「アスラン!」













叫んで目を覚ます。
でもそこに彼はいなくて、メイドさんらしき女の子が一人、私の顔を覗いていた。



メイド?



と思って自分の状況を再確認する。
確か、ナルニアの皆でテルマール乗り込んで、作戦は失敗して、門が閉まって、それで…
思い出したら涙が溢れてきた。



そうだ、私、守ってもらって…













「私は、どうしてここに?」













小さく呟く。
ここがどこかはわからなかったけど、自分が介抱されてベッドに横たわってることはわかる。



一体どこなんだろう…って!
この部屋……まさか、そんな、ありえない。



部屋の造りはテルマール城のそれだったし、私の顔を恐る恐る覗いているこのメイドさんも、カスピアンとテルマール城にいた時に言葉を交わしたことがあるような…。













「…泣かないで下さい」













彼女はそう言うと、ポケットからハンカチを取り出して私の目頭に当ててくれた。













「私が答えられることなら、何でも言います。ですから泣かないで下さい。さん」

「あなたとは、ここで何回か話したことあるよね」

「はい」

「ってことは、ここはテルマール城なんだ」













彼女はこくんと頷く。
確か彼女の名前はミランダだ。













「ミランダ、私は何で生きてるの?」

「それは、ミラース王が助けたからです」













ミラース王…王というとこが気になったけど、もっと気になるとこが!













「え?何でミラースが私を助けるの?」

「そっ…それは…」













ミランダが口を閉ざしてしまい、困惑する。
あまりしつこく聞きたくないんだけど、生かされた意図を知らないと脱走の計画も立てにくいし…。













「……あとで、王が直々にいらっしゃいます。その時話されると思います」

「そっか…」













ミラースが来るの!?
内心、私はパニックだった。尋問されるよね。
肩の傷を手当してくれてるし、酷いことはされないと信じたい。

パニック中の私をよそに、ミランダは笑顔で話し出す。













「あの……!ご無事で、良かったです。ここに運ばれてきたとき、私、驚いて…。それで、理由を聞いてもっと驚いて…」

「うん」

「でも、ご無事で本当に良かった。私、ずっとさんのこと、尊敬してたんです。女性なのにあんなに頑張っていて、王子よりもお強くて」













あの試合、見られてたんだ!恥ずかしい…。
男の子より強い女の子って、女性としてはあんまり尊敬出来ない気がするけど。













「ナルニアの守人だって聞かされた時、ああやっぱりって思いました。だって、そんなに凄いお役目だからお強いんだなって」













頬を蒸気させ、ミランダはたくさん喋ってくれた。こんなお喋りじゃなかったのに、きっと二人きりだから緊張が解けたんだろう。
彼女の話からすると、私がナルニアの守人だってバレてるんだ。
それならわかる。私は人質だ。
私の身を突き出して、簡単に勝てる戦いを、もっと簡単にしようとしてる。

ああ、どうしよう。
私、皆のお荷物になっちゃう。













「ミランダ、私…」

「はい」

「……」













次の言葉が出て来なかった。


逃げたい


なんて簡単に言っちゃダメだ。
ミランダが信用出来るかわからないもん。













「あ…私、ですね。たまに少しずつ博士にナルニアの話を聞いていたんです。だからさんがどんな凄い人か知っています。

女性として尊敬出来るとこは、黄金時代が終わった頃のお話です」













きらきらした瞳で私を見る。ふわふわした霞んだ金髪が揺れ、よく見ると彼女はとっても可愛いんだとわかった。



あれ、金髪?



テルマール人は黒髪か黒みがかった茶髪とかだよね。金髪はいないはずだけど。













「四人の王、女王がいなくなったあと、守人は混乱したナルニアを立て直そうと奔走し、かつての軍隊長オレイアスを重役につかせる。
しかし、ナルニア人は王、女王の不在に嘆き、次第に散り散りになってしまう。
考えた重役は、守人にアンバードの騎士ダーリンを迎え入れることを提案。
守人は受け入れる」













スラスラと言う彼女を見てると、本当にナルニア国が好きなんだとわかる。
ミランダなら、信じられるかもしれない。













「だが、ナルニアに平和は訪れず、次第に守人と代理王がナルニアを支配しようとしているのではないかと疑われ、守人は愛馬ジョージと再びナルニア全土を奔走。
そして無理が祟り倒れてしまう。
それを見兼ねたセントールの戦士ヘラクスが彼女を連れて次の時代のナルニアへ、飛ぶ」













…驚いた。

ニカブリクが言ってた内容とほとんど同じなのに、解釈が違うとこんなに印象が違うんだ。

目を丸くしてる私に気づかず、ミランダは話を進める。













「私はこの後のくだりが好きなんです。

守人はアスランの妻としての誓いを守り、貞操を貫いた」

「えっ!?」













アスランの妻!?
貞操を貫いた!?

