「合図だ!」












隊を見回っていたニカブリクが、私達に向かって叫んだ。
合図が出されてる方を見ると、確かにピカピカと光っている。

けど…












「?」












予め決めていたものと違い、不規則に光ってるだけに見える。












ポカンとするニカブリクの横で、前進するかグレンストームが悩んでいる。
この隊の隊長は彼だから、正しい判断で皆を導かなきゃいけないんだけど、答えを出しあぐねてるみたい。












「進軍だ!」












アステリウスが叫ぶ。
その声と同時に、隊全体が走り出した。
グレンストームは勝手に叫んだアステリウスを睨んだけど、すぐに切り替え、私を背に乗せて走り出した。












「危ないことはしないで下さい」












そう言われて頷かないわけにはいかない。












「うん」












出来る限りね。












最後は声に出さなかった。












「守人はナルニアと対の者…、あなたの死はナルニアの死でもあります」

「アスランがいる限り、ナルニアは死なないよ」

「そうかもしれません。しかし、あなたの役目を継ぐ者はいません。ナルニアの大切なものがなくなってしまったら、それはもう死を意味することと同じです」

「グレンストーム…」












何か答えなきゃと言葉を探しているうちに、城門にたどり着いた。

城門は…












「あがってる!」












目を凝らすと、中ではピーター達が味方の到着を心待ちにしていた。

私はグレンストームの背中から飛び下り、剣を引き抜く。
何としても、この作戦を成功させなきゃ!

身が軽くなったグレンストームも、剣を抜いて敵に向かって行った。



あちらこちらで金属がぶつかり合う音がする。
電気があるわけじゃないから闇が濃く、頼りは松明の火だけ。
そんな中でも敵を間違えなくて済むのは、人間とナルニア人の容姿が異なるからかもしれない。

テルマールの人々はナルニア人を化け物という。でも、容姿が違うだけで中身は一緒。
平和を…安住の地を求めてるだけ。












「やっ!」












襲い掛かってきた兵士の剣を払い退け、新たな一撃を繰り出す。
それを何回、何十回繰り返したかわからないけど、キリがないように思えた。
兵士が少ないって言っても、溢れるように出て来る。












「オ・チカ!」












スーザンの叫ぶ声が聞こえそちらを見ると、高い窓からトランプキンが落ちるのが見えた。
彼はそのまま地面にたたき付けられ動かなくなる。

その横ではミノタウロスがバルコニーから落ちるのが目に入った。
ナルニア人達はそんな二人に気付く余裕もなく戦いを強いられ、また一人とやられていく。












ナルニア人達はこの作戦を信じていない!












必死に戦ってるのはわかる。
でも彼らの猜疑心に気づいてしまった今、胸が苦しくなって吐き気を催した。












これは……負け戦だ。












体力を消耗していくナルニア人達は段々圧されている。もはや誰がどこで戦ってるかもわからず、乱戦になっていた。
ピーターを見つけ、その表情を読み取ると、彼は私と同じように感じているらしかった。

でも、退却の二文字は出て来ない。












「門を下ろせ!」












命令が聞こえ、テルマール兵士が門のチェーンを切ろうと斧を振りかざす。
そこに一番近い場所にいる私でも、飛び掛かるには段差があって遠すぎる。

一か八か、剣を投げた。
勢いがついた切っ先は、相手の喉を突く。












「ふう」












胸を撫で下ろした直後、無防備になった私を狙いに別の兵士が襲い掛かって来る。
その攻撃をかわしてるうちに、新たな兵士が難無くチェーンを切ってしまった。

突然切られた反動で、ギュンと空を切り裂く音と共にチェーンがはねる。
門を抑えていた錘が地面に落ちたと同時に、門が落ちて来た。












あれが閉まったら逃げられない!












走っても間に合わないし、第一間に合ったとしても、あの門を支える力は私にない。












「うおおおおおっ!!!」












門が落ちる瞬間、アステリウスがミノタウロスにあるまじき素早さで間に入り、屈強な肩でそれを支えた。
何とか持ち上げようとしてるけど、相当な重さだから支えるので精一杯みたい。



私は投げた剣を回収し、襲って来る兵士を倒してアステリウスの前に立った。
何故かって?彼を弓の攻撃から守るため。












「退却!」












ピーターの声か聞こえた。
だけど戦いの音に掻き消され、命令が行き渡ってない。

ナルニア人達の何人がこの状況に気付いただろう?
殆どは必死に攻防し、危機的状況を理解してはいない。












「退却!退却しろ!」












ピーターが叫ぶ。
すると数人が気付き門を指差した。

グレンストームがスーザンを背に乗せる。カスピアンが博士を連れて馬に乗る。
エドマンドが落ちたフリをしてグリフォンに乗り飛んで逃げる。

私は…












…早く、門を通…れ」












アステリウスが掠れた声で言った。
私は振り返らずに首を左右に振ると、剣を構える。












「退路を確保しなきゃ。アステリウス、このままだとあなたが的になっちゃう。そしたら、みんなが退却できない。

だから、私が守るよ」

「何を…!」












途端、矢が飛んで来た。
私はもてる力を出して必死に矢を切り落とす。












「よしっ……次も……!?」












同時に放たれた矢を切り落としたから、まさか数本だけ時間差で飛んで来るとは思わなかった。
息吐く間を狙って飛んで来た矢は、何本かは落とせたけど、一本だけが私の右肩に刺さる。
その痛みに、剣を落としてしまった。












