「もっと安くならないのかい?」

「買う気がないんならどっか行きな。あんたに買ってもらわなくても、他に買ってくれる人はいるんだよ!」

賑やかな市場では、女達が品を値切り、男達がそれに対抗すべく大声で彼女達を捲し立てる。
そんな駆け引きが行われている片隅では、飢えに腹を空かす子供達が食べ物を手に入れるべく、画策していた。





この国では、常に太陽の日が燦々と降り注ぐ。


雨が極端に降らないため、水が乏しい。
城壁を出ると周囲は殆ど砂漠化しており、木々も都市の中以外に見ることはない。
水や食料が少ないため、彼らは日々を生きるのが精一杯である。




そんな彼らが生きるために考えた方法。


それは、軍事力だった。
侵攻して奪い取る資源、彼らはそれを糧にして生きる。
世界を脅かす軍事国家、それがこの国である。




【クルザンド王統国】




それがこの国の名だ。
大陸西部、辺境の地に位置する国クルザンドは、諸部族が少ない資源を廻って争った上で出来上がった国家である。
この諸部族を制して国家を成立させたのは、ボラド家であった。ボラド家は現在まで、軍事に優れた才気を持つ者を輩出し、その力を民衆に見せ占めてきた。
この力でボラド家の血を王統とし、クルザンドの街をクルザンド王統国に仕立て上げてきたのであった。




現国王ヴェイシス・ボラドは、爪術という秘められた力を持ち、国を背負う王の気質を持ち合わせた強い心の持ち主で、民の人気は高かった。彼の年齢は43歳。彼には成人した三人の息子がおり、彼らもまたそれぞれに爪術の力を持つ若者達であった。
そして、彼の妻アメリアル・ボラド。
彼女はヴェイシスがお忍びで源聖レクサリア皇国に訪問した時に出会った貴族の娘で、駆け落ち同然でクルザンドに連れて来た者である。彼女は落ち着いた女性で、暖かな眼差しで夫と息子達を見守る母であった。








突然、

クルザンド中で41歳になるアメリアル王妃が妊娠したと噂になった。


民は大騒ぎし、嬉しい様な心配の様な複雑な気持ちでドンチャン騒ぎを起こした。
市場では女達のお喋りの話題になり、酒場では男達の酒の肴にされた。


「あんなお歳でお産みになるなんて、さすがアメリアル様だわねぇ。」

「嬉しいことですけど、お体は大丈夫なのかしらね。」

「それより、また王子がお生まれになったらどうするのかねぇ。歳が離れているからって、4人目だと大変なんじゃない?」

「そうよね。今でもヴァルシード様とヴァーツラフ様の間で睨み合いがあるっていうじゃないか。国は第一王子が継ぐと決まってなさるのにね。」

「しっ!!そんな事をいうとヴァーツラフ様に聞こえちまうよ!!ここは軍人育成訓練所なんだからね!!」
「おお、くわばらくわばら。」


街の女達が、大きな建物の前で噂し合っていた。
この建物は、国が力を入れている爪術の軍人を育てる育成所で、成人して間もない第三王子が取り仕切っていた。








「王子、王妃様に付いていらっしゃらなくても宜しいのですか?」


「当たり前だ。四人目だぞ、母上ももう41になるのに元気な事だ。」


第三王子ヴァーツラフ・ボラドは19歳。彼は2メートルもの長身で周囲を圧倒する、真面目だが少々気性が荒い青年である。彼は、爪術の力を持つ軍隊で他国を侵攻し、その功績でゆくゆくは第一王子から王権を手に入れるという目的がある。その考えを隠さずに王城の廊下で、すれ違いざまに第一王子に取っ掛かる姿を多くの臣下達が目撃していた。



「どうせ、また男だな。母上は男しか産めないのだ。」


「しかし、王子以来の19年ぶりのお子です。お側にいらした方が…」


「サジェ、くどいぞ!!私は弟には興味はない!!!」


サジェと呼ばれた付き人は、彼の怒声に驚くと恐れ戦いたが、ボソリと不満を呟く。


「…別に、弟と決まったわけでは…」




バタン!



その時、ドアが大きな音を立てて開いた。


「ヴァーツラフ様!!!」


部屋に入ってきたのは第一王子の付き人の男であった。彼はそれを見ると、眉間に皺を寄せて目を逸らした。


― ここは私の場所だ。何故兄の付き人が無礼も省みず入ってくるのだ!




