「おい、サジェ。」
ヴァーツラフは、苛々している気持ちを抑えながらサジェを呼んだ。
サジェはすぐ側らに来ると、膝を着いて命令が下るのを待った。
「……がいないんだ。」
先ほどの苛々を抑えていた顔とは違う心配顔で彼は付き人に言った。
サジェはこの王子から妹への愛の深さを再確認した気持ちになる。
「至急お探して参ります。」
サジェはスッと立ち上がると、部屋を出て行こうとした。
しかし、すぐ呼び止められる。
「待て。」
「は。」
呼び止められたサジェは、その場で王子の方を向くと膝を着いた。
「もしかしたら、城の外にいるかもしれん。昨日、秘密の抜け穴がどうとか言っていたのだ。」
「城の外ですか…分かりました。」
「私も仕事が済み次第探しに行く。それまで頼んだぞ。」
ヴァーツラフはサジェに頷くと、仕事に戻った。
サジェは静かにドアを閉めると、一刻も早く姫を見つけるために廊下を走り出した。
「狭い道〜♪どこまで続くの〜♪」
気分よく歌っている少女。・ボラド、10歳。
彼女はクルザンドの街を歌いながら歩いていた。
身なりは城内で着ているようなヒラヒラしたドレスではなく、どこから見つけたのか街の娘と同じ服を着ている。
目立たないようにという考えだったのかもしれないが、彼女の肩を流れる銀色に光る髪の毛が、街の娘達とは違う雰囲気を醸し出していた。
彼女とすれ違う者は、ふと気づいた様に振り向き、彼女の髪の毛に目を留める。
「お城とは全然違う。どこまで行っても家があって、道が続く。たくさん歩けば、あの内庭から見える砂漠にもたどり着くのだわ。」
彼女は感動に胸を震わせ、周囲の出来事までに目が行っていなかった。
いつの間にか人気がない道に入り、彼女に近づく不埒な輩が二人見えた。
しかし、彼女は気付くことなく歌を歌っている。
不埒な輩は、いきなりの体を持ち上げる。
「きゃあっ!!」
それに驚いたは声を上げる。
「おっ、結構可愛いな。」
「おめぇ、ガキ過ぎるだろ。」
男達はを見ながら話している。
「あなた達、私になにか用ですの?」
は恐い気持ちと涙を抑えて、男達に聞いた。
そんな彼女を見て、男達は楽しそうにニヤける。
「まだガキだけどさ、結構可愛いし、売る前に一回いいんじゃねぇの?」
「そうだな、減るもんじゃないし。」
男達はを地面に押さえつけると、服に手をかけた。
「や、やだ!!やめてっ!」
は必死に抵抗するが、力が及ばずに無意味に終わる。
男が、服を引き千切ろうとしたその時。
「魔神拳!!」
この声が聞こえた次の瞬間、男達がの元から飛んだ。
はびっくりして男達のほうを見た。
男達は壁に頭をぶつけたのか、意識が戻らないようであった。
「大丈夫?」
先ほどの声がした方を向くと、と同じ年くらいの男の子が立っていた。
男の子はに手を差し出すと、彼女を立たせて服を叩いてやった。
「あ、ありがとう。」
がそう言うと、男の子はを見つめて照れた。
「べ、別にいいよ。それより、こいつらがおきるとマズイから他の場所に逃げよう。」
男の子はそう言うと、の手を握って走りだした。
どのくらい走ったか。と少年は荒く息をしながら立ち止まった。
「はっ、はぁ〜〜。もう大丈夫かしら。」
「うん、もう大丈夫だと思う。」
と少年は顔を見合わせると、お互い笑った。
「ありがとう。助かったわ。」
はお礼を言うと、少年に軽いキスをした。
少年は照れながら、「どういたしまして。」と言った。
「私は、よ。あなたは何ていう名前なの?」
「え、俺?俺はセネルっていう名前だよ。」
少年はそう言うと、はにかんだ。
「セネル…いい名前ね。そうだ、セネル。私と一緒にお弁当食べない?」
は持っていた籠を出すと、蓋を開けた。
中には色とりどりのおかずと、ふっくらしたパンが入っている。
「す、すごい!!こんな食べ物見た事ないよ。いいの?」
セネルは中身に驚くと、お腹をぐぅと鳴らした。
がそれをくすりと笑うと、セネルは恥ずかしそうにはにかむ。
「助けてもらったもの。」
はそう言って、セネルの手を取った。
彼女から伝わる温もりは暖かく、セネルは嬉しくなってきゅ、と握り返す。
青空はどこまでも澄んで雲一つない。
いつもはぎらぎらと日を照らす太陽も、二人の出会いを祝福するかのように暖かな日差しを落とす。
その日差しを背に受けながら、彼らはゆっくりと歩き出した。
「どこにいくんだい?」
セネルがずんずん歩く彼女に言葉を投げ掛ける。
は振り向く事なく歩を進め、「内緒。」と片目をつぶった。
しばらく歩くと、城壁の外にはないような、小さな森に入る。
木は均一に生え揃い、草は踝辺りの長さで刈り込まれている。この森は、誰かが人工的に作ったものに見えた。
「私ね、いつもここに来たいと思っていたの。」
はそう言うと、腰を下ろした。それに続くように、セネルも慌てて腰を下ろす。
「私が住んでいるとこには、あまり木がないから。」
悲しそうに言うと、持っていた籠の蓋を開けた。
「クルザンドは木が生えてないからね。」
セネルは木々を見渡しながら言った。
「ええ。乾燥地帯だからしょうがないけれど…」
「ん?」
「あ、ううん、なんでもない。」
