「ヘラクスが黒髪の美人を連れて来たって本当か!?」
廊下からエドマンドの声が聞こえて、思わず笑ってしまう。
何、黒髪の美人て。
大袈裟過ぎ。
「そうらしいわ。とにかく四人揃ってからの方がいいと思って」
「スーザンたら仰々しいのね。別にどこかのお姫様とかじゃないんでしょ?」
「そうなんだけど……、そうした方がいい気がして」
この部屋、隣の声が丸聞こえだけど大丈夫なのかな。
後で注意しなきゃ。
「そういえば、はいいのか?」
「あんな奴いいんだよ!」
何ですってぇ〜!
そりゃあね、あなたとケンカして城を出ていったけど…。
私はもう大人なんだからね!
「エド!あんたのせいでが出てっちゃったのよ」
「僕だけのせいじゃない!」
「そうよスーザン。もエドマンドも公平に悪いのよ!
でもまあエドマンドたら、を子供扱いし過ぎよね。今に仕返しされるわよ」
ルーシーってば鋭い…。
仕返しはしないけど、大人になって戻って来ちゃったよ。
「エド、もう少し大人になれ」
「兄さん、僕は十分大人だよ。
それよりも、の姿が子供のままのせいでいたたまれない兄さんの気持ちがかわいそうだね」
「…言葉を慎め、エドマンド王」
私が子供の姿だからいたたまれないピーターの気持ち?
一体なんなんだろ?
私はピーターの抑えた怒りよりも、エドマンドの言った事が気になってしまった。
本当は私もその場にいたら、ピーターの怒りの方がびっくりしたかもしれない。
だって実際、そこにいた皆はピーターの言葉で無言になっちゃったんだもん。
「……行くぞ」
ピーターが気まずそうに言ってドアを開けた。
私は落ち着いて彼らが声を掛けてくるのを窓際で待つ。
スタスタと足音がして、ピーターが私の背後から数メートル離れたところに立った。
「ケア・パラベルにようこそお出でになられました。
私はピーター、一の王です」
彼が素早く自己紹介を始めてしまったので、慌てて振り向く。
するとバッチリ目が合った。
「………」
ピーターはぽかんとし、その後の言葉が出てこないようだった。
なのでそのまま視線をずらして三人を見る。
私の背は少し高くなり、スーザンまでとはいかないけどルーシーくらいの高さにはなったみたいだった。
だって、合わさった視線が同じくらいの位置だったもん。
「綺麗な方…」
ルーシーが呟く。
私だってわかってないみたい。
「本当ね…」
スーザンもうっとりと私を見てくるので頭が混乱する。
私、普通の顔なのに!
というか、スーザンの方が何百倍も綺麗だよ!
「………?」
名前を呼ばれてそっちを見る。
驚いたことに、呼んだのはエドマンドだった。
彼はえもいわれぬ表情で近づいてくると、目の前で立ち止まり唇を噛み締めた。
そして、がばと私を抱きしめる。
「!!」
びっくりし過ぎて言葉にならなかった。
私かもちゃんと確かめないでいきなり抱き着くなんて、王がすることじゃないもん。
「ちょっ、エド!何してんの!?」
「そうよ兄さん、失礼よ!」
スーザンとルーシーが彼をはがしにかかるけど、エドマンドは離れてくれない。
躍起になる二人を、ピーターがぽかんとした表情のまま止めた。
「二人とも、エドは正しいよ。この人はだ」
「「ええっ!?」」
エドマンドの腕の中からムググと顔を出し、二人に向けて頷く。
すると、彼女達もぽかんとした表情に変わってしまった。
「「なんで?」」
二人がそう言うと同時に、エドマンドは私の体から離れて窓の外を睨む。
「ヘラクスの奴…」
エドマンドにはこのシチュエーションを考えたのがヘラクスだってわかったみたい。
私が普通にケア・パラベルに入ろうとするのを止めて、四人を驚かそうと「黒髪の美人」を連れて来たことにしたんだもん。
「それにしても…、は永遠にあのままだと思ってたのにびっくりだわ」
「うん。私も本当に大人になるかは不本意だったんだけど…」
私は泉のことを話した。
でも、四人が帰っちゃうなんて言わなかったよ。
「そんな泉があるんだ。それは今度調べなきゃな。
…兄さん?」
エドマンドが鼻息荒く言う中、ピーターは何故かずっと私を見ていた。
とうとう恥ずかしくなって彼を見返すと、目を細めて優しく笑う。
そういえば、ピーターのこんな表情を最近見てなかったなぁ…。
「、明日の鹿狩りの後に時間をもらえないか?」
彼はそのままの表情でゆっくりと噛み締めるように言った。
他の三人は満足そうに私達を見てる。
「…鹿狩り?」
でも私はそんな場合じゃなかった。
ピーターの話があるなんて言葉を無視して、ズイッと彼に体を近付けて言った。
「明日、鹿狩りに行くの?」
「えっ…ああ、久々に四人で…」
なんてこと!