「しまった!」












拾おうとした時はもう遅く、矢が放たれていた。

もう、ダメだそう思った時、横っ腹に衝撃を受けて私は吹っ飛ばされた。
一体、何が起こったのかわからない。

肩も横っ腹も痛いし、意識が朦朧として、立ち上がるのも困難だった。












は、は大丈夫か!?」












遠くからピーターの声が聞こえた。

答えなきゃ。












「私は、大丈夫…」












ボソリと呟いただけなのに、何故かその声は届いた気がした。



みんな、逃げて…



その後、必死に駆ける馬の蹄の音が聞こえ、ガシャンという大きな音が響く。












「あ…」












ハッとして身を起こす。
音がした方を見ると、アステリウスを下敷きにして門が閉まっていた。












「やっ……うそ、アステリウス…!」












ふらふらしながら彼に駆け寄り、ゴワゴワした毛を撫でた。












「アステリウス!アステリウス…起きて!」












私の後ろでは、たくさんの閉じ込められたナルニア人達が、最後の突撃の用意をしていた。
自らの武器を振りかざし、テルマール兵士を威嚇している。
でも容赦なく矢が降り注がれ、一人、また一人と倒れていった。












「アステリウス!」

「…、何故いる?」












彼は頭を微かに上げ、横目で私を見た。
大きな黒い瞳は、心なしか潤んでいる。












「私、吹っ飛ばされて…」












そう言うと、アステリウスは目をカッと開いた。












「力が…強すぎたのか」












最初は何の意味かわからなかったんだけど、よく考えたら、私を吹っ飛ばしたのがアステリウスだとわかった。
剣を落として無防備になった私が矢の的にならない様、どかしたんだ。












「お前を死なせないつもりだったのだか、こんなことに…すまない」

「ううん、私は生きてる。あなたのおかげ」

………、俺の最後の力で、お前を守ろう」

「え?」












アステリウスは大きく息を吸った。
体は潰され、痛みと苦しみに悶えてもおかしくない状況なのに、彼の胸は膨らむほど空気を取り込む。

そして、












「ナルニア人よ、守人を守れ!!!」












吠えるように言った。

途端、戦闘体制に入っていたナルニア人全員が振り返り、私を食い入るように見る。
そして瞳を輝かせて言った。












「守人様が我等と共にいる!」

「守人様が残って下さった!」

「守人様を守らなければ!」












彼らは口々にそう言い、やがてナルニア人全員で念仏を唱えるように「守人を守れ!」と言う。
それを異変に感じたのか、テルマールからの攻撃が止んだ。












「ちょっ…だ、ダメだよ。私を守るなんて、そんな!私がみんなを守らなきゃなのに」












その時、誰かがふわりと抱きしめてくれる。












「ありがとうございます、守人様。しかし今のあなたにその力はありません。

でも、あなた様がここいることで、私達の心がどんなに救われたか。

置いてけぼりをくって、見捨てられ命を消すのではなく、あなたを守って死ねることがどんなに誇り高いか…」












抱きしめてくれたのは、グレンストームの息子さんだった。
まだ若く、戦い盛りの青年。彼の優しさは、グレンストーム譲りなのかな。



…グレンストームは息子がここに残ってるのを知ってるのかな。



こんな危機的状況なのに、何故かそんなことを考えてしまう。
きっと私、もう諦めてるんだ。












みんなを、救うことは出来ないって。












「ごめん、ごめんなさい。私、何も出来なくて。守人なのに、みんなを守れなくて」

「いいえ、守人様。生きて、必ずナルニア国を救って下さい。必ず!」

「うん!約束する!絶対にナルニアを救う」












大きく頷くと、彼は安心したように私の体を離す。
そして後ろに控えるナルニア人達に叫んだ。












「守人を、守れ!!!」












すると、ナルニア人達は私を囲むように丸くなった。そして隙間をなくすように肩を組む。

みんながみんな、私を見ていた。












「うっ…」

「ああっ」












再び攻撃が始まったのか、肩を組んだナルニア人達が倒れていく。
でもそこに隙間が出来ると、また肩を組んで埋めていく。
そしてどんどん小さくなっていく円。












「みんなっ…みんなぁっ…」












涙が止まらなかった。
私を守るために、みんなが死んでいく。












「守人様、あなたを守れることを誇りに思います」

「あ…」












息子さんはフッと笑うと、膝を折り曲げてもう一度私を抱きしめた。












「ナルニアのために。アスランのために。そして、守人のために。

あなたの涙が、我等の魂を優しく流して下さいます様……」












彼は背中を弓なりに逸らすと、小さな唸り声を上げ崩れ落ちた。
私はそれに任せたまま、彼の下敷きになって倒れた。












ただただ、涙が出るばかりだった。

みんなの目線が私に向いている。みんな事切れているのに、私を見ているんだ。



私に託された思いは重い。


胸が張り裂けそうだった。

彼らの目線を避けるように反対側を向くと、アステリウスの顔が見えた。
彼はもう私をからかってはくれないけれど、その表情が安らかで、それだけで救われた気がした。











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2010/09/10





85話