松露とり達が話し合う場所を後にして、私はピーターの元へ飛んで行った。
ふわふわと宙に漂いながら探すと、彼は一人で塚の外を眺めていた。
何故だか胸が熱く、鼓動が速くなる。
その寂しそうな背中を、抱きしめたくなった。
「ピーター」
「エド…」
塚の中からエドマンドが出てきて彼に声を掛ける。
ピーターは苦しそうな表情で弟を見た。
「信じたくない」
「他の奴らの話なんて、信じなければいいよ。
兄さんはを信じなきゃ。全てにおいて」
「しかし、信じきれない自分がいるんだ…!」
ピーターは頭を抱えこんだ。
胸がきゅうっと締め付けられる。
あの話を訂正したくてしょうがなかった。
信じてもらえないかもしれないけど、ちゃんと話して、心から謝ればなんとか…!
「ピーター、どうしたいんだ?本当の気持ち、教えてくれなきゃ。
僕達兄妹だってわかりあえないよ」
「………」
ピーターは頭を抱えたまま何も言わなかった。
ううん。葛藤の真っ只中で、何も言えなかったのかもしれない。
「時間はあまりないけど、よく考えて。
…時には、王じゃなくて一人の人間として答えを出してもいいんじゃないかな。さっきのように」
「!」
弾かれたように顔を上げたピーターに、エドマンドは笑った。
「一人でを救いに行こうなんて、ピーターらしいよ」
*
ピーターのそばにいると、彼への愛情と申し訳なさが溢れてしまう。
気持ちを落ち着けるために私はエドマンドについて行った。
彼はニカブリクと歩いているカスピアンを気に留めたけど、すぐに顔を逸らし、こちらに向かって来るルーシーに目を向けた。
「ルーシー」
「エド!」
彼女はエドマンドに抱き着くと、クスンと鼻を鳴らして彼を見上げた。
「、本当にいなくなっちゃったと思う?」
「わからない。うまく元の世界に戻ってればいいけど…」
エドマンドはルーシーを促してその場に座らせ、自分も横に座ると妹の肩を抱いた。
「アスランがを見捨てるとは思えない。自分が選んだ守人だからね。だからは生きてると思う」
「私もそう思う。エドは、もアスランも戻って来るって信じてるのね」
「ああ」
二人は共ににっこり微笑むと、作業に打ち込むナルニア人達を見つめた。
彼らは仲間半数の死を悼みつつ、最後の望みを掛けるように働いている。
「ニカブリクの話なんだけど…、エド、それものこと信じてる?」
「ああ、信じてるよ」
何気なく言ったエドマンドの言葉が、体中に広がる。
私を、信じてくれてる!
嬉しくて、その場で跳びはねてしまった。
「僕達が帰ったあと、はナルニアを守ろうとしたはずだ。だからダーリンを迎え入れ、代理王を立てたんだろう。
でもダーリンはアンバードの人間だ。そう易々とナルニアの王は務まらない。それを見兼ねたヘラクスが、をさらって逃げたんじゃないかな」
エドマンドはくすくす笑う。
「ヘラクスはにぞっこんだったからね」
「そうだったわね。ピーターも、ダーリンもヘラクスも、みんなが好きだった」
ルーシーも笑う。
黄金時代は思い出すと、平和で刺激的な時代だった。
二人とも、そんな昔のナルニアに思いを馳せている。
「は大変だよ。ピーターとスーザンがヤキモチやいてさ。カスピアンはどう見たってスーザンに惹かれてるだろ」
「恋は盲目って本当ね」
二人の会話を聞いて、やっと合点がいった。ピーターもスーザンもそれで態度がおかしかったんだ!
