運んできてもらった朝食を見て、自分がVIP待遇をされているのがわかる。
戦場だというのに、手の込んだシチューらしきものとパン、軽いヨーグルトのようなものがある。
ナルニアではみんなパンと干しを食べてるのに…これが国としての豊かさ違いだね。
「国として…」
昨日ミラースに言われたことを思い出す。
政治と権力について知らない私。
今までそういうのは全部ペベンシー四兄妹に任せてきたし、そのあとはダーリンとオレイアスに任せた。
私はというと、みんなの気持ちばかりに目がいって…どうすればナルニアのためになるかなんて政治的に考えたことがなかった。
「それは悪いことではない」
頭の中で豊かな声が響く。
アスランだ。
アスラン!
声を出して呼ぶわけにはいかず、頭の中で呼ぶ。これでも十分聞こえるだろう。
「は心や情で行動する。ナルニアの中心人物にはそういう者が必要なのだ」
でも、それじゃあ国を豊かにすることが出来ないよ?
そう言うと、私の首筋にふわりと毛が当たった。けど見回しても誰もいない。
「、守人の役目は国を豊かにすることではない。国を豊かにするのは、王の役目だ」
あっ…
そっか。そうだね。
私はナルニアの行く末を見守る者だった。
「そうだ」
今度は太陽の光をいっぱい浴びたアスランの鬣の香りがする。
「、すぐには助けてあげられないが、自分の力で切り抜けられるだろう。きみの優しい心と情があれば、救われる者もいるはずだ」
後ろから穏やかな温もりに抱きしめられて、遠くにいるだろう彼がすぐそこに感じた。
贅沢な幸せ。
そのうちその温もりは消え、彼の気配もなくなってしまう。
でもアスランは私が悩んだりする時は絶対に助けてくれる。そしてより良い方へ行けるように導いてくれるんだ。
心の中はとても温かく、満たされていた。
アスランの言葉からすると、私はここにいても大丈夫そうだってことかな。
ボロを出さないように、ここに引きこもってようっと。
そう思って横になる。でもたくさん寝ちゃったし、全然眠くない!それも狭いから息がつまりそう。
「はあ…」
溜め息を吐いて天幕の布を少し開ける。でも誰も見当たらなかった。
これ、絶対罠だ!
見張りがいなくても逃げ出すほど馬鹿じゃないよ。
たぶん、誰か私を疑ってる。もしかしてミラース自身かもしれないけど…
尻尾は出さないからね。
また横になって無理矢理目をつむる。すると、地面を伝って誰かがこちらに歩いてくるのがわかった。
ザッザッ
規則正しい足音は、まさにこの天幕の私の部屋の前で止まった。
そして大声で叫ぶ。
「様、私と共に来て下さい」
「え?」
ここから出なきゃいけないの。それはまずいかも…。
「ミラースが呼んでるの?」
「はい」
それなら行かなきゃだよね。私を呼ぶなんて、何かあったのかもしれないもん。
「今すぐ支度します」
私はそう言うと、朝食と一緒に運ばれてきたテルマールの簡素な女性用の服に着替えた。
そして呼びに来た兵士について歩く。
やっぱり他の兵士達に好奇な目を向けられ、今回は穴があったら入りたい気分になった。
女性用の服を着てるけど似合ってないっていうか……、女の子に見えてるのかな。
「お連れしました」
会議用テントの入口から入ると、そこにいる全員が私を見た。
ううん、全員じゃなかった。一人だけ私に背を向けてる。
「何故ここに連れて来た!?」
ミラースが怒声をあげて立ち上がる。
うそっ…彼が呼んだんじゃないんだ!騙された!
「ソペスピアン卿がお呼びするようにとのことでしたので」
さらりと言ってのける兵士の頭を後ろから殴りたい気持ちを抑えつつ、無言で頭を下げる。
「陛下の美しい愛人をお披露目しようと思いまして」
ソペスピアン卿が言った。
すると、机を殴る音と勢いよく椅子に座る音が聞こえる。
きっとミラースだ。
「ナルニアのエドマンド王子」
「エドマンド王だ」
よく聞き知った声が響き、こちらを見る気配がした。
エドマンドがここにいる。
何をしに来たかはわからなけど、私がここで生きてることを知ってるはずがない。
だからそれを知られても、ここで正体をさらす様な真似は出来ない!
