「私よ、開けて。」



暗がりの中、フードを被ったは、仲間の待つ小屋のドアを叩いた。



ギイ



軋んだ音がして、ドアが開く。

中にいるクルザンドの若者達が、彼女に敬礼した。


「シフォンさんは奥にいます。」


「ありがとう。」


彼女は若者にお礼を言って、中へ進んでいった。
























ここの外見はただの小屋だが、中は広い。
彼らを纏めるシフォンは、仲間の人数を考えて地下室を設けたのだ。


日に日に増える仲間達は地下室を溢れるくらいの人数になり、クルザンドには戦争を望まない者が多いのだと、は知らしめられた。



クルザンドは軍事国家であるため、健康な若者は一定の年齢になると徴兵される。
現在ガドリアと戦争中だという事は、若者にとっていつでも死と隣り合わせにいるという事だった。

いつかは死を迎えるけれど、それが今かもしれないと思うと、人間は躊躇するものだ。


…死は、いつでも怖い。



























「シフォン。」


様、いらっしゃいましたか。」



は荷物を部屋の隅に置くと、シフォン・ウェレンツの隣りに座った。




「いよいよですわね。」


「はい。私達がやる事がどのように戦争に影響するかわかりませんが…。戦争終結へと導ければいいのですがね…。」


シフォンは腕を組むと唸った。


「どうしたのです?」


は心配になって、彼の顔を覗く。


「あ、いえ。」


「?」


「なんだか、胸騒ぎがするんです。」


シフォンは苦笑する。


「なんだか、何かが起こりそうな…そんな気がして…。」


「ちょっと、そんな事言ってはだめよ、兄様。兄様の予感は当たるんだから!!」

「イルハ…。」


壁づたいに歩いて来たのか、シフォンの妹は壁に手を添えて不安そうに立っていた。


「…そうだな。ごめん、イルハ。」


シフォンはそう言って笑う。




「何かあったら、私が絶対にシフォンとイルハを守ります。…絶対に。」


様…。」


「だから、安心して下さいね。」



はにこりと笑うと席を立ち、イルハの手を取って座らせた。


「ありがとう、王女様。」

「いいえ。」

はイルハに優しくほほ笑んでその手を握る。



「私は絶対に、シフォンとイルハを守るわ。」



安心させるために言った言葉のはずなのに、その声には不安が見え隠れしている。
シフォンの不安を汲み取る様に、も不安を感じているのだった。




























「さて、時間です。様、行きましょう。」



シフォンは妹の手を取って立ち上がった。



「さ、イルハも行こう。」


「う…はい。」


イルハは不安を隠せずに、その表情のまま立ち上がった。
そして震える手を、一つは兄一つはに繋いでもらい、歩いていく。




























「………シフォン、これは……!」


ドアを開けた先、広い地下室で待っていたのは、多くの若者達であった。

日頃から、仲間がたくさん集まったとは聞いていたが、こんなにもと思うくらい集まっているとは、も考えていなかった。
ざっと、三百人くらいはいるかもしれない。いや、もっとか。


