「何故、私を捜したの?」








胸の中に渦巻く恐怖をこれ以上増幅させない様、私はきっぱりと聞いた。
少しでも吃ってしまったら、心中がバレてしまう。








「先程も言ったが、お前に焦がれていたからだ」

「焦がれていた?」

「そうだ。私はお前を妻にしようと思っていた」








さらりと言ってのける彼は、その歳の分だけ貫禄がある。
私にとって理解しかねる理由が、なぜだか当たり前の様に聞こえた。








「私達は、あの一日しか会ってない…」

「それでも、私はお前に運命を感じた」

「ナルニアの者なのに?」

「お前は別世界から来た者だ。アスランの守人、。それだけでもモノにするのには十分な理由だが……、私は、お前の人間性に惹かれたのだ」








ミラースの瞳は、いつの間にかあの頃と同じ輝きをしていた。
不確定な未来へ、たくさんの希望を持った青年の輝きに。








「お前が消えた後、ずいぶんと捜したが見つからなかった。
あの消え方も常軌を逸していたし、という名前にも聞き覚えがあった。
そして思い出したのだ。昔習ったナルニアの歴史に、という名前があったことに。
そしてもう一度勉強し直し、ナルニアの森も捜索させた。しかし、お前どころかナルニア人一匹も出てこなかった」








ミラースは立ち上がると窓から外を見た。目線を下にずらし、目を細める。
ハッとしてベッドから立ち上がる。ふらつく体を無理に動かし、窓の縁に手をつく。








「ああっ…」








下には、大きな火の手が上がっていた。積み上げられた黒い物体。
それは戦って死んだ…、若しくは私を守って死んだナルニア人達だった。








「まさか、こんなにいるとは思わなかったぞ」

「みんな…」








胸の奥が焼けるように熱かった。でも不思議と痛みはなく、微かな疼きがあるだけ。
きっとアスランと会ったあの夢で、彼らの魂を救ったからだろう。

ミラースは私の肩に手を置き、そのまま私を抱きしめた。








「やっと、私のものになる」

「!」








驚いて彼の胸を力いっぱい押した。けれども強く抱かれ、離れることが出来ない。








「私には妻がいて、息子が出来た。だからお前を妻には出来ん。たが愛人にすることは出来る」

「私はっ…」

「ずっと昔、結婚していたとでも言うのか?」

「……」








それは理由にならないんだろう。
何十年も私を捜してたこの人のことだ、何も否定する理由にならない。








「ようやく見つけたお前を手放しはしない。

お前を人質としてナルニアを滅ぼす事も出来よう。しかし滅ぼした後、残ったアスランの守人を殺さないわけにはいかん」

「そ…う」








絶句した。
こんなに強い気持ちを向けられたことはない。それまでして、私を自分のものにしたいの…?

私には本当に理解し難い気持ちだ。



ミラースは、私の存在を近い者にしか言わないつもりなんだ。
そして、一生涯愛人としてテルマール城に監禁するんだろう。
ナルニア人にも私の生存がバレないように。

これが、考え過ぎだったらよかったのに。








「お前には、この戦いが終わるまでこの城に残ってもらうぞ。生きていることが知れたらナルニア人が飛んでくるからな。

この城にお前の味方はいない。逃げられはしない」








ミラースは私を離すとドアへ向かう。
用が済んだんだろう。振り返りもしなかった。








「また後で来る」








ミラースはそう言い、私の返事を聞く前に部屋を出て行った。








それからはずっと一人。
ミランダが来る気配もなく、ドアは兵士に見張られているから逃げられない。

だからずっと、外の燃え上がる火を見つめていた。
死んでいった彼らの事を思いながら…ずっと。



昼過ぎに、またミラースが入ってきた。
彼は何も言わず、椅子に座って私を見ていた。
気まずい雰囲気になるかと思ったけれど、案外そうではなく、お互い空気のような存在になっていた。



不思議。
さっきの威圧感からは考えられないくらい。
これなら初めて会った時、彼が運命を感じたのもわからなくないかも。



私は彼の目を気にせず、部屋にあった本を手に取った。
見たことない文字なのに、難無く読める。
その本には、テルマールの歴史が書かれていた。知識を詰め込もうと、ミラースがいることも忘れ読み耽る。










