背中に当たる風が温かく、優しい。
それ以上に、その当たり方が一定で、体がふわりと舞っているのに違和感を覚えた。
ゆっくり目を開けると、私は空に舞っていて、葉がヒラリと舞い落ちるように地面に向かって落ちて行く。
「もしかして私、死んだ?」
考えられなくもない。
みんなは守ってくれたけど、あの状況で生き残れたら奇跡に近いもん。
足を下に向けて降りる。
でも体が軽すぎて、地面を踏み締めている感覚はなかった。
辺りを見渡すと、昇りかけの朝日が見えた。
その手前に遺跡らしきものが見えて目を懲らすと、それはアスラン塚だとわかった。
こんな姿だけど、みんなの元に帰ってこれたのが嬉しい。
走り出すと体が浮き上がり、その勢いのまま風に流されるように飛んで行った。
アスラン塚に着いてみると、到着したばかりのピーター達がいた。
彼らは沈痛な面持ちで、とぼとぼと歩いている。
「みんな!」
塚からルーシィが走り出て来た。彼女は全員の顔を見回して、作戦失敗を悟ったみたい。
さっと表情を曇らせる。
「ルーシィ、オ・チカに薬を」
スーザンがジェスチャーすると、グレンストームの腕からトランプキンが降ろされる。
すかさずルーシィは小物の栓を抜き、薬を彼の口に垂らした。
トランプキンはじきに目を開き、「何をしている?テルマール人が来るぞ」と言って起き上がった。
「カスピアン、君がちゃんと作戦通り行動していれば!」
「ピーター!!!」
ピーターは苛立ちをカスピアンにぶつけた。
カスピアンが彼から目を逸らしたのを見て、スーザンは庇うように前に出た。
「あの作戦が無謀だったのよ!勝利を急くばかりに、退却の機会を逃したわ!」
食ってかかる妹を一瞥し、「くそっ」と言ってピーターは背を向ける。
それと同時に、
「あれ……は?」
ルーシィが私の名前を呼んだ。
「後ろにいるでしょう?」
スーザンが後ろを向いた。でも私はいない。
いるのは疲れた表情をしたナルニア人だけだ。
「まさか!」
彼女の驚愕した叫びを聞き、ピーターとエドマンド、カスピアンが後ろを向く。
「がいない…」
「まさか、まさか!兄さん、は!?」
エドマンドがピーターにつかみかかった。
ピーターはされるがままに揺らされている。
「……まさか!あの時、は大丈夫だって言ったはずだ…」
良かった。あの呟き、ちゃんと届いてたんだ。
「は下で戦ってたんだろ!?兄さん、見てなかったのかよ!」
「エド、落ち着いて。あの状況で全員を把握するのは難しかったわ。あなただってわかってるでしょ?」
「わかる、わかるけど…!」
エドマンドはピーターを離すと、拳を握りしめた。
ピーターとスーザン、ルーシィ、カスピアンは愕然としている。
私はここにいるのに、みんなには見えないんだ。
あの場に残ったのは他の誰のせいでもない、私自身のせいなのに。
だから、こんな会話止めてほしい。
「戻らなければ……!」
突然、ピーターが馬に跨がって方向転換をした。
驚いたカスピアンがその手綱を掴む。
「もう遅い!はもう…」
ピーターは剣を抜いて彼に突き付けた。
「そんなことはない!が死ぬわけない!」
「は生身の人間だ。一の王ピーター、現実を受け入れなければ。生きているかわからない者のために、人員を割いてはいられない」
「っ…それならば、僕一人で向かう!」
「「「ピーター!」」」
妹と弟に同時に呼ばれ、ピーターはハッとした後、俯いた。
彼は一緒に戦ってきたナルニア人達と塚の中から出てきたナルニア人達に、心配そうに見守られていた。
「ナルニアの守人はナルニアの要です」
ナルニア人の中から声が上がった。ピーピキークだ。
「私がテルマールへ赴き、の安否を確認してきましょう」
「そうだ。それがいいです、王。ぜひ、ピーピキークにその役目を」
リーピチープがピーターにお辞儀した。
するとピーターは馬から降り、リーピチープとピーピキークを見下ろす。
「ダメだ」
彼が何かを言う前に、カスピアンが有無を言わせないかの様に言いきった。
三人だけではなく、スーザンとエドマンド、ルーシィも目を丸くしてカスピアンを見る。
「これからテルマールの大群が攻めてくるのに、そんなことに人員は割けない!」
「カスピアン!は君のただの臣下じゃない。アスランの守人なんだぞ!」
つかみ掛かる勢いで、ピーターは言った。
「守人がいなくても、ナルニアの時は過ぎて行く。僕は、ナルニア全体のために言ってるんだ。
……ピーター王、あなたはに固執し過ぎている。守人という意味ではなく…」
えっ…!?
