「アスラン!」
その後姿を見つけ、私は大声で彼の名前を呼んだ。
彼は尻尾を左右に揺らしながら振り向くと、その優しい瞳を細めて私を見る。
その澄んだ緑に吸い込まれそうになりながら、一目散に彼の元へと駆けた。
「会いたかった」
「私もだ」
腕を回しきれない首周りに抱きつくと、きゅうと力を込める。
フワリとお日様の匂いが漂ってきて、本物のアスランだと確信した。
アスランが王様で称号をつけるとしたら、『太陽王』にしたいなんて思っちゃう。
お日様の様に温かく見守ってくれるし、熱く力強いから。
考えたらますますお似合いだって感じるよね。
「そうかもしれない。では、の命名で私は『太陽王』と名乗ろうか」
「やだ、聞いてたんだ」
「それはもうずっと前から知っていることだろう?」
くすりと笑うアスランをもう一度強く抱きしめ、そのたてがみにキスをした。
「コルのところに行くの?」
「そうだ。彼は一人でアーケンに入り、今ちょうどリューン王に会ったところだった」
「そっか。じゃあ、そろそろナルニアに向かって出発する頃なのかな」
「彼が崖から落ちないように見張らなければいけない。
さあ、私の背に乗りなさい。急がないと間に合わない」
その言葉に頷くと、私は彼の背によじ登った。
そしてその胴にしがみつくと、準備が整ったよと声を掛ける。
「さあ、行くぞ」
アスランは最初の一歩をトンと踏み出す。
その一歩一歩が幅広く、どんどんと景色が変わっていくの。
でもね、その足取りは軽やかで、私の体は彼の黄金の毛並みの上でふわふわと上下するだけだった。
「いた!!!」
30分くらい経った頃、私の目はコルの姿を捉えた。
洋服は出会った頃よりもボロボロで、顔は疲れが表れている。
少し哀れに思えて、思わずアスランの背中の毛を強く引っ張ってしまう。
「、彼のそばにいってやってくれ」
「いいの?」
「彼には君が必要なのだ」
アスランの背から降りて、(ちょっと名残惜しかったけど)ゆっくりゆっくりとコルに近づいていく。
彼は疲れきってしまったのか、私が近づくことに気付かなかった。
「シャスタ」
「!」
「シャスタ」
「誰?僕を呼んでるのは誰?
……知ってる声だけど、まさかこんなところにいるはずがないよ」
「そんなことはないよ。私はあなたに会いに来たんだから」
「ほんとに?ほんとになのかい?」
「大当たり!!!」
びっくりして目を真ん丸くしてるコルの前に姿を現して、両手を広げて抱きしめる。
腕の中でもがくようにコルは、私の顔を見ようと身を乗り出した。
「ダメだよ、服が汚れちゃう」
「そんなこといいの!ああ、私の愛する子。無事でよかった」
ぎゅうと抱きしめ、その感覚で彼が目の前にいることを自覚する。
涙が出そうになって必死に止めていると、コルは「苦しいよ」と息を漏らした。
「ごめんなさい、嬉しくて」
「いいよ。僕も嬉しい。に会いたかったんだ」
「本当?良かった!」
彼の煤けた色のほっぺたにキスをすると、みるみるうちに真っ赤になってしまう。
ああ、またやっちゃった。
彼は思春期真っ盛り。私は中身が29歳の15歳。
その気持ちを弄んでるみたいで良くないよね。
「ごめんなさい。そうだ、ここに非常食があるの、あげる」
私はバックから小さなビスケットを取り出すと彼の手に押し付けた。
そして食べるように促す。
「いいの?」
「うん」
「ありがとう!」
本当に小さな小さなビスケットなのにがっつくように食べるコル。
それを見て、ちゃんとした食べ物を持ってくれば良かったって後悔。
なんて気が利かないんだろう、私。
「美味しい…ありがとう。生き返ったよ、」
「どういたしまして」
「でも、どうしてここにいるの?」
「だから言ったでしょ?あなたに会いに来たんだってば」
「それは聞いたけど……」
「さあ、行きましょう。……って、シャスタ泣いてるの?」
「えっ…」
無理矢理にでも立たせようとした時、彼の目から涙が流れてることに気付く。
あまりにも暗くてわからなかったけど、きっと私に会ってホッとした時からずっと流してたんじゃないかな。
本人も気付いてないみたいだし。
「いやだ、ほんとだ。ごめん、僕…」
「いいよ、泣き止んだら出発にする?」
「ううん、行こう」
コルは腕で涙を拭うと、すっくと立ち上がった。
そして私の手を握って歩き出す。
辺りの暗さが増して、真夜中に差し掛かってることがわかる。
ゆっくりゆっくりと進んでいくと、木々が一層茂り、露しずくも多くなって空気が冷え込んだ。
寒そうに二の腕をさするコルにマントを被せて暖を取ると、少し歩みが速くなった。
胸を撫で下ろしたつかの間、恐怖に竦むような殺気が漂ってきた。
その殺気がアスランのものだとはわかったけど、やっぱり恐くて震えてしまう。
コルの手を握りなおすと、コルの方もぶるぶると震えていた。
この殺気に気付いたんだろう、私の手を痛いくらい握り締めてくる。
私達はその恐怖のためか、お互い一言も発せずに足だけを進めていた。