私は意を決して顔を上げる。
エドマンドならきっと私の良いように動いてくれるはず。
無条件で信頼されてるなら、無条件で信頼出来る。
私は彼を信じてる。
バッチリ目が合った。
エドマンドは瞳を見開いたけど、私の名前を叫ぶことはなかった。
「お初にお目にかかります、エドマンド王」
「こちらこそ」
「わたくし、ミラース王のためにテルマールから戦場にやってきました」
「それはすごいね。大した愛情だ」
「お褒めにあずかり光栄です」
しずしずと頭を下げ、もう一度彼を見る。
エドマンドの表情は読み取り難かった。
でもそれよりも、後ろに見えるミラースの表情が気になる。
怒ってるかと思ったけど、寧ろ心配するようなものが読み取れた。
「……陛下の愛人はどうかな、エドマンド王」
「そうですね…とても若い」
「はは、おっしゃる通りですな。陛下」
良かった。私の正体はバレてないみたい。
笑うソペスピアン卿はミラースを見た。でも彼はそれを無視して私に手まねく。
「こちらへ来い」
「はい」
もう一度エドマンドにお辞儀すると、ミラースの元へ向かった。
そして彼の後ろに立つとエドマンドを見下ろす。
彼はもう私を見てはいなかった。
「それでは、明朝日が昇り始めた頃に」
エドマンドはそう言うとミラースを見る。ミラースの方も彼を見ていたけど、
「……」
何も答えない。
するとソペスピアン卿がその腕をこついた。
「わかった」
「エドマンド王のお帰りだ。お送りしろ」
ソペスピアン卿はそう言って席を立ち、他の貴族達も席を立ちテントを出ていく。
私はミラースの肩に手を置き、彼の言葉を待った。
「」
「なに?」
「エドマンド王はお前の事を知らぬふりをしたな」
「うん」
「冷静な奴だ。お前も奴も」
一体何が言いたいのかわからず、ただ聞くことしか出来ない。
ミラースは唇を噛み締めて、心なしか青い顔をしている。明日の朝、何が起こるんだろう。
「カスピアンの奴に嵌められたのはわかっている。それにソペスピアンにもだ」
「二人に?」
カスピアンとソペスピアン卿が手を組んでるとは思えない。
カスピアンは本当にナルニアのためを思って戦ってくれてるもの。
「カスピアンの時間稼ぎ策には気づいたし避けることも出来た。しかしソペスピアンがそれを利用たのだ」
ミラースは悔しそうにテーブルに拳を振り下ろす。
その音にビクリとすると、強く握りしめた拳を解き、すまないと言った。
「王という立場から逃げられないようにされてしまった。就きたての王によくある失態だ」
「そんなこと」
「私は昔から激情してしまう癖がある。それを利用されてしまった」
小さくなった彼の肩に手を置き、丸く反った背中を撫でる。
私はナルニアの人間だから何も言えない。せめて慰めたくて、その気持ちがこうさせていた。
「お前には何でも話せる。一緒にいても気がねしなくていい。空気みたいな存在だ」
「そんなこと……ありがとう」
そういわれると、敵だとはいえ嬉しい。にこりと笑うと、ミラースは真剣な瞳で見つめてきた。
「明日、私はピーター王と一対一の戦いを行う。もちろん真剣での戦いだ」
「えっ…」
ピーターとミラースの戦い。
そういえば本にそういうくだりがあった。
だから時間稼ぎなんだ。戦いが行われてる隙に、アスランを呼びに行く。
「」
「…なに?」
「今夜お前を呼ぶ。ピーター王が惚れているお前の全てを、私に見せてもらおう」
「!」
えっ…
ええーーーっ!!!
絶句して口をぱくぱくさせている私をよそに、ミラースはふっと笑って席を立つ。
でもそういうことを言った割りには、深い影があり苦しそうに見えた。
そんな彼を一人にすることは出来ないと思い、何も言わずに後ろをついていく。
ミラースもそれ以上何も喋らず、私達は自分の部屋に戻っていった。
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2011/04/18
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