「様、私と踊りませんか。」
隣に座るヴァーツラフと談笑し、楽しそうにしている王女に、一人の貴族が声を掛けた
「私とですか?」
は驚くと、兄の顔を見た。
― 私がヴァーツラフ兄様と話しているにも関わらず、声を掛けて来るなんて…なんて度胸がある人なのかしら。
は青年貴族を見て関心する。
― 私は虫除けにもならんのか。
ヴァーツラフは苦々しい顔をすると、青年貴族の顔を見た。
「?」
見た事ない顔だ。
ヴァーツラフは思う。クルザンドにこんな男はいただろうか。
青年貴族はまるで、サジェのようにスラリと細く、整った顔立ちをしていた。
サジェ以外にこんな男、クルザンドで見た事ないぞ…。
ヴァーツラフは疑わしい目付きで青年を睨んだ。
「おお、ヴァーツラフ様がお怒りですね。それでは、早々と退散致しましょう。」
青年貴族は、おどけた顔をして引き下がろうとした。
「お待ちになって。」
すると、王女は立上がり彼を呼び止める。
「踊っても宜しくてよ。」
青年貴族は振り返りフと笑うと、王女に手を差し出した。
「有り難き幸せ。」
はその手に自分の手を乗せると、ドレスの裾を持ち優雅に歩き出す。
二人が楽しそうにその場を去ると、ヴァーツラフは自分の不甲斐なさを呪った。
「若い男には勝てん。」
― もう、私も三十五だ。やはりには若い男か…。
だが、しかし…。
彼は青年貴族を睨むと、何かを思いだそうとした。
「あの抜け目ない気…。あの男、ただ者ではないな…。何か引っ掛かる。」
しかし、いくら考えても思い出せないので、ヴァーツラフは考えるのをやめた。
遠くからじとりとした視線を感じながら、二人は踊る。
「まぁ、あれを見て!」
「おぉ、王女が踊ってらっしゃる。」
「いつもはヴァイシス様が踊らせないのに…。」
王女が見知らぬ貴族と踊っているので、会場の招待客はこの二人に釘付けになっていた。
「兄様の視線が痛いですわ。」
は呟いた。青年貴族はそれを見て笑う。
「ヴァーツラフ様だけのものでは無い気がしますが…。
それにしても、ヴァーツラフ様は過保護なんですね。
愛の視線がひしひしと感じられますよ。」
「ふふ、でもあなたは大胆だわ。
私がヴァーツラフ兄様と話しているにも関わらず、誘うのですもの。」
「あなたはその大胆さに、惹かれたのでしょう?」
「そうね。それと…。
そうだわ、あなたの名前を教えて下さらない?」
は思い付く様に言うと、にっこり微笑んだ。
青年貴族は一瞬真面目な顔になると、すぐその顔を崩した。
「…シフォン…、シフォン・ウェレンツです。」
「あら、本名で宜しかったの?」
「あなた様に隠すのは、得策とは思えないので。」
シフォン・ウェレンツはニヤリと笑った。。
「一体、何を話しているのだ…。」
彼らがあまりにも楽しそうに話しているため、ヴァーツラフは心配になって見つめ続けた。
「ヴァーツラフ、どうしたんだい?」
他の事に気を取られている場合ではないというのに、長兄が話しかけて来た。
「…」
ヴァーツラフはあからさまに嫌な顔をする。
「近寄るな。」
「酷いな…いつもより酷いじゃないか。
…原因はあれかな?」
長兄は妹と、一緒に踊っている男に視線を移す。
「うるさい。」
「図星だね。」
「うるさいと言っているだろう。」
苛々と不貞腐れている弟を笑うと、長兄は肩をぽんぽんと叩いて去って行った。
…馴々しい。
ヴァーツラフは先程より、酷い仏頂面になった。
すると、二人を見ている視界の中に、長兄の息子ヴァイシスの姿が入る。
…もしかして、私もあんな顔をしているのか…?
