森の香りが違う。
そう思ったのもつかの間、新な香りが漂ってきた。
この懐かしい香りは何年も嗅いでなかった気がする。
だって彼は、私の前に姿を現さなかったから。
彼は本当に必要な時だけ現れる。そんなことわかってるけど…、けれど認めたくないことだってあるんだから。
彼が現れなかったことに憤りを感じてた私は、無理に走ったりしなかった。
すぐに会わなくても必ず会う。
だって、彼は必要だから私に会いに来たんでしょ。
小さな池の前で膝を着いては、その匂いを嗅ぐ。水の匂いが甘かったり爽やかだったり、池によって違うようだった。
「」
その低く響く声に呼ばれ思わず振り向く。
私ってば、そういう気分じゃなかったはずなのにな。
きっと、彼の存在自体が無いことに出来ないんだろうね。
「アスラン」
「お帰り、」
「ただいまアスラン」
無言の刻が流れる。
でも全く気まずい感じはない。その間が普通のようにお互い見つめ合った。
「君は頑張った」
「…」
「君はよくやった」
「…」
「立派なナルニアの守人だった」
「…違う。
違うよ!私はアスランの守人なのに」
せきをきったように涙が溢れ、思いきり彼に抱き着いた。
ふさふさなタテガミが頬っぺたに当たって、昔感じたように温かく気持ち良かった。
「、私はナルニアなのだ」
「アスランがナルニア…?だから私はナルニアの守人でもあるってこと?
でもそう言ったら私、まだやりたいことあったのに!」
最後に起こった事を話そうとした時、アスランはその大きな口を私の唇につけた。
柔らかくて、でもヒゲがチクりとして痛い。
「君が大人になってはいけない。忘れてしまうだろう」
「…でも、最初は忘れろって」
「一度起こったことは、もう二度と起こらない」
「へ…?」
「君は最初忘れたがすぐに思い出した。忘れたことはもう二度と起こらない。が変わらなければ」
「?」
「君は大人になるはずではなかったのに、自ら望んで大人になった。
、君は第二の氷の女王になるところだったのだ。心優しき者を使って」
そこまで言われた時息をのんだ。
そうか、私はジェイディスの食べたリンゴと同じものを飲んだんだ。手に入れてはいけないものを!
「わあぁっ…」
両手で顔を押さえる。
涙がたくさん溢れて止まらなかった。
私はあの三人の心優しき者を使って、してはいけないことをしようとしてた。
最初はナルニアの平和。
だけどその先は…
「そうだ。ナルニアの行く末を見守るはずの私の守人が、世界を変えてはならないのだ。
は、のままでいなさいと言っただろう?」
「……でも、それじゃあナルニアが滅びるのを見てろって言うんだ?そんなの、私耐えられない」
大声を出してわんわん泣く私に、アスランはペロリと頬を舐めてくれる。
ざらざらとした猫舌だ。
「ナルニアが滅びるのはもっと、ずっと後だと知っているだろう」
「そうだけど…!でも、滅びてほしくない」
「それは変えられない運命だ」
消えそうな声で言うアスランを見てはっとする。
そうだ、彼は意地悪でそう言ってるんじゃないのに。
私は泣くのをやめてアスランの太い首を抱きしめた。
いつの間にか彼は大きくなったのか、前より首に腕を回せなかった。
「ごめんなさい、アスラン。あなただって辛いのに、私一人辛いみたいに言っちゃった」
「いや、悲しんでくれるのは嬉しいことだ。は、私が思った以上に私とナルニアを思ってくれている」
「うん……私の大切な国だよ。だから、これからも見守らせて」
彼の首から腕を外してぺこりと頭を下げる。
もう、絶対に自ら大人になろうなんて思わないから…
「当たり前だ。私の守人は以外いない」
「アスラン…!!!」
きっぱりと力強く言い切ってもらえると、今まで渦巻いてた心の中の靄は消え去っていった。
これからも、私はナルニアと共に生きていけるんだ。
「これからのナルニアは辛い時代になる。新な王が現れるまで長い戦いの時を過ごすことになるのだ。しかしそれだけで彼らが滅びることはない」
「…うん」
「彼らはナルニアの誇りを持ってそれを次世代に伝えていくのだ。それが、彼らの生きた証だ。
わかるだろう、。彼らの誰一人の命も無駄ではない」
「うん…!!!それにとうぶんはダーリンとオレイアスとヘラクスがいるから大丈夫だしね」
私がそう言うと、アスランは口を閉じた。そしてじっと私の目を見つめる。
一体何だろう?