まさかそんな、明日だったなんて知らなかった。
やっぱり、私が大人になったのはそれも関係してるんじゃないのかな…。
「も来ればいいよ」
エドマンドが言った。
きっと着いてけばみんなと同じように元の世界に戻れるかも知れない。
でも
「私はお城にいる。みんなの帰りを……その、待ってるから」
「…うん…?」
不思議そうに私を見返して、彼は頷いた。
「、大丈夫かい?顔色が良くない」
考えこんじゃった私の肩に、ピーターが心配そうに手を当てた。
そして自分のマントを外すと、背中に羽織らせてくれる。
「あ、ごめんなさい。ありがとうピーター」
「いや、部屋に戻ったらいい。
大人になってやりたい事が多いだろうけど、今日は僕たちを驚かしたんだからもういいだろう」
「ふふ、そうだね」
「部屋まで送るよ」
「うん」
隙のない彼のエスコートに、私はそのまま流されてしまった。
でもいいや、これ以上考え込むならここにいない方がいいよね。
「私、部屋に戻るね。みんな、驚かしちゃってごめん」
「いいえ。また明日ね、」
「ゆっくりやすんで、今度大人になった感想を聞かせてちょうだい」
スーザンとルーシーはひらひらと手を振ってくれた。
でもエドマンドはどうしよう…って顔してる。
「エドマンド?」
「…、僕さ…」
「行こう、」
腰を上げて何か言おうとしたエドマンドを遮る様にピーターは私の肩を自分の方に寄せた。
エドマンドはうっと言葉に詰まってピーターを見ると、溜め息を吐いて座り直した。
「あの…」
「行こう」
ピーターに連れられて部屋を出る。言われた通り具合よくないかもしれない。
なんか、体がふらふらする…
私を引っ張るように歩いていたピーターはぴたと立ち止まると、振り向いて私を見下ろした。
前よりこんなにピーターの顔が近い。
「ごめん、。エドマンド相手に余裕がなかった。大人げなかったね」
「ううん、そんなこと…」
「きみがこんなに美しくなって戻ってきたこと、明日にはナルニア中に広まるだろう。
明後日には他の国にも…、アスランにも知られるだろうね」
「アスランは…もう知ってると思うよ」
彼は私の言葉を無視して手を離すと、無言で抱きしめてきた。
硬い胸板に顔が押し付けられて、息が苦しくなる。
「僕は余裕がなくなる。きみがそんなにきれいになったら、みんなが黙ってない」
「ピー…ター?」
腕の力が一層強くなって、圧迫される。
でもこれははねのけちゃいけない気がした。
「今すぐにでも、僕のものにしたい」
「えっ…」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまい、ピーターは恐々と私から離れた。
彼は目を細めて私に微笑むと、私の黒髪を一房持ち上げて恭しくキスをくれる。
「この続きは明日話すよ」
「う……うん…」
息苦しさから開放されたことと、彼の言葉にぽかんとなってしまった私は、ピーターに促されるままに自室に入った。
彼がドアを閉めてその足音が遠くなっていくと、私の顔は真っ赤に燃え上がった。
「も、ももももしかして今のって…」
鏡の前に立って自分の顔を見つめる。
そこには、大人なのに子供のように頬っぺたを真っ赤に蒸気させた私が写っていた。
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あんまり大人になっちゃった感がしませんね(笑)
ピーターの話はどんなものなのか?
それもエドマンドとは一体?
2008/12/20
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