「…」

、私は行くぞ」

「え、あ…いってらっしゃい……あ!」








言ってしまってから口をつぐむ。すると、ミラースは笑った。








「これからナルニアと戦争しに行くのだぞ。もう愛人気取りか、よ」








彼は大股な足取りで部屋を出て行った。








「明後日には決戦になる」








でも私は、ここから逃げる事もままならない。
みんなのそばにいたいのに、それも出来ない。








「ピーター、カスピアン…みんな…

ナルニアのみんなに、アスランのご加護を」















          *















さん、入ってもいいですか?」








小さなノックの後に、ミランダの声が聞こえた。
返事をすると、彼女はするりと部屋に入って来た。そして小声で耳打ちをする。








「私、さんをお助け出来るかもしれません」

「えっ?」








ミランダは嬉しそうににっこり笑う。
彼女の先祖はナルニア人だし、信じられる。けど、大丈夫かな。








「まさか、危ないことしようとしてない?」

「…大丈夫なはずです」

「なはずって!」








怒るとしゅんとしてしまう。
私が危ないだけならいいけど、もしミランダに何かあったら嫌だもん。








「…きっと喜んで下さると思って、もう手筈を整えてしまいました」

「ええ〜っ!」








先走り過ぎ!とミランダの頭をポカリと叩く。
相手のために尽力を惜しまないのがナルニア人のいいとこなんだけど…。








「〜〜〜っ、私はどうすればいいの!?」








こうなったら最善を尽くすのみ!そう思ってミランダに顔を近づけた。








「間もなく、ミラース王の奥方がいらっしゃいます。そうしたら、私に話を合わせて下さい」

「わかった」

「絶対に、助けますから!」








ミランダはそう言うと、ドアの前に控える。私はゴクリと唾を飲み込んで、ベッドで待つ。
すると、程なくしてツカツカと足音が聞こえ、その主は乱暴にドアを開けた。

第一印象は、少し疲れた表情をした顔立ちの良い女性。やっぱり、イタリア系な感じ。
奥方は私の顔をじっと見つめて、大きくため息を吐いた。








「わたくしがやっと男児を産んだのに、今更出てくるとは。あなたの存在に何年悩まされたと思って?」

「…」

「ミラースはずっとあなたを捜し続け、わたくしには目もくれなかった。それがやっと諦めて子供を授けてくれたのに!」








ミラースと奥方の間にずっと子供が出来なかったのは、私のせい?








「あなたとの間に子供が出来れば、本当の意味でナルニアを支配出来るそうよ。でも、わたくしは許さない」








気がつくと、奥方の表情はどんどん変わっていた。
鬼のような形相って、こういうのを言うんじゃないかな。








「わたくしはあなたを逃がしてあげる。そしてナルニアと共に滅びればいいわ」








私に何かを言わせることもなく、奥方は言いたい事だけ言って部屋を出ていってしまう。
唖然とした私はミランダを見たけど、彼女も私と同じような唖然としているだけだった。

ドアに手を掛けて外を見ると、見張りの兵はいなくなっていた。
もしかして本当に逃げられる?








「ミランダ、私…」

「あっ…、はい。まさか奥方の中でこんなに話が進んでいるとは思いませんでした。でも、結果的には逃げられますしいいですよね」

「もしかして、奥方が言ったような風に話を持っていこうとしてた?」

「はい!さあ、馬はもう用意してあります。逃げましょう」

「わかった」








手早く身支度を整え部屋を出る。途中、ミランダが食堂でパンと干し肉を用意してくれた。
明らかに私へ疑いの眼差しを向ける者達はいるけれど、声を掛けるなとか言われてるのか、何も咎められなかった。








「これで準備万端です」

「ありがとう、ミランダ」








馬に跨がってお礼を言う。
本当は彼女も連れていきたい。けど、今のナルニアは危険極まりないとこだ。
だから平和になったら見せてあげたい。本だけじゃわからないナルニアの素晴らしさを。








「じゃあ、行くね」

「はい。無事、たどり着かれることを祈ってます」








馬の腹を蹴って走り出す。
私が戻ったところでなんの役にも立たないかもしれない。
それでも私は守人だから…ううん、ナルニアを愛してるから。



だから私は何度でも戻るの。







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2011/04/12




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