「アスラン?」
「…とうぶんは平穏だ。しかし、それはナルニア代理王ダーリンのアンバードとの外交と、オレイアスとその息子シリウスの手腕によってだ。
そこにヘラクスはいない」
「え…」
思ってもみなかった言葉に何も言えなかった。
ヘラクスがそこにいない?
ナルニアを放置してどっか行ったってこと?
「それは違う、ヘラクスには違う命があるのだ。彼はそれをやり遂げるだろう」
「そう…なんだ。私ってばてっきり逃げたのかと」
「今まで接してきてヘラクスがそういう者だと思ったのか?」
「うーん…そうなのかな」
アスランと私はその場で高らかな笑い声を立てた。
結局、ヘラクスを信用してたのかしてないのかわかんないよね。
アスランは笑い終えると、私の背中に回ってその鼻頭で体を押す。
自分の世界に帰れってことだ。
「さて、もう帰る時間だ。の世界にはその泉から帰れる」
「この泉から?」
「そうだ。そう私が細工した」
細工って!
私がクスクス笑うと、アスランは満足したように目を細める。
「また会おう、。君は私に…ナルニアに必要なのだ」
「アスラン…、私ずっとそう言われたかったよ」
「ナルニアでは辛い目に合わせてしまったのだな。自分の世界で、君は休息するべきだ。
あの明るいに戻って、また私に会いに来て欲しい」
「うん!じゃあ、またねアスラン!」
私に思い残すことはなかった。
既にナルニアからは戻って来てたし、アスランにもまた会えるから。
だから、大丈夫。
勢いよく泉に飛び込む。
びしょ濡れになることを覚悟してたけどそうはならなかった。
次に目を開けた時にはもう自分の家の前だったから。
「帰って…きた…!?」
喜ぼうと両手を上げようとしたけど、私の両手は上がらなかった。
強い力で止められていたから。
おそるおそるその方を見ると、誰かが私に抱きついているのがわかった。
「誰……って、マユモ?」
「っ…!」
懐かしき幼馴染の名前を呼んでみると、自分から抱きついてたくせに驚いて離れるマユモ。
なんかおかしいのっ、表情とかふにゃりとしちゃってるし。
それにさ、
「無事戻って来たな」
だって!
私がさもどっか行ってたのを知ってるみたいにね。
まあ、それ以上何も言わなかったけど。
でもこの短時間(ナルニアに行って帰ってきた時間はここではちょっとの差)で借りてたコートを失くした事と、なんだかその外にも怒ってる事があるみたいだったけどむくれてすぐ家に入ってっちゃったんだよね。
ホント、よくわかんない奴!
マユモのせいでなんか変な気分になっちゃって、20年近く行ってたナルニアへの旅もごちゃごちゃになっちゃったよ。
でも、でもね、少し助かっちゃったなんて。
最後の方は辛い事ばっかで、自分が第二の氷の女王になるとこだったとか…気を紛らわせてくれたんじゃないかな。
まあ、マユモが私のナルニアの旅を知るはずないんだけどね。
「さって、カスピアンに会いに行くまでいっぱい休もうっと!」
そう言って、家の中に入った。
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馬と少年でのヒロインの行動まとめ的な感じに(笑
全てが正しいわけではありません。
過ちも体験して、人は成長していくのです☆
2009/03/03
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