どっちも書かれるの、恥ずかしいんだけど!













「女性として、本当にお強いです。私のメイド仲間は、メイドとしてどう着飾って身分の高い男性に見初められるか毎日考えてるんですもの。
違うお話で、アンバードの騎士ダーリンがどんなに素晴らしい人だったかありました。私だったら、隣にいるだけでメロメロになりそうです」













ミーハーな子なんだ。とくすくす笑うと、ミランダは顔を赤らめて黙ってしまう。













「確かに、ダーリンは素晴らしい人だった。言葉では言い尽くせないくらいね」













彼の「偽装婚をやめよう」という声が思い出される。
不思議とその声しか思い出せず、たくさんの「好きだ」「愛している」という彼の声が消えてしまったみたい。

それほどあの言葉は、私にとって衝撃的で…辛かったんだ。
ダーリンだから大丈夫なんて、私は彼の気持ちにずっと甘えてた。
彼の愛に応えず、好き勝手やってた。



それに対して、ごめんなさいもありがとうも言ってない。



また目頭が熱くなり、涙が溢れてきた。それを見たミランダがハンカチを出してくれる。













さん、どうされたんですか?」

「私、ダーリンに自分のちゃんとした気持ちを一回も言ったことがないことに、今更気付いたの。最後に大好きとは言ったけど、本当は…。はあ、もう取り返しがつかないよ」













ボロボロと涙を流す私に、ミランダは微笑む。













「ダーリン代理王はわかってたと思います。だって、本にはこうありました。

守人は、ナルニアにたくさんの愛を置いていってくれた。

これが、さんの気持ちを知らない人に書けるでしょうか?」

「本にあったってどういうこと?」

「私の祖母が持ってたんです。ダーリン代理王直筆の日記を。実は私のご先祖様は、遥か昔はナルニア人で…」













やっぱり。金髪で美しい顔立ちなのがナルニアに人の特徴だもんね。
それでダーリン直筆の日記を持ってたってことは…













「アンバードの騎士ダールの末裔?」

「はい!」













そうなるよね。ダーリンの兄ダール。
ダーリンは王として、その日記はナルニアに残せなかったんだろう。だからダールの手に渡ったんだ。













「その日記、まだあるの?」

「はい。私の家の床下に…」













その時、部屋の外に人の気配がした。私は慌ててミランダの口に手を当てる。
すると程なくして中年の男の人が入って来た。













「気が付いたか」

「はい、ミラース王」













ミランダが震えながら言う。
この人がミラース王。実際見るのは初めてだ。













「お前は部屋を出ろ。私は守人と二人で話したい」

「か、かしこまりました…」













深々とお辞儀をして部屋から出ようとする彼女に、ミラースは声を掛けた。













「話が終わったら、また守人の世話をするように」

「はい。ミラース王」













彼女は再びお辞儀して部屋を出た。
よかった。ナルニアの話は聞かれてなかったみたい。
ドアが閉まると、ミラースは私を見た。そしてふと緊張を緩め、ミランダが座っていた椅子に腰を下ろす。













「あの状況で、よく生き残ったものだ」

「……」

「ナルニア人のお前を守る姿は、涙を誘うものだったぞ」













そう言いながら、絶対に思ってなさそうだった。
私はキッと睨む。













「そう睨むな。お前は笑っている方が良い」













へ!?
いきなり何を言い出すの!?



ナンパのようなもの言いに怪訝な表情をすると、彼は笑った。



一体、なんなの?













「やっと、やっとお前を見つけたぞ、。お前を捜して、幾つの月日が経ったかもわからぬ」

「え?」













何故ミラース王が私を捜してたのか。次の言葉を待つ。
ミラースはニヤリと笑って

「私のことを覚えていないなど、なんて薄情な。私は、こんなお前に焦がれていたのに」

と言った。



私、彼と会ったことあるの?
いつ、どこで?













「思い出せないのも無理はない。もう何十年も昔のことだ。

しかしお前にとっては、数年なのではないか?」

「数年前?」

「そうだ。私が初めて会った時は髪がもう少し長く、幼かった気がする」













髪が長かった時、ナルニアに来た……?

あ!













「あの時の、私を助けてくれた男の子?」

「そうだ。やっと思い出したか」













そうだ。
一回ナルニアに来た時、あの森の前に出て…、男の子にテルマールまで連れてきてもらった。
カスピアンに会いに行こうと思って、名前を聞いたら違うって言ってたけど、カスピアン九世の弟だったんだ。



あの時のこの人は凄く優しかったし、いい人だった。
でも今は…



彼の顔を見返す。
刻まれた皺は経った年月を表してる気がした。
この人は自分の兄を殺し、そしてカスピアンをも殺そうとした。



あの頃の彼に、戻りはしないんだろうか。



私は一筋の光に縋るように、彼の心に触れてみることにした。












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2010/09/10





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