「何が怖かっただ!ロッカーに頭突っ込んで自殺しようとしてた奴がさ!」
マユモは私の体を引きはがすと、あろうことか頭を殴った。
私はじっと睨み返すと、同じように頭を殴り返す。
「何すんだよ!」
怒って言う姿にまたホッとして、涙が溢れて来た。
その存在と、元の世界にいるということが、どんなに私を安心させるのだろうか。
自分でもわからないよ。
「なんで泣くんだよ。わけわかんねぇ」
「…いいの。私帰る」
「俺も一緒に帰るよ」
「部活は?」
「終わった。ほら、いくぞ」
マユモは私の鞄を持つと、自分の席に戻って自分の鞄も持ち上げた。
「かばん、いいよ」
「別に重くないし。それよかその顔をどーにかしろよ」
「顔?」
「泣いてっだろ」
「あ…うん」
私は袖でゴシゴシ涙を拭くと、彼の後を着いていった。
幼なじみっていうことで私達の家は隣なんだけど、マユモは部活があるし一緒に帰ることはほとんどない。
けど時々こうやって機会があれば、帰るんだよね。
いつもは楽しく話せるのに、今日はなんだか言葉さえも交わさなかった。
「ほらよ」
「ん、ありがと」
「もう泣くのは卒業しろよな」
マユモは私に鞄を渡してそう言うと、自分の家に入っていった。
私は誰もいないその場で頷くと、深呼吸を一回。
そして、
「ああっ!今日の事口止めすんの忘れた!」
ロッカーに頭突っ込んで助けられたなんて親に知られたら。
それもマユモは自殺しようとしたって思ってるし…。
「ああ〜…どうしよう」
玄関の外で悶えてると、マユモの家のドアが開いた。
「。今日の事は内緒にしといてやる」
彼はそこから頭を出すと、そう言った。
「ありがとう、マユモ……って、あ」
「どうした?」
マユモにお礼を言ったと同時に、自分の家のドアを開けたらその先は冬景色だった。
私の家の中はどこいっちゃったのか。
問答無用でナルニアに行けと言われてるみたい。
「…なんでもない。
…あ、マユモ」
彼は眉をひそめて私を見た。
確かに、「あ」とか多くて何だコイツって思っちゃうかも知れないよね。
「なんだよ」
「マフラーとか、コートとか貸してくれない?」
我ながら変なこと言ってるのはわかってる。だってもうすぐ梅雨っていう時期だよ?
でも、ペベンシーの四兄妹が衣装箪笥からコートを借りたように、これからナルニアに行く私にも必要だったんだもん。
「は、お前何言ってんの?使うなら自分のうちの使えばいいじゃん。ドア開けてんだし」
ごもっとも…じゃなーい!
今入ったら、確実に冬の世界じゃないの!
絶対凍える!絶対動けなくなる!
「お願い!」
「それにさー、今の時期にコートとかいらないだろ?もーすぐ夏だぞ?」
わかってる!わかってるけど!
私はドアを半開きにしたまま、つかつかとマユモの玄関まで行った。
そして彼の顔をじっと見つめると、
「あんたのを使いたいのっ!」
こう叫んだ。
マユモはびっくりして目を見開くと、顔を赤くさせて私から目を逸らす。
「…何言ってんだよ」
バツが悪そうに呟くと、家の中に入っていった。
「何よあの態度は!」
私は半ば怒り気味に出てくるのを待った。
この時間の中でも、ナルニアの世界で何か起こっていたらと思うと気が気じゃない。
そのうち、むすっとした態度でマユモが出て来た。そしてマフラーとコートを渡してくれる。
「ほらよ」
「ありがとう。もしかしたら返せないかも」
「は?何だよそれ」
「しょうがないじゃない。私は今から冒険に出るの。だからたぶん返せない。そん時は、お小遣叩いて新しいの買ってあげるから」
胸をどんと叩いて言う。
けど、コートって高いよね。何ヶ月分のお小遣が消えるかなぁ…。
「、お前頭大丈夫?」
「へ?なんで?」
彼の言葉に首を傾げる。
そこまで変な事言ったわけないのに。
「冒険とか言って、家ん中入るだけだろ?」
「…まあ、そうであってそうじゃないよ」
「???」
「時間もったいないから、もう行くね!」
私はそう言ってマユモのコートを羽織った。
そして一目散にナルニアに続くドアへ走る。
「待てよ、!」
マユモが靴を履いて着いて来ようとする。
ナルニアまで来られたら大変!と思ってドアを開け切ると、冬の世界に飛び込んだ。
「!」