アスランは殺気を放ったまま、無言で私達の横を歩いている。
きっと私達を崖から落ちないように見張ってるんだと思う。安心できるけど、出来ればこの殺気だけはやめて欲しい。
なんか、涙出そうだもん。
その殺気に耐えられなくなったのか、コルが足を止めてアスランのいるだろう方向に声を掛ける。
「きみは誰?」
「君に話しかけようとずっと待っていた者だ」
「僕、きみが見えないんだ。
きみ、もしかして死んだ者?お願いだからあっちへ行ってよ。僕はを守らなきゃいけないんだ。そりゃ、僕は疲れきってるけど、ここまで会いに来てくれた彼女を見殺しには出来ないもの」
アスランはコルに気付かれないようにクスリと笑うと、言葉を続ける。
「私は彼女に傷をつけたりしないさ」
「ほんとかい?」
「ああ」
コルの気持ちは少し解けたようだった。でも、手はまだ握り締めている。
「僕はがいなかったらずっと不幸なままだったんだ。みんな、僕を置いていく。でもだけは僕のとこに来てくれた」
「ああ、わかっている。
では、君のその不幸な理由を聞こうじゃないか」
「それは…」
コルはせきを切ったように話し始めた。
自分の生い立ちやライオンに襲われたこと。ブレーやフィン、アラビスのことを。
でも最後にはやっぱり、ライオンの話に戻ってしまった。
「私の考えでは、君は不幸せだとは言えないな」
「だって、そんなにたくさんのライオンに出会うなんて運が悪いじゃないか」
「ライオンは一頭しかいなかったのだ」
アスランはまたコルにわからないようにクスリと笑った。
私も笑いそうになってしまって思わず口を塞ぐ。
だって、コルにとってはそれは大問題で、アラビスを傷つけた張本人が目の前にいるんだもん。
「なんでわかるの?」
「私がそのライオンだからだよ」
アスランは高らかに笑うと、口をぽかんと開けたままのコルをそのまま続きを話し出す。
「私が君をアラビスに会わせる様にしたライオンだったのだ。君が死人の家、墓地のあたりにいた時に慰めた猫もこの私だ。
君がリューン王のところへ遅れずに着けるように、追われる恐ろしさから最後の1キロを駆け通す新たな力を馬達に授けたライオンもこの私だ。
それからこれは君の知らないことだが、周囲に愛され、そこのから祝福をもらった君が赤ん坊だった頃、死にそうな君を乗せた舟を押して、夜中に眠れないで浜辺に出ていた男に、君を渡すようにしたライオンもこの私だったのだよ」
「それじゃ、アラビスに怪我をさせたのも君なの?」
「私だ」
「でも、何故傷を負わせたんだい?」
アスランはフウと小さく息を吐くと、すっと顔を上げてコルを見た。
コルにはアスランは見えてないみたいだけど、事実上見つめ合う形になってる。
「いいかな。今私が話していることは君のことだ。私は、その者にはその者だけのことしか話さない」
「……君は……ううん、あなたは一体どなたです?」
コルはアスランの偉大さが身に沁みたのか、話し方を改めると問いかける。
すると地面が震えるような深い声が返ってきた。
「私は私だ」
その後は澄んだ明るい声で、
「私だよ……、そして、私さ」
最後は囁くような優しい声で彼は言った。
それは周囲に反響して、ほとんど聞き取れなかった。でも、「私さ」と言ったのはわかった。
「……」
コルは圧倒されたような、でも安心しきった嬉しそうな表情をしていた。
握っている手の力を緩めてこっちを向くと、にっこりと笑った。
「大丈夫そうだよ」と言われているような気がする。私ってば、この子に守られたんだね。
周囲にもやもやと広がっていた白い霧が、冷たい空気と共に消えていく。
澄んだ匂いが漂い、どんどんと霧を取っ払ってくれてる。
それと共に、アスランの立っているほうから輝く光が現れ、辺りからは鳥の鳴き声が聞こえ出した。
ああ、朝になるんだ。
とても清々しい気分だった。
霧が晴れきると、朝日を背にしたアスランの全貌が窺えた。
彼は大きく、偉大で…、でも先ほどまで放っていた殺気はまったくなく包むような温かみがある。
コルもそれに気付いていた。
アスランは無言でコルに近づくと、その体にゆっくりと顔を近づけた。
コルはくすぐったそうにしていたけど、それをそのまま受け入れている。
アスランの大きな舌が彼の額をぺろりと舐めてコルがクッと笑うと、私はその後ろから彼らを抱きしめた。
三人で目を合わせてゆっくりと微笑み合う。
こんな幸せな時間はあったかな?
少なくともコルにとってはなかったかも知れない。こんなに満たされた思いになる事は。
私はコルのほっぺたにキスをすると、彼の感覚がなくなる前に言ったの。
「頑張ってね、シャスタ」
と。
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さてさて、コルとは一時お別れです^^
次はどうなるだろうか…?
2008/09/28
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