殆どの仕事を無表情で文句一つ言わずににこなす、第三王子ヴァーツラフの付き人サジェ。
彼の本名は、サレイジェ・ベネト。貴族出身で齢は27である。
彼は20歳を超えてからというもの、見た目は一つも歳を取ることはなく、常に若者のままであった。
容姿は、一言で言えば端麗。
クルザンドの平均的な男性の身長でスラリとしているが、細身であった。
髪は薄い水色、目は澄んだ緑色である。
大切だと思っているものは、ヴァーツラフと家族。
性格は冷静沈着。
物事に動じないが、ときどき王子の言動に突っ込む事ができる数少ない人物だった。
軽めの朝食を済ませると、彼は椅子から立ち上がって身の回りを整頓し始める。
そろそろ出勤時間のようだ。
彼は城内の一室(王子の隣り部屋)を与えられ、そこで生活していた。
「今日は見回りから始めるか。」
現在ヴァーツラフ王子は、ガドリアとの国境近辺の調査に行き、夕方頃戻ると報告が入っている。
そのため、今日の彼はフリーであった。
王子の付き人だといっても、毎回付き添うわけではない。
とりわけ、ヒトとの戦いが起こるかもしれない仕事は、付き添う事がない。
ヴァーツラフ王子はクルザンドの将軍であり、サジェはその副官である。
副官は将軍を助け、守る存在であるはずだが、彼は戦わない副官として知れていた。
戦った事がないわけではない。
今から14年前、あのガドリア進攻が起こった時、13歳の彼は戦いの真っ直中にいた。
彼にとって、あの戦いは初陣だった。
若いながらに剣の才能を買われ、がむしゃらに剣を振るう。
― 自分の命を守るためだけに。
彼は国に賞される程、ガドリアのヒトの命を葬った。
その後、彼は鬼神のサジェと呼ばれて恐れられることとなる。
その事が彼の心に影を落とし、また自分の心の弱さを知る事となった。
もともと心の優しい彼は、戦いを好まないため、その影は、彼を苦悩に導いた。
その時、彼に手を差し延べたのがヴァーツラフ王子である。
彼は、サジェの心を知り、戦わない副官として自分のもとに置いた。
戦いを好む王子と戦いを好まない付き人。彼らはお互いを支えながら持ちつ持たれつな関係を保っていた。
「さて。」
サジェはドアを開け、廊下に出た。
しばらく歩くと、女召使達の集団に囲まれて色々なプレゼントをされそうになるが、丁重に断る。
「私は、そんな身の上ではないので。」
彼はそう言うと、立ち去る。後ろでは残念がる女達の、黄色い声が飛び交っっていた。
「相変わらず人気者だね。」
たまたま通り掛かった第一王子ヴァルシードに話しかけられる。
急な出来事だったので驚いたが、素早く膝を付くと、頭を下げた。
「いいよ、サジェ。気にしないで。」
ヴァルシード王子は彼の肩に手を掛けると、立ち上がらせる。
「最近、ヴァーツラフはどうだい?」
優しい兄王子は、弟が自分を憎んでいることを知りながら、身を案じている。
― 出来たお方だ。
サジェは、彼と会う度にそう思っていた。
「今日は国境調査に行かれております。最近も健康で、病気一つかかられてはいません。」
サジェが丁寧に答えると、ヴァルシードは満足そうに頷いた。
「そうか。これからも弟を頼むよ、サジェ。」
王子はにこりと笑うと、サジェの肩を軽く叩いた。
「は。」
彼は深々とお辞儀する。
「そうだ、君にの悩みを聞いてやって欲しい。」
ヴァルシードは自分が歩いて来た方を指差した。
「テラスにいるんだ。時間があるなら聞いてあげて。きっとも君に聞いてもらいたい筈だ。」
「は。」
ヴァルシードはそう言うと、立ち去った。
足早にテラスへ向かうと、純白の無地の布に大きなピンクの花を肩にあしらえた
ドレスを着た王女が、景色を眺めながら考え事をしていた。
しばらくサジェの存在には気付かなく、一心に考えているようだった。
「…あら、サジェ。」
ふいに気付くと、にこりと笑った。
― この方は、本当に10歳の少女なのだろうか。
サジェは思う。
王女は最近、本当の年齢を思わせない程大人びた。
話をしていると、同じくらいの歳の女性と話している気がしてくる。
「ヴァル兄様にお会いになったのね。ここに来るように言われたのでしょう?」
そう言うと、サジェの側に来た。
「先程、召使達の声が聞こえましてよ。サジェは人気者ですわね。」
そしてウィンクすると、くすりと笑った。
― 美しい。
この歳にしてこの美しさ。さらりと流れる銀髪、長い睫毛が彩る円らな瞳。
そして、頭脳明晰。武道も出来る。
申し分ない女性である。
― 年齢と身分以外は。
彼はそう思う。
自分が仕える王女として、恐れ多いが妹のように見守って来た。
王女がどんな男性に嫁ぐのか。それがサジェの楽しみでもあった。
「サジェ?」
サジェが何も答えないので、彼女は心配になって顔を覗き込む。
「なんでしょうか?」
「なんでしょうか、じゃないわ。サジェったら。」
王女はころころ笑った。
「…ねぇ、結構前に、私が城を抜け出した時があったでしょう?