そう思うくらい、苛々と仏頂面で妹達を見る甥がいた。
「それで、ガドリアの騎士が私の兄のパーティーに何の用ですの?」
は体をくるりと回転すると、彼の胸に収まる。
「用があるのはヴァーツラフ殿ではありません。…あなたにです。」
「私に?」
は驚くとステップを少し間違えた。
すかさず彼はフォローする。
「あら、ありがとうございます。」
「いえ、女性をリードするのもフォローするのも、男の仕事ですからね。」
彼はそう言うと、にこやかに笑った。
― 抜け目ない男性ね。
は彼の第一印象をそう決めた。
彼、シフォン・ウェレンツはガドリアの騎士だ。
ガドリアの有名な騎士の家系で、あのヴァレンス家と並ぶほどであった。
彼の用件はただ一つ、
ガドリアとクルザンドの戦争を止める事だった。
そのために、王女にも動いて欲しい。それが彼の用件だ。
「私一人でどうにかできるものではないでしょうに。」
「それでも、あなたが動いて下されば何かが変わると、私は信じています。」
「ウェレンツ殿…」
「戦争は死者を生むだけで、他には何も生まれない。
国の領土のために、人が死ぬなんて事は許されるべき事ではないんです。」
「…私も、そう思いますわ。でも、私には何の力も無い……。」
は踊るのを止め、彼を見つめた。
その瞳は悲しみに溢れ、美しい紫の瞳が潤む。
「様…、貴方は何もせずにただ時を過ごされるおつもりか。」
彼はの肩に優しく手を掛けると、テラスへと促した。
ゆっくり進む歩調、は一言も発せず何かを一心に考えていた。
そして、テラスの柵へ手を置くと、夜空を見上げた。
空には無数の星が行渡り、地上とは無縁な美しさを演出していた。
その煌きに心打たれると、はシフォンを見た。
「この世界の人々は、本当は平等なのですわ。」
「仰るとおりです。」
「人はそれぞれおりますから、このような戦争は幾度と無く続いていくと思います。」
「はい。」
「それでも…少しでも止められるというのであれば、私はそうしたいです。」
は再び空を見上げた。
星空は変わらず、キラキラと照っている。
「人は変わる。
でも。世界は何も変わらない。
自分が何かを起こさないと、世界は何も変わらない。
どうにかしなければならないのです。」
「そうですわね。
そうだ、…一つ聞かせてくださいな、ウェレンツ殿。」
「何なりと。」
「何故、私なのでしょうか?」
が問うと、シフォンは悲しそうに笑った。
「貴方なら、力になってくれると思ったのです。」
「私なら?」
「はい。」
シフォンは語った。
「私は、ウェレンツ家四男一女兄妹の四男です。お分かりになられるとは思いますが、四男ともなりますと家には必要ない存在なのです。
そのため今の様の歳の頃、私は祖国からクルザンドに送られました。妹と共に。」
「妹さんも?」
「はい。妹は産まれた時から目が見えませんのでウェレンツ家の恥とされ、私と共にクルザンドに来たのです。
私達は細々としたクルザンドの暮らしの中、情報を祖国に送っていました。
そして二年前の戦い…。
その戦いで、上の兄三人が亡くなりました。
親は今更私を連れ戻そうとし、妹は連れて帰ってくるなと言う。
私に妹を置いていけるはずがないのです。生きがいなのですから。それなのに…。
ですから、私が戻らなくてもいいように戦いをなくしたい。
戦いさえなければ、ウェレンツ家はお取り潰しになってしまえばいい。ヴァレンス家のように。」
「ヴァレンス家がお取り潰しに!?」
「…知らなかったのですか?両親が殺され、一人娘のクロエ嬢が頑張っておりましたが、とうとうお取り潰しになったのです。」
騎士の家は厳しい。
名家であったとしても、人材が居なければお取り潰しになる。
「私は平等な世界で、妹と共に穏やかに暮らしていければそれでいいのです。」
シフォンは溜息をつくと、クルザンドの街を見下ろした。
街は静かで、小さな明りがちらほら点いているだけである。夜にテラスから見下ろす街は酷く淋しい。
この街のどこかに、彼の目の見えない妹が居るのだろう。
はそう思うと、彼に同情する。
「少し前、様に妹を助けていただいたのです。」
「私に?」
「はい。目の見えない妹を、男たちが手篭めにしようとしていたところを、お忍びで通りかかった貴方に助けていただきました。」
は照れると、思い出す。
― 確か、私が男たちをコテンパンにのした後お兄さんが
出てきて…
「あら、あの時の?」
「思い出していただけましたか。」
「ええ。妹さんがあまりにも可愛かったから。あの時の方でしたか。」
「思い出していただけて何よりです。」
シフォンはにっこり笑うと、の手を取った。
その行動に驚くが、嫌がることはせずに彼の思いを受け止める。
「ウェレンツ殿…あなたは…。」
「様、クルザンドでの人材は集めました。戦争を望まない者はクルザンドでも多く居るのです。」
には迷いがあるのか、なかなか頷かない。
「…分かりました。今日はこれ以上お誘いしません。しかし、必ず貴方は私に力を貸すことになりますよ。」
「え…?」
「…貴方の性格からしてですね。」
「おい、!!」
広間から兄の声が聞こえる。
長いこと部屋に戻らなかったので心配したのだろうか、声が上ずっていた。
「はい、今行きます!!」
「様、またお会いしましょう。」
「わかりました。」
シフォンはそう言うと、素早く身を消した。
はそれを見送ると、早足で兄の待つ広間へと戻っていった。
「何もされなかったか?」
「…何を考えているのですか、兄様は…。」
は、ヴァーツラフの一言に呆れると席に座ってグラスに入った飲み物をクイと飲み干した。
「大体、お前は無防備すぎるぞ!若い男女がこういう華やかな席で二人だけでテラスへなど…」
「…兄様。」
「それより、あの鼻持ちならん男はどこの輩なんだ?」
「…兄様ったら!」
「確かに、クルザンドでは珍しい好青年ではあるが…。」
「ヴァーツラフ兄様!!!!」
は話を聞かないヴァーツラフを一喝すると、ガタリと席を立つ。
「……?」
ヴァーツラフは怒った妹を恐る恐る見上げた。
彼女は…引きつった笑いで手を差し出した。
「?」
何がなんだか分からないヴァーツラフは、とりあえず妹の手に自分の手を乗せた。
「?」
「うふ。さぁ、踊りますわよ!!!」
「!!!」
ヴァーツラフはノリにノッた妹に連れられ、恥ずかしながら数年ぶりのダンスを皆の前で披露した。
********************
はい。
オリキャラばっかですいません。
ヴァーツラフの気持ちの変化に関して、
彼は必要な人物だったので(言い訳。)
たぶんこの話は、これを入れて3話になるはず。
では、続きをお読みください。
2006/04/22
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