つい何日前にカスピアンと一緒にテルマールから逃げた道程をまた走ってる。
昼間だっていうのに薄暗いこの森にはかつてのナルニアの面影さえない。



ドリアード達が歌い、フォーンや他の動物たちが輪になって踊ったあの時代はもうない。



今はナルニアの生きる道を賭けた戦いの最中で、その相手は人間。
ジェイディスの様に特殊な力を持っていない分、知恵を働かせて戦う。
だから単純なミノタウロスが何体いるよりも、ひ弱な人間がたくさんいた方がはるかに厳しい戦いになると思う。

私達の世界では人間同士の戦いしかないから本当のことはわからないけど、人間のつくりだす道具というものは怖い。
ナルニアにも剣とか槍はある。けど鉄砲が出来たら?爆弾が出来たら?



もっと悲惨な戦いになる……そんなの絶対いや。
この世界ではそうなってほしくない。



ナルニアの黄金時代から千三百年も経ってしまってかつてのナルニアはなくなってしまったけど、
ドリアードやナイアード、バッカスはもう見られないかもしれないけど、
この森が明るさを取り戻すようなナルニアにしたい。



だからみんなの元へ帰らなきゃ。
















どれくらい走っただろう。
そろそろベルナに着いてもいい頃なんだけど。



既に日は傾き、東の空に闇が広がり始めていた。
ナルニアには街灯があるわけじゃないから、夜になったら真っ暗で動けなくなってしまう。
そうしたら間に合わないかもしれない。












「なんとかそれだけは避けなきゃ」












勇敢なナルニア人達のおかげで助かった命だもん。絶対に無駄にしない。
彼らの願い通りに救うことは出来ないかもしれないけど…

私はナルニアに戻る!



拓けた場所に出たかと思うと、大きな川が見えた。そこには丸太で造った橋が掛けられている。
丸太は生木で出来ており、最近造られた橋だということがわかった。



やっと着いた、ベルナだ。



手綱を引いて止まり、草かげから様子を窺う。
ここを通ればかなりの時間短縮になる…けど、危険だ。
見張りの姿は見えないし、橋は無防備に見えた。
石舞台はもっと向こうにあるしナルニア人がこっちから現れることはないけど、見張ってないなんてことはないよね。
でも見張りはいない。



どこからテルマール兵士が出てくるかわからないし…。












「どうしよう…」












そう考えてる間にも日は地平線に沈んでいく。もう時間は残されてない。
ここで渡らなければ今日中に石舞台跡に着くのは無理だろう。
遠回りしたらどのくらいかかるか分からないし、途中で足である馬を捨てることになるかもしれない。
やっぱりそれじゃ間に合わないよね。



一か八かに賭けてみるしかない!



馬の腹を優しく突いて進む。
ゆっくり、ゆっくりと神経を集中させて進んでいく。何が起こってもすぐに逃げられるように確実に。

橋の真ん中まで進んだ時、突然後ろから矢が降ってきた。
ひゅんひゅんという音が聞こえ、橋に刺さる。












「きゃっ!」












辛うじて避けながら振り向くと、馬に乗った兵士が追っかけて来るのが見えた。
あっちは三人、私は一人。でもそのぐらいならなんとかなる!
そう思って手綱をしならせて速度をあげた。












「早く!頑張って!!!」












言葉を話すことが出来ない馬だけど、叱咤激励したら伝わったみたい。
全速力で橋を駆けていく。












「ありがとう、お馬さん!」












丸太の上を駆ける蹄の音は力強くて、私の心を奮い立たせてくれる。
その流れるたてがみは、風を切り恐怖を吹き飛ばしてくれた。

だけど…












「どう、どう!」












それは前に現れた別の兵士達によって遮られてしまう。
そう。私は挟み撃ちにあってしまったんだ。












「お前は何者だ?テルマール人でもナルニア人でもないな…」












兵士は剣を突きつけるとそう言った。
この世界には日本人がいないから、私が何者かわからないんだ!
それにテルマールでナルニアのことを勉強しているのは王族とか少数の貴族だけだもんね。
一介の兵士が守人の容姿を知ってるわけがない。












「おい!お前は何者だ!?」

「……」












目を逸らして何も答えないでいると、横から思い切り肩を押された。












「きゃっ」












驚きと馬から落ちた衝撃で悲鳴を上げる。
痛みに耐えながら見上げると、兵士達はニヤニヤと笑っていた。












「女か」












一人の兵士がそう言って馬から降りると、腰に着けた袋から縄を出して私を縛り上げる。
両手を背中の方で縛られ、手が自由に動かなくなった。
下げていた剣と非常食も取られ、引きずられるように岸に連れて行かれる。












「私はどこに連れてかれるの?」

「ミラース王のところだ」












ついているのかいないのか。石舞台に辿り着けなかったのはついてないとしか言いようがない。
でもミラースのとこに行けばもしかしたら助かるかも。彼は一応私に執着心があるみたいだし…。
テルマール人達にナルニアの守人だってばれなければ、なんとかなるはず。

さっきより一か八かの賭けになっちゃうけど、先が見えないままよりは1パーセントでも光が見える方がいいよね。
その変わりナルニアの守人だってバレて、みんなの足手まといになっちゃうのがわかった時は覚悟しなきゃいけない。

命に重いも軽いもないけど、私のせいでみんなが危険にさらされちゃうのは耐えきれない。
それなら私……

ぶんぶんと首を振って兵士を見た。そして出来るだけ女らしく言葉を紡ぐ。












「ミラースのところに連れてってくれるの」












私は彼の愛人。私はミラースの愛人。

愛人ってよくわからないけど、お母さんとテレビでよく見たサスペンスでは大人な色っぽい女優さんが演じてた。
だからカスピアンに男の子に見間違えられるこの姿でも、女の子に見えるように振る舞わなきゃ。












「なんだと?陛下を呼び捨てにしやがって!」












殴られそうになるところをなんとか避けてキッと見返す。
すると兵士の方が怯んでくれた。












「私はミラースの愛人なの。わざわざ追ってきたのにこんな扱いをするなんて!本人に会わせてくれればわかるわよ」

「そんなばかな。愛人なんて話は聞いたことがない。第一、陛下には息子が生まれたばかりだぞ!」

「フン…本人に会わせてくれればわかるわよ!」












強引だったけど、兵士達は顔を見合わせて頷いた。わかってくれたのかな。
そのまま馬に乗せられて野営地へ連れて行かれる。まあ、さっきよりは良い扱いになった気がする。
それでも囚われの身だってことは変わらないけど…きっとなんとかなるはず。



ミラース次第なんだけど。



私は彼との小さな絆に賭けてみることにした。








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2011/04/09




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