「彼らも、私達と志を同じくする仲間なんですよ。」


「そう…なの?」



は、こちらを一斉に見る若者達の顔を見た。


彼らの目は、キラキラして希望に満ちている。
この目を、失わせてはいけない。

彼女はこう思うと、手に力を込めた。


不安がっている場合じゃないわ。






「王女様?」


あまりに手に力を入れ過ぎたのか、イルハが心配して声をかけてきた。
は何も心配はないと言うと、彼女の手を引いて歩を進める。


すると、若者達は左右に別れて道を開け、そこに一本の大きな道が出来た。


彼らは一歩一歩確実に踏み出し、地下室の一番奥にある壇上に上がった。


そこから見渡すと、若者達の澄んだ目が視界に飛び込んでくる。
彼らは一心にシフォンを見つめ、を見つめている。


その目に射抜かれるような気分になると、は吐き気がした。


ここにいる、。そして、王女の


ここにいるのは自分の意思だけれど、私は本当にここにいて良い人物なのだろうか。

若者達を見てそう思う。



一分一秒がとても長く感じられる。
そのくらい、この場の緊張感は高まっていた。

シフォンをチラリと見やると、彼の横顔は満足感が溢れ、輝いている。
この場をそう思える彼が、は少し羨しいと思った。


私はどうなんだろう…。


自分はシフォンの様に出来ないと思うと、は彼から目を逸らした。








「諸君、今夜ここに集まってくれた事を感謝する。」








地下室にシフォンの声が響く。
彼の演説が始まったようだ。
は若者達を見下ろしながら、イルハの手を握る。

彼女の手は汗に滲み、冷やりとしていた。


「王女様、私怖いよ。たくさんの視線を感じる。」


「大丈夫よ。私がついてる。」


小声で話すと、イルハの手を強く握る。

実際、自分も彼女と同じ気分だった。たくさんの若者の視線を感じ、吐き気を催している。
しかし、ここでフラフラするわけにはいかない。
私達は、若者達を導かなければいけないのだから。




シフォンの長い演説が終わると、次はの番だった。
シフォンは脂汗を拭いながらに微笑み、

「貴方様の番です。」

と言った。




は喉をゴクリとならすと、壇下の若者達を見据える。
彼らの顔はシフォンの演説を聴いて高揚しきっていた。


私にうまく話せるだろうか。


不安が過ぎる。


…不安がってる場合じゃない。
ありのままの思いを話せば、皆分かってくれる。






そして、彼女は口を開いた。





「私は――――!!」





























バタアァァン!!!!!!!


