カスピアンの言葉に顔が熱くなる。
グレンストームとアステリウスと話した事を思い出してしまう。
こんな時に不謹慎だけど…顔がみるみる赤くなった。
「……そうだ。は僕の大事な人だ」
ピーターは静かに言い放った。
ナルニア人達がざわつく。ピーターは顔を赤くする事もなく、真っ直ぐカスピアンを見つめていた。
その思いの深さに、私の胸は打たれる。
「…それでも、のために人員は割けない」
カスピアンは唇を引き締めた。
「ハッ!何が大事な人だ」
その時、別のナルニア人から声が上がった。
ニカブリクだ。
「あの女が大事な人?笑わせる」
「ニカブリク!」
言葉を続ける彼を、松露とりが止めようとしたけど止まらない。
「あんたらがナルニアを見捨てた後、あの女が何をしたか知らないんだろ」
「どういうことだ?」
ピーターは訝しげに見返す。
ああっ…!
話す機会がなくて話せなかったあのことを、ニカブリクは言おうとしてるんだ。
「あの女は守人の地位を使ってナルニアを支配した。しかしそれが上手くいかないと、アンバードのダーリンという騎士を婿にして、ナルニアの代理王としたんだぜ」
「な…んだと!」
ピーターは青ざめて妹弟達と目を見張った。
「代理王を立てたのはいいが旗色は悪く、自分の名声が落ちはじめるとヘラクスってセントールとナルニアから逃げたそうだ」
根本的には間違ってない。けど!
私のことは、そんな風に伝わってるの!?
「まさか…が…」
「あんな女、ナルニアには必要ない。守人が聞いて呆れる」
「…」
ピーターはみんなに背を向けると、何も言わずに塚に入ってしまった。
スーザンとエドマンドとルーシィも彼についていく。
残されたカスピアンは暗い表情で博士を見て、そして何も言わない。
私の話が衝撃的過ぎて、何も言えないのかもしれない。
ニカブリクだけは満足そうに、スッキリした表情をしている。
私は彼に殴りたくなるほどの憎悪を感じたけど、その気持ちは捨てることにした。
早く事実伝えなかった私が悪いもん。
「真実を教えなければ、ナルニアが内部から崩壊してしまう」
外に残った松露とりが呟くと、グレンストームも頷いた。
「しかし松露とり、お前が知っているのは伝えられたもので、真実かはわからないだろう?」
「そうだ。真実かは守人しかわからない」
「守人はもういない」
グレンストームの言葉に、松露とりは考えこんだ。
少し間が空いて、彼は顔をあげる。
「真実を知っている方がもう一人いた」
「何?それは…」
「アスランだ。なんとかアスランに来てもらえれば、ナルニアも救われ、王達にも真実が伝わる。
守人の名誉も回復される」
きらきらした瞳で、松露とりは言った。
しかし横にいたトランプキンが、呆れたように溜め息をつく。
「どうやって呼ぶ?あの王、女王達にアスランを呼んでもらうのも、守人の真実を理解してもらうくらい難しいんじゃないか?」
「……それは、今から考えよう」
松露とりの言葉に、周囲のナルニア人達は溜め息を吐いた。
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2010/09/10
86話