「王子、どこへ行かれるんですか?」
「ああ、ちょっとね」
「今から素振りの稽古のはずですけど」
「それは後でやるよ」
カスピアンはそう言うと、私を置いてどこかへ向かおうとした。
でもそうは問屋が卸さない。
「そういってまた逃げるつもりですね」
「まさか、いつ僕が逃げようとしたんだい」
「ここ最近…毎日ですよ」
テルマールに来てから数週間経ち、ここでの暮らしも慣れてきた。
博士にカスピアンの付き人のような仕事を紹介してもらってやり始めたけど、彼は博士との勉強の時間以外はサボろうとしてる。
狩りと戦は嫌だとか何とか言ってるのを聞いた事あるけど、練習をサボる理由にはならないよ。
「私の目の黒いうちは絶対に逃しませんよ。剣の素振りだっていつか必ず役に立つんです!」
「…いつか、か。そんな日が来なければいいんだけどね」
そんなこと言ってその日が近づいてるとも知らないで
…って言いたいけどダメだ。
私が変な事言って本の通りにカスピアンがナルニアを救えなかったら大変。
そう。カスピアンには私が本当はどこの誰だかは話してないんだ。
だって余計な考えが入ったら上手くいかないじゃない。本の内容を教えて先入観が入ったら、もしかしたらカスピアンは氷の魔女の誘惑に負けるかもしれない。
ううん、それよりも自分が殺される前に叔父のミラースを幽閉してしまうかもしれない。
そうしたら起こるべきことが起こらずに未来が変わっちゃう。
だから本の内容とかは博士にも話してない。彼に話したのは私がどういう者かということと、カスピアンをどうしたいかだけ。
博士は秘密があることを薄々感じ取ってるようだけれど、ナルニアの・には必要以上聞くべきではないと判断したみたいだった。
「私はナルニアをずっと見守ってきたんだ。ナルニアが出来た時からずっと…アスランに言われて」
「アスラン……偉大なるライオンですね」
「そう。アスランは偉大でナルニアの象徴。でもとっても優しくて、ユーモアの利いたライオンでもあるんだ」
博士はくすりと笑うと本棚から古い文献を出してきた。そしてそれを机の上に広げる。
そこにはアスランに載ったスーザンとルーシィのイラストが描かれていた。
「これはナルニア軍とジェイディス軍が戦った時に復活したアスランに乗ったスーザンとルーシィだ」
「やはりあなたはアスランの守人なんですね。
ここにあなたの事も描いてあります」
そう言って博士はさっきの文献を捲った。
するとそこには黒髪の少女がアスランと共に描かれている。
それは紛れも無く二年前の私だった。
「これはカロールメンのラバダシ王子をやっつけた時の…」
「こちらにもあなたが」
博士はもう一度文献を捲った。
そこに描かれていたのは大人になった私。ぺベンシーの4人が帰っちゃった後のナルニアだ。
大人の私はダーリンと並んで描かれ優しそうに笑っている。長い黒髪に飾りをつけてどっかのお姫様みたいにきれい。
横にはオレイアスとヘラクス、それにタムナスさんが描かれていた。
それを見たらなんだか涙が出そうになった。
もうこの時代には戻れないんだ。だってずっと昔のナルニアだもん。
私は涙を隠すために話題を変えた。
「そうだ、カスピアンには私の正体を言わないよ」
「そうですね。その方がいいでしょう。王子にはやるべきことに集中して頂かなければ」
「うん。ナルニアを救ってもらうためにそうする」
博士は私の正体をカスピアンに話すべきじゃないということも賛同してくれた。
今はカスピアンにとって時期じゃない。時期なんてこれから嫌といっても来ちゃうんだから、その時覚悟してもらえればいいや。
「とにかく、素振りの稽古はしてもらいます」
「……わかった。但し条件がある」
「条件?」
カスピアンは必要もないのに条件を提示してきた。それって何だと思う?
条件を聞いて呆れちゃったよ。だって私を誰だと思ってるの?アスランの守人だよ。
まあ、カスピアンは知らないけどね。
だからその条件を逆手にとって新たな条件を出したんだ。
「僕と勝負して、が勝ったらちゃんと素振りするよ」
「……」
「やめとくかい?」
「……別にいいですけど……、その条件が今日の素振りだけじゃ納得がいかないです。
せっかく勝負するんですから「これからずっと勉強も稽古も全部絶対サボらない」くらいじゃないとやる気が出ないです」
「うーん、わかった。それでいいよ。言っとくけど、僕はサボってても弱くはないよ」
「サボってるって自覚、あったんじゃないですか」
「はは、まあね」
もう!
この勝負絶対負けないからね。ぐうの音も出ないくらい負かせてやる!!!
*********
さてさて、この勝負はどちらが勝つのでしょう??
2010/01/20
71話