吐く。
思いを遂げることはない。だからこそ、胸に潜めなければ。

病と共に。



婚礼準備の終わりが見えかけた頃、アカネイア王から一通の命令書が届いた。
そこには、グルニア反乱軍の鎮圧が言い渡されていた。






「グルニアか…どう思う、アラン」

「王子、他にはなんと書かれておりましたか?」






嫌な予感がした。
ハーディン王の乱心…その噂だ。






「アリティアの全軍をもって鎮圧にあたれと書いてあるよ」

「全軍ですと…」






まさか騎士団が留守にしている間、アリティアに攻め込むなど考えてるのか。






「全軍とは反対です!」

「アラン…、しかし、それでは命に反する」

「せめてフレイとノルン、その他十数名だけでもお残し下さい!」






それならば最悪の事態が起こったとしても、エリス様とシーダ様だけは逃がす事が出来るかもしれない。






「……わかった。きみの言った事にいつも間違いはない。そうしよう」

「王子…!」






一介の騎士隊長が王子に進言するなど、無礼にも程がある。
マルス王子に出会う前まではそう思っていた。しかしアリティアでは違う。
一人一人の声に耳を傾けようとする。そして皆の命を平等に考える。

それが、アリティアのマルス王子だ。






「ありがとうございます。それではフレイとノルンに伝えに行きますので」

「頼むよ、アラン」

「はっ」






二人を探しに行ったがあいにく出払っており、他の隊員に部屋にくるように伝言を残して警備に戻る。
夕食を終え遠征の準備をしていると、ドアがノックされた。






「フレイとノルン、参上しました」

「入れ」






二人は部屋に入り膝を着く。隊長に膝を着くなど、何を考えてるんだこの二人は。






「堅苦しいな。楽にしろ」

「いえ、我等はこの方が落ち着くといいますか…」






フレイが下を向きながら言う。しかしノルンは私を見て口を開いた。






「隊長の目が鋭いので恐いんです」

「ノルン!申し訳ありませんアラン隊長!」

「…」






呆気に取られてしまう。
確かに目は鋭く、雰囲気がピリピリしているとは言われているようだが、こう面と向かって言われたのは初めてだ。






「ノルン、謝罪しろ」

「あ、はい」






謝ろうとするのを制し、私は口に手を当てた。
言われたのも驚いたが、フレイの異常な慌てように笑いを耐え切れない。






「アラン隊長?」






困惑したフレイの声が聞こえる。






「いや、はは。目が鋭いのは今更直せぬ。勘弁して欲しい」

「…隊長が笑ってる」






ぽかんとした表情で見つめられ、再び笑いが込み上げた。






「私が笑うのがそんなにおかしいのか、フレイ」

「いえ!その、隊長が笑うところを見たことがなかったので」

「いつも仏頂面してますもの」

「ノルン!」






彼女の口を押さえ付けようとするフレイを見ながら考える。

隊員の前で笑った事があるだろうか…。いや、ないだろう。
隊長として、威厳のために笑うのを我慢していたら、いつの間にかこうなってしまった。
他の理由としては、病のせいで悩むことが多くなったからかもしれない。






「最近は笑うようにしている。気にするな」






そう言って笑うと、二人とも驚いて目を見合わせた。






「アカネイアからアリティア全軍にグルニア反乱軍鎮圧の命が出た。しかし、お前達にはここに残ってもらいたい」

「私たちがですか?」

「そうだ。何か起こった時、エリス様とシーダ様をお守りしろ」






フレイは少し考えるそぶりを見せた後、真っ直ぐ私を見た。






「何か起こる、隊長はそう考えてるんですね」

「……」






まだだ、まだ確信がない。
だから返事は出来ず、ただ見返すことしか出来なかった。






「わかりました。我らの命にかえても、お二人をお守りします」

「命にはかえるな」

「えっ…」

「もし捕まったとしてもお二人は人質になり、命の心配がない。しかしお前達は殺されてもおかしくはないのだ」






ノルンが唾を飲み込む音が聞こえた。






「無謀な救助はするな。自らの命の天秤が上に傾くならば、それが下に傾くように行動しろ。マルス王子はそれを望むはずた」






フレイもノルンも表情が輝いた。二人も王子の考えに敬服している。
主従の命をこんなにも大切に考える主君が、他にいるだろうか。






「お前達と残る者を選び、報告しろ。特に口は出さぬ。フレイ、最悪の事態で動ける者を選べ」

「はっ、心得ました」






アリティアのグルニア大遠征が始まった。騎士隊は王子より先に進み、この地へ到着した。
グルニアの反乱と聞いていたが、これはグルニア全体の反乱ではなかった。
見た限り、住民はアカネイアの圧政に苦しみ、生活力を失っていた。生きる気力がないのに、どうして反乱が出来ようか。

昔仕えていた主君の命を思い出した。
領地内の一揆を鎮圧しろと言われ、そこへ向かった。しかしそこには一揆を起こした者などいなかったのだ。
搾取され、納めるものがない…生きる術を失った者達がいるだけだった。