はそういうと、セネルにパンを手渡した。
パンは見た目よりもっとふわふわしていて、少し手に力を入れようなら、ぺしゃんこに潰れてしまいそうだった。
「ありがとう!」
セネルはそれを掴むと、一気に頬張る。
「ん〜むむむ。」
喉につかえたのか、胸をどんどんと叩いている。
「はい、お水よ。」
から水をもらって一気に流し込む。
その後はゲホゲホと噎せ、恥ずかしそうに笑った。
「そんなに掻き込まなくて大丈夫よ。たくさん食べてね。」
はそう言うと、再びくすりと笑った。
「セネルのお母さんとお父さんは?」
二人は食べ終わり、草むらに寝そべっていた。
「いないよ。いつの間にか一人だった。」
「え、そうなの?」
彼女は驚いてセネルを見ると、彼がそのことについてさほど悲しみを抱いてないことに気付く。
セネルはにっこり微笑むと、「は?」と聞き返した。
「私は、お父様もお母様もお元気よ。あと、兄様が三人いるわ。」
「へー、大家族なんだね、珍しい。」
「そうなの?」
「うん。普通は子供がたくさん産まれると、食い扶持が減るんだってさ。」
セネルが当たり前のように言う事が、の心には深く刻まれた。
彼女は、国の資源や民の生活が貧しいことに初めて気がついた。
城の家庭教師達は、そんな事を一つも教えてくれていない。
― セネルが私のお弁当を驚いたのもそのためだったんだわ…
彼女はショックを受けた。
「街の人たちは皆そうなの?」
「うん。」
「そうなの。…全然知らなかったわ。」
は上半身を起こして遠くを見た。
「そんなこと、知らなくてもいい世界に連れて行ってやるよ。」
後ろから急に誰かに話しかけられた。
は急いで振り返ろうとするが、先に体を掴まれて振り返ることができない。
「やっと見つけたぜ。」
を捕まえたのは、先ほど出会った不埒な輩であった。
「その坊主には注意しろよ。」
男達は、セネルに警戒しながらじりじりとにじり寄る。
「を離せ!!!」
セネルが腕を構えると、彼の爪が光りだす。
そして、魔神拳を放った。
男はその技に動揺すると、手の力を緩めたため、はその隙にセネルの元へ駆け寄った。
「くそ!!」
「逃がしゃしねぇ!!」
男達は息巻くと、じりじりと近寄ってくる。
もセネルも、もうダメだ!と感じたその時、遠くから
「!!」
とヴァーツラフの声が聞こえた。
「ヴァーツラフ兄様!!!!」
はセネルの背中を掴みながら、兄の名前を叫ぶ。
男達はが読んだ名前を聞くと、動きが止まった。
「ヴァ、ヴァーツラフだと!?」
「まさかこのガキ…」
男達は慌てながらこちらに向かって走ってくる者の顔を見る。
「ほ、本当にあのヴァーツラフだ!!」
「ヤバイ、逃げろ!!」
彼らはヴァーツラフの顔を認識すると、回れ右をして逃げていった。
「大丈夫か?。」
ヴァーツラフは心配そうに妹の顔を見た。
顔や腕などを触って、怪我をしていないか確認する。
「大丈夫よ。兄様ありがとう。」
妹の言葉を聞いて胸を撫で下ろすが、怒りが込み上げてきたのか恐い顔で怒鳴った。
「一人で城下に行くのはだめだといったであろう!!!!」
「ご、ごめんなさい!!」
は兄の怒声に驚くと、深く頭を下げて謝った。
その姿に満足したのか、彼は妹の頭を優しく撫でる。
ヴァーツラフはふと、セネルの存在に気付く。
彼は訝しげにセネルを見た。
「兄様、セネルは凄いのよ。爪が光って技が出せちゃうんですから!!」
は嬉しそうに言うと、兄の前にセネルを出した。
「爪術が使えるのか?」
ヴァーツラフはセネルに聞く。
セネルは彼に圧倒されて返事を出来ないのか、うんうんと頷いた。
「親はいるのか?」
ヴァーツラフは少し間を空けると、再び質問した。
セネルはそれに首を横に振ると、彼を見つめる。
「そうか。
では、セネル。私と共に来い。
暖かい寝床と、食事は保障してやろう。」
ヴァーツラフはセネルに言った。
セネルは彼を見上げると、不思議そうな顔で聞く。
「いいの?」
「ああ。ただ、強くなるんだ。これが条件だぞ?」
ヴァーツラフはセネルに問う。
「うん!」
セネルはなんの迷いも無く嬉しそうに頷くと、に笑いかけた。
「良かったわね、セネル。」
「うん!!」
「セネル、を守ってくれた事に、礼を言う。」
ヴァーツラフはくしゃりとセネルの頭を撫でた。
その手を、セネルはとても暖かく感じた。
彼らは沈む夕日を背にして歩き出す。
セネルはこれから起こる事を知らずに、ヴァーツラフへと着いて行く。
彼らの出会いが、この後にどんな影響を及ぼすか。
まだ、誰も知らない。
**********************
お疲れ様でした。
こんな話を書いてみちゃったり♪
ありえない話ではないでしょう?
もうちょっとセネルとの絡みを書きたかったのですが、
クルザンド記ということで、絡みは本編にとっておきましょう☆
それよりも、先に探しに行った従者よりも先に見つけてしまうなんて、
ヴァーツラフ兄様の愛は深いですねぇ(笑)
2006/03/08
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