が演説を始めようとした瞬間、地下室の入り口が勢い良く開いた。
そして、一人の若者が入って来ると、思ってもいなかった報告をした。







「シフォンさん!!小屋が軍に取り囲まれています!!!!!」






ざわめく若者。
彼らの目は恐怖が映り、息を呑んだ。



「戦うしかない!!」

ある若者が叫ぶと、

「しかし、武器がない!!」


他の若者が反応する。




壇上では、シフォンが若者達を落ち着かせようと叫んでいるが、恐怖に駆られた若者達にの耳には入らない。



は冷やりとした手が離れて行くのに気付くと、その手を目で追った。
イルハは苦悩する兄の手を握って、若者達と同じ様に恐怖にうち震えている。



「包囲しているのは、ヴァーツラフ将軍だ!!」


「殺される!!」


「武器だ、武器を持って来い!」


若者達の声が耳に入る。



…ダメだわ!戦っては、むざむざと殺されてしまう。


は壇上から身を乗り出した。
















「静まりなさい!!」














その澄んだ声は、地下室にひびいた。
この声にビクンと反応すると、若者達の行動は止まる。




「武器をとるのは止めなさい。殺されるだけです。」


は壇上から降りて行く。


本当は足が震え、立っているのが辛い。
でも、このたくさんの命を守るために、私がどうにかしなければならないのだと思うと、いても立ってもいられなかった。




「皆、ドアから離れて、できるだけ壇上近くに固まって。さあ!!」


が促すと、若者達は有無をいわずドアから遠ざかった。


は彼らの前に立つと、ドアから現れる者達を待った。







ドアを一番最初に入って来る人はわかっている。


…絶対にヴァーツラフ兄様だ。


私が此所にいる事を知って、そして、どうなるかも知っている。



私は、兄様との駆引をうまくやって、誰一人の命を失わせないようにしなければ…。



がドアを睨付けながら頭を廻らしていると、シフォンとイルハが寄り添って彼女の横に来た。




「シフォン、イルハ…あなた達は前に出て来てはだめよ。」




は彼らを止めると、後ろへ追い返そうとした。

すると、シフォンはその手を掴んで自分の元へ引き寄せた。


は突然の事に体のバランスを崩して、彼の胸に倒れこむ。



「シフォン!?」



が離れようとすると、シフォンは強く彼女を抱き締めた。


「申し訳ありません。でも…今だけは。」


彼はそう言って、を最後に力強く抱き締めると、ゆっくり手を離した。


は、シフォンのその行動に困惑したが、意を決したように顔を上げて彼の目を見た。




「見つかった原因は私だわ。私、カッシェルが部屋にいるのに気がつかずにあなた達の名前を呟いてしまった。だからっ…」


が続きを言おうとすると、シフォンはそれを止めた。


「あなたの所為ではありません。」


「シフォン…。」


「さぁ、いらっしゃいましたよ。」


シフォンはドアに目を向けた。もそれに倣ってドアを見る。


そこから聞こえる、遠いような近い足音。




心臓がバクバクする。




は、この音が誰かに聞こえてしまうのではないかと思い、手で押さえた。



























ギイ…




























「諸君、こんな所で何をしているのだ?」




彼女が思ったとおり、危険などを顧みずにヴァーツラフが最初に入ってきた。



それを見て、若者達の喉が恐怖に怯えて鳴る。



ヴァーツラフはひとまず地下室を見回すと、前方の少し離れた場所に妹が立っているのを見つけた。






、お前はここで何をしている?」





ヴァーツラフは妹に言った。
その目はいつもの兄の目と違い、全く笑ってなく、むしろ冷たささえ感じる。




は、この時初めて兄に恐怖を抱いた。
彼女にとっての兄は、いつも優しく穏やかだった。
その滑らかにくぐもった声で彼女の名を呼び、抱き締めてくれたのだ。
しかし、今の兄にはそのかけらもなかった。






…この駆引は、困難かもしれない…。







は、自分にとっての兄を見誤っていた事に悲しさを感じた。














「私は、仲間達と話し合いをしているだけです。」




彼女はきっぱりと言い放つ。



「ふっ…話し合いか。では、どんな話し合いなのだ?ガドリアの騎士よ。」



ヴァーツラフは不敵な笑みを浮かべて、シフォンを見た。


「……せ…」


「戦争を止める話し合いですわ!」



答えようとしたシフォンの前にが躍り出た。
彼女はシフォンと兄の間に割って入ると、はシフォンとイルハを背に隠すように立ちはだかった。



「…私は、ガドリアの騎士に聞いているのだ。」



ヴァーツラフは少し苛立った声で言う。


「あ…。」


「シフォン、答えないで下さい!!」


は兄の言葉を無視して彼を言い聞かせようとする。


「私は、あなたの命を失いたくないのです。」


シフォンの顔が歪み、の背中を見る。


、お前は黙れ!!!」



パンッ



ヴァーツラフがつかつか近寄って来た途端、乾いた音がしては床に倒れこんだ。



様!!」



シフォンは妹を残して彼女に駆け寄ると、助け起こした。



「大丈夫よ。私は大丈夫。」



は立ち上がると、兄を見つめた。




「私達は武器をとりません。集会をしていただけです。」



は静かに言った。



「それでも、ヴァーツラフ将軍は私達をどうかするおつもりですか?」



ヴァーツラフは、普段妹からは出ないような言葉を聞いて、目を見開いて驚いた。



「…ふ…ふははは。」



そして不敵な笑みで笑うと、部下に「連行しろ。」と言った。



。」


「なんですしょうか、将軍。」


「この若者達の責任、お前が全てとるのだ。」


「…わかりました。その代わり、ウェレンツの二人は絶対に傷つけずに送還して下さい。」


「……わかった。約束しよう。」


は兄に頷くと、連行されるシフォンとイルハに駆け寄り話しかけた。


「シフォン、イルハ、ごめんなさい。私のせいだわ。」


シフォンは笑うと、彼女の頬に手を添えた。


「貴女は、私達を皆助けてくれたではないですか。」


「そんな…。あなた達は、帰りたくないだろうガドリアに強制送還されてしまうのです。それが、申し訳なくて。」


「いいえ、王女様。私達は生きているから大丈夫だよ。」



イルハがにっこり笑った。




「イルハ…。」


「さぁ、歩け。」




兵士が彼らを促して連行し始めた。
シフォンとイルハはの元を離れ、他の若者達の後を歩いて行く。


の横を通り過ぎる時、シフォンが彼女に一言呟いた。


「失敗しましたけど、今回の事は多大なる影響を与えたと思います。様、頑張ってください…。」


「えっ…。」



それ以外は何も言わず、彼は静かに連行されて行った。












「シフォン…あなたはきっと、諦めていないのね。」








は胸の指輪を握りしめると、彼らの無事を祈った。
















***************


シフォンとイルハは、一応不法滞在なので、強制送還です。
宗教とか、如何わしい、集会・会合は捕まったりします。(たぶん)
そんな話です。


2006/05/03


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