それを私は…



王子が到着し、ここを統治しているラング将軍と話している。王子の驚きの表情が目に入り、思わずグルニア城を見た。
聞いた話だと反乱軍の首謀者はロレンス将軍だ。彼は以前の戦いで我らの仲間だった。
だからこそ、王子は将軍の話に困惑したのだろう。そしてこのグルニアの状況にも。
王子だって少なからず疑問を抱いたはずだ。これは、誰かの圧政のなりの果てではないのかと。

その時、ジェイガン様に呼ばれて振り向いた。老将の先には、の顔が見える。
そしてその時初めて私は正体を明かし、その可愛い表情に満足しているわけだ。

彼女はぽかんとした顔で、しっかりとした返答をした。さすがだ、礼儀もなっている。
私は彼女を激励し、その場をすぐに去った。これ以上話すと、これから戦だというのにもっと声を聞きたくなるだろう。



鎮圧が始まり、私は騎士達の補佐に回った。にも言ったが、これからの戦いは新人騎士の力が要となる。
今回の戦で活躍し成長出来れば、きっと長い戦にも乗り越えていけるだろう。

反乱軍の鎮圧は、新人騎士の活躍が目を見張った。
中でもの隊は命令も行動も行き届き、王子を守りながら誰よりも先に城へと進んでいった。
王子にとっては、ロレンス将軍の自爆死という最悪な結果になってしまったが、新人騎士の初戦としてはまずまずだっただろう。


戦場の処理を指示していると、マルス王子とジェイガン様がやってきた。
グルニアの王子と王女がラング将軍に連れ去られ、ロレンス将軍の死に増して後味の悪いものだったらしい。
反乱軍の鎮圧の次は、マケドニアのミネルバ王女の救出を命じられたそうだ。
私たちは早々に出立しなければならない。

爆破で粉々になった城門を片付けている兵士達に激を飛ばし、最速で処理するように命じた後、付近の様子を確認しに馬を走らせた。
周囲に変わった様子はない。住民達は生気のない瞳ではあるが、戦が終わったことに安堵しているようだった。

馬を下りてゆっくりと住民達の様子を見ていると、小さな子供たちに食べ物を分け与えている女性が目に入った。
あれは、と思い近づく。








「っ…アラン殿!こ、これは」






彼女は食べ物を後ろに隠した。
どこまで他人に優しく出来るのだろうと考えながらしゃがみ、私も皮袋から干し肉を出した。






「このようなものしか持っていないが」

「わあ!ありがとう!」






お礼を言って笑う子供たちの頭を撫で、自然に笑みをこぼした。
の視線を感じ彼女を見ると、心なしか瞳が潤んでいて吸い込まれそうになる。






「ありがとうございます、アラン殿」

「いや、君と同じように当然のことをしたまでだ」

「はい…」






嬉しそうに微笑みながら顔を赤くされ、思わずこちらも顔が熱くなった。






「次はマケドニアに行くこととなった。明日には出発するぞ」

「はい……あっ」

「ん?」






は何か思い出したように声を上げると、突然頭を下げた。
何かと思って目を見張る。






「私、アラン殿の事を知らず……今までの無礼をお詫びします!!!全てが恥ずかしくて…」






茹でダコみたいに真っ赤になった彼女を制し、頭を軽く撫でた。
は不思議そうに見上げ、すぐに申し訳なさそうに眉尻を下げた。






「私はアリティアの騎士隊長の前に一人の人間だ。非番の時も隊長扱いされては困る」

「しかし…」

にも、私はそんなに恐い人間に見えるのか?」

「えっ?いえ!アラン殿はとても優しくて紳士的な方です。なんというか、一緒にいるととても安心出来るんです」

「!」






まさか、彼女も同じように感じていたとは思わなかった。
私が驚きで何も言えないでいると、は困ったように目を逸らす。






「頼りがいがあって、やはり隊長という感じがします」






ああ、そういう事か。
少し落胆した自分の気持ちを鼓舞し笑う。






「そう言われるとは光栄だ。だが私は君を怒ってもいないし、前の様に接して欲しいと思う」

「はい。このように、誰もいない時は」

「ありがとう。私もそうする」






に一歩近づけたようで嬉しく思う。

しかし、秘めなければならないこの思いがどんどん膨らんでいく。
私は、彼女を目の前にしてこのままでいられるだろうか。

近づくべきではない。にふさわしくない。
そう思う度に、もっと近づきたい。触れたいと思ってしまう。
今までこんなにも惹かれる女性がいただろうか。

いや、いない。

病のせいで苦しむならば、それが私のこの気持ちを取り去ってくれればいいのに。
そう思うほど、が気になって仕方なくなってしまった。





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フレイとアランてどっちが歳上?そしてこんな関係でいいの?
とか思いながら今回の話を書いてました。
マイユニとキャラの会話と同じくらい、キャラ×キャラの会話がもっと欲しかったなあぁ…。

2011/02/


5話→