あとで聞いたのですけど、サジェも私を探してくれたのですよね。
あの時は申し訳なかったですわ。」
王女は笑うと、サジェの顔を見た。
「申し訳ないとは思っていませんね?」
サジェは呆れたように言う。
「うふふ、そんな事はないですわよ♪」
王女は再び笑う。
「私、その時一人の男の子に出会いましたのよ。」
そう言うと、顔を赤くした。
― 好きな方でも出来たのだろうか。
サジェは思う。何故か、複雑な気分になった。
「彼には、親がいないらしいの。」
王女は遠くを見つめた。
まるでその目は、男の子の存在追う様だった。
「…様。」
どこか遠くに行ってしまいそうな王女の腕を、サジェは慌てて掴む。
「サジェ?」
王女は驚いてサジェを見る。
「…申し訳ございません。あなた様がどこか遠くに行ってしまいそうな気がして…」
自分の不可解な行動に気付くと、詫びをいれる。
「気にしないで。ありがとね、サジェ。」
王女は優しく微笑んだ。
「彼ね、両親がいない事にそれほど悲しみを抱いていなかったの。
食べ物が乏しいことにも、親が自分の食料を確保するために産んだ子を捨てることも。」
悲しそうな目で言う。
「彼にとって、それが当たり前になっているのよ。」
サジェは拳を強く握る王女を、無言で見つめる。
「きっと、彼だけではないのだわ。民達は皆そうなっている。
クルザンドは資源の少ない国だから、生活するのに十分な資源がない国だから…」
「様…」
「サジェ、私はこうして城でのうのうと暮らしていては、いけないのではないのかしら。
私がこうやって何不自由なく暮らしていけるのは、民達を犠牲にしているからではないのかしら。
私達は資源を得るために他国と戦うけれど、戦うのはほとんど民間の兵士達だわ。
彼らは、私達が決めた戦いで、命を落としていく。」
つと、王女の頬に涙が流れる。
「私達ボラド家は、民達の重荷であり、憎むべき者の原点ではないのかしら…」
王女ははらはらと流す涙を見られぬように俯いた。
サジェは片膝を折って床に付き、王女の顔を見上げる。
そして、頬を伝う涙を拭った。
「それは違います。」
サジェは否定する。
「あなた方は、彼らの希望なのです。」
「…希望?」
「はい。」
サジェは優しく微笑むと、頷いた。
「ボラド家の方々は、この資源の少ないクルザンドを纏め上げてきました。
あなた方がいなかったら、このクルザンドはここまで豊かにはならなかった。
部族闘争が永遠に続き、殺しあう。
民達が一つになって、この国のために他の国と戦うなんてことも、なかったのです。」
「……」
「確かに、クルザンドは資源が少ない国です。
彼らはそのために苦しんでいます。
では、あなた様が彼らのために何が出来るか。
それは…」
サジェは王女の目を見た。王女もそれを見返す。
王女は、彼の優しい緑色の目の中に、透き通っているが深く濃い緑色があるのに気付く。
彼の決意だろうか、信念だろうか。
彼の心の中にある大きな想いを見つけた気がした。
サジェは息を吸うと、続きを言う。
「他国と戦うことではありません。
彼らを守る事です。」
「守る……」
王女は、自分を見上げている彼の頬に手を置いた。
「あなたは、彼らを正しく導き、守る。
それは、戦いでは得られないかけがえのないものが得られるでしょう。」
「それは……、信頼かしら?」
サジェはふっと笑うと、自分の頬にある小さな手を自分の手で包む。
「そうかもしれません。」
サジェと王女は同時に微笑む。
「ふふ、ヴァーツラフ兄様の副官だとは思えないわ。」
「王子には、内緒ですよ。」
「いいわ。」
再び笑い合う。
「しかし、戦いが悪いわけではありません。戦わねばならないときもありますから。」
「そうね……それは…」
『大切なものを守る時。』
二人で同時に呟いた。
「私は、民を守るために戦うのね。兄様達も、そうなんでしょう?」
「…そうですね。そして私は、それのお手伝いをする。貴族とはそういうものですから。」
王女はサジェの頬から頭に手をまわす。
そして、きゅ、と抱きしめた。
「様?」
「ありがとう、サジェ。
あなたのお蔭で私がどんなに救われたことか。
あなたがいるだけで、どんなに安心することか。
ヴァーツラフ兄様が、羨ましいわ。」
王女は抱きしめる力を弱めると、スッとサジェの唇に自分の唇を重ねた。
それは一瞬の軽いキスだったが、サジェは驚いて頭が真っ白になる。
「お礼です。」
王女ははにかみながらこう言うと、彼を後にして走り去っていった。
「様…」
彼ははっと気付くと、辺りを見回した。
誰も見てはいない。
ふと笑みが洩れると、急に頭の中にヴァーツラフ王子の怒った顔が浮かぶ。
― 殺されるかもしれない。
体に悪寒が走る。
彼はもう一度辺りを見回すと、何事も無かったように立ち上がり、見回りの続きをするためにテラスを出た。
彼はヴァーツラフ王子の付き人、サジェ。
彼の一日は、まだ始まったばかりである。
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お疲れ様でした☆
かなりオリジナルなお話ですが、こんなんでサジェ君を好きになってくだされば、
嬉しい限りです。
終わり方が微妙ですが(苦笑)
11歳くらいなら、こんな事を考えるようになってもおかしい歳ではありませんよね。
誰かに助けてもらうのが必要な年齢ですよね。
これが恋だったら歳の差ありすぎでしょうね!!!
でも、いいのかな〜(笑)
UPが遅くなって申し訳ありませんでしたー!!
2006/03/11
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