……私ってば、本当に鈍感なんだ。
「エドはどうなの?」
「何が?」
「のことよ。好き?」
「大切な子、ではある。けど…スーザンもルーシーも同じくらい大切なんだ」
ルーシーは目を丸くしてエドマンドを見つめると、カラカラと笑い出した。
「スーザンと私は姉妹でしょ!は違うじゃない」
「わかんないよ。だって、くらい大切だって思える子はいたことないんだ」
「ふ〜ん」
お手上げというように両手を挙げるエドマンドに、ルーシー二つ返事をして頷いた。
何か考えているようだけど、それ以上口にするのはやめたみたい。
私としては、エドマンドが私を大切に思ってくれてるのがわかって嬉しかった。
彼は、無条件で私を信じてくれる。
「この話はもう終わりにしよう。今話すべきはこれからの事だよ」
「そうね。答えは一つなのに、それをピーターとカスピアンが信じてくれないと行動に移せない」
「ああ、それで…」
エドマンドの声が遠くなる。風が吹いているわけではないのに、体が流されていくんだ。
私は二人から離れ、吸い寄せられるように石舞台の部屋に辿り着いた。
…?
覗いてみると、カスピアンが立っているのが見えた。
でも普段と違い、体が微かに震えている。
おかしいと思って目を懲らすと、その先…アスランの壁画を隠す様に氷が張られ、あの美しくも憎い氷の女王が映っていた。
「血を…そなたの血を一滴おくれ」
彼女が伸ばす手に、カスピアンの手が近づく。
でも彼は寸前に止め耐えるように呻いた。
「アダムの血を一滴…」
女王が言うと、周りにいた者がカスピアンの手を切る。彼の手から血が滴った。
誰か呼ばなきゃ!
このままだと、氷の女王がカスピアンの体を乗っ取ってしまう。
そうしたら、テルマールに滅ぼされるどころじゃなくなっちゃう!
でも、私の姿は誰にも見えない。どうすればいいの?
考えながら女王の方を見ると、ありえないことに目が合ってしまった。それも、
「そなたはそんな姿になったのかえ?」
話しかけられてしまう。彼女には私が見えるみたい。
「わたくしに力を貸せば、そなたも元の姿に戻れるぞ」
そんなこと、信じられるもんですか!
私は首を振ると、フワフワ飛んで逃げた。
そして、向かうはエドマンドの元。
無条件で私を信じてくれる彼なら、呼び掛ければ気付いてくれるかもしれない。
でもさっきの場所に行くと、既に二人はいなかった。
どこに行っちゃったの?
辺りを見回すと、ピーターがいる所へ向かう二人の姿が見えた。
クロールするように急いで宙を泳ぐ。すると難無くたどり着いた。
エドマンド!
エドマンド!
エドマンド、エドマンド、エドマンド!
ううっ…聞こえてない!
エドマンド!エドマンドってば!
やっぱりダメなのかな。
私を信じてくれてる…それだけじゃ奇跡は起こらないの!?
最後にもう一回だけ。
そう思って、全部の気持ちを乗せて呼ぶ。
「エドマンド」
「!」
すると、彼が振り返った。
「どうしたの?」
ルーシーが不思議そうに見上げる。
「どうしたもこうしたも…」
「エドマンド!」
彼は私の方を向き、目を大きく見開いた。そして唇を緩め、笑う。
「、君なのか!」
「ちょっ、エド!どこにがいるの!?」
「そこに浮いてる」
「えっ!私には見えないよ!」
ルーシーには私の姿が見えないんだ。
泣きそうなルーシーを無視するような形になっちゃうけど、今はそれどころじゃない。
「早く、カスピアンの…とこ!」
あれ?なんか、掠れてきた。体も声も上手く出せない!
こんな時にもう!なんて思いながら叫ぶ。
「カスピアン?」
「石舞台…とこ、こ…りの女王が…!」
私にはもう時間がないんだ。
ここにいる時間が尽きるだけか、命が尽きるのかわからないけど。
とにかくこの知らせだけは!
「氷の女王!?わかった。ルーシー、早くピーターのとこに」
「う、うん!」
二人が走って行くのを見送った後、私は煙が消えるように、その場がら消えていった。
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2010/09/10
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