マユモの足は思ったより早く、私が飛び込んだ数秒後にドアにたどり着いた。
彼はドアノブを握り立ち尽くす。
「なっ…んだよ、これ!」
マユモが見たのは、開けた上半分が冬景色、下半分が普段通りの私の家だったそう。
*
「きゃああっ!」
私はてっきり、ペベンシーの四兄妹と会うために街灯の近くに出ると思ってた。
地に足が着いて歩けるとこに。
でも違ったの。
落っこちたんだ。真っ逆さまに。
「どうして?!どこに落ちちゃうの〜!」
そんなことをゆっくり考えていても、全く地面にぶつかるという事はなかった。
寧ろいろいろ思い返せる時間がたっぷりあったの。
私はひっくり返ったままマフラーを首にまくと、これからどうなるかを予想してみた。
「頭から地面にぐちゃ、なんて…」
「そうなることも可能性の一つだ、」
最悪な結果を想像した時、私の頭上で全てを包み込む優しい声が響いた。
私は感極まって彼の名前を呼ぶ。
「アスラン!」
「久しぶりだ、。一千年ぶりだ」
彼は私のほっぺたを優しく舐めた。私は彼の鼻頭に手を置くと、撫でる。
「私、逆さまの世界にいるの」
「それは君が最初に落ちると思ったからだろう。でも、本当のところは少し違う」
私とアスランはお互い反対の地面に立っていた。
彼は私の首ねっこをくわえると、グイと引っ張る。
「えっ?」
私の体はそのまま持ち上げられると、ゆっくりとアスラン側に下ろされる。
すると、彼と同じ地面に降り立った。
「あれ、なんで?さっきは違う世界にいたのに」
「そこが少し違うのだ、」
アスランはそう言うと、もう一度私の頬っぺたを舐めた。
それがくすぐったくて目を瞑る。
そしてもう一度目を開けた時、周囲の世界は全く違うものになっていた。
「ここはどこ?私が今いたとこは…?」
「はずっとここにいた」
アスランはそう言うと、白い雪をシャクと踏んだ。
雪は彼の足元からゆっくりと溶け、その下からは春の息吹が聞こえる。
「はその木にさかさまに引っ掛かっていた。だから世界が逆に見えたのだろう」
「そっか…でも、本当に逆さまに…」
「それは、の思い込み、ということにしておいてはどうかね?」
彼は目を細めて笑う。
う〜ん。まあ、アスランがそう言うなら私の思い込みかもしれないって思う。
この国では、何が起こるかなんてわからないし。
とにかく、頭から落ちるとか白い魔女のとこに行っちゃうとかなくてよかった〜!
「アスラン、会いたかった!」
私は今さらかもしれないけれど、その雄々しく艶やかな鬣に腕を回す。
前回の事もあって、もう恐れ多いとか思わなくなってしまった。
まるで、これが当たり前のことの様。
「、私は先程同じ事を言ったが答えてはくれなかった。少し遅すぎる、ということはないかね?」
「ごめんなさい」
彼の言葉に心から謝ると、力を込めて抱きしめた。
アスランもその顔を私の顔にくっつけて擦り付ける。
「くすぐったい…ふふ」
「さあ、ここで立ち止まっていると魔女に見つかるかもしれない。さあ、行こう」
「うん…!」
アスランは私を背に乗せると、軽やかに駆け出した。
その全てを支える大きな体は走る度にゆっくりとしなり、分厚い筋肉が風を受けた鬣と共に波打つ。
そして、彼のその柔らかな足を下ろしたところから小さな轟きが聞こえる。
彼は、ある意味でこの世界の空気でもあるのだろう。
「ペベンシーの四兄妹はもうアスランの元にいるの?」
「いや、きっと彼らはビーバー夫妻のところにいるだろう」
「私は、そこへ行かなくていいの?」
アスランは走っていた足をゆっくりと緩めると、座り込んで私を下ろした。
私は彼の背から離れて目の前に座ると、その自然を表した緑の瞳を見つめた。
「、君は然るべき時に彼らと会う。だからそんなに急くものではない」
「うん…」
「さあ、もう一度乗りなさい。他の者も、君を待っている」
私は頷くと、再びアスランの背に跨がった。
**************
再びナルニアへ。
アスランと共にいることが多いので、ヒロインはまだ四兄妹と会えません。
次はアスランの軍のところに行きます^^
2008/05/25
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