「…何事だ?」


彼は声を平静に保ちながら問う。




「お生まれになりました!!」




男は息を弾ませながら嬉しそうに言う。彼はその姿が憎らしくてしょうがなく、手をわなわな震わせた。


― 全てが憎い。


これがヴァーツラフの頭の中での第一王子に対する気持ちであった。
ここでこの付き人を一発殴って、自分の場所に踏み込んだ兄に宣戦布告をしても良い。



― しかし、母上が子を産んだのだ。祝い事の時くらい大目に見なければ。



彼はこう考えると、震わせた手を押さえながら言った。



「産まれたか。」



「はい!!姫君にございます。」



「そうか、姫か。」



「はい!」



男は嬉しそうに頷いた。
サジェは、王子が何事もなく頷いたので目を丸くして見上げる。ヴァーツラフは自分を見上げているサジェに気付くと、「どうしたのだ?」という顔で見下ろした。



「王子、姫君です。弟君ではなく…妹君がお産まれになったのですよ。」



「…そうだな。………ん、妹!?」



「はい。姫君です。」



「そ…それは誠か!?」



「はい。ヴァルシード様から直々にお聞きしました。では、失礼いたします。」



男はそう言うと、一礼をしてドアを出て行った。







「王子…?」


「…姫か…!妹か…!!!あの男が兄から聞いたという事は……こうしてはおれん!!」


サジェが呼ぶのも聞こえないのか、ヴァーツラフはこう呟くと一目散に部屋を出て行った。




「…さぞ、嬉しいことなんでしょうね。」


王子の後姿を見送ったサジェは、そう言うと静かに彼の後を追った。












                          *











「おめでとうございます、父上。」

「うむ。」


ここは王城の一室。アメリアル王妃の部屋である。
横になっている王妃の隣には、先ほど誕生したばかりの姫君が布に包まれてすやすやと眠っていた。
王妃は彼女を見つめ、満足そうに微笑んでいる。部屋の中では、喜びに震えている王とその息子達を、きびきびと働く女中達が邪魔そうに避け、それに気付いているのかいないのか、彼らは代わる代わる新しい子の顔を覗いては嬉しそうに顔を歪ませていた。



「よくやった、アメル。」


「ありがとうございます、ヴェス。待望の姫でしてよ。」


彼らはお互いを愛称で呼び合うと、にこりと微笑んだ。


「これで、私の勝ちですわね。」


王妃はそう言うと、いたずらっぽい顔をして王を見た。王は後ずさり、ため息をつく。


「父上、何か母上と賭けられていたのですか?」


「…いや、お前は知らなくとも良い。」


王はそう言うと、再びため息をついた。




「そうですか。…それにしても可愛いですね。僕も結婚したら娘が欲しいなあ。」



彼は第一王子ヴァルシード・ボラド、23歳。次代の王候補だがクルザンドの気質とは違い、武より智を重んじている。力がないわけではない。王子たちの中では一番の戦力を備えているが、争いをあまり好まぬ性格のため、戦いより卓上での勉を選んでいるのだ。




「兄上が結婚?そんな相手がどこにいるのか…可愛い娘がいたら俺に紹介して下さいよ。」



彼は第二王子ヴェスティクス・ボラド、21歳。彼は自分が王子だという気はなく、自由奔放な遊び人だと称している。可愛い娘には目が無く、知る人ぞ知るプレイボーイ。容姿に自信を持ち、今では街娘に声を掛けるか悩む、という人物であった。




「ところで父上、もう名前は決まっているのですか?」


ヴェスティクスが気付いたように聞く。しかし、当の王は眉を上げて「決めておらん。」と答えた。


「また男だと思って、男の名前しか考えておらんのだ。」


王は腕を組んで唸りだした。


「まあヴェスったら、ひどいお方ね。」


王妃はころころと笑った。
王子たちは顔を見合わせると、呆れたように笑う。


「どうするかの。う〜ん…」


王が唸っている最中に、廊下からガシャガシャと激しい音が聞こえた。誰かが鎧を着けたままこちらに向かっているようだ。
その鎧の人物は勢いよく扉を開けると、


!!」


と叫んだ。
部屋の中にいた者たちは一斉に彼を見る。
鎧の人物は、ヴァーツラフであった。


「おいおいヴァツ、なんだそのってのは?ここにはそんな者いないぞ。」


ヴェスティクスはヴァーツラフの肩をぽんぽんと叩くと、同情の顔をした。


「ヴァツって呼ぶな!!」


ヴァーツラフは兄の手を払い、ベッドへ近づく。ヴェスティクスは痛そうに手をひらひらさせると、弟の背を目で追った。



は、この子の名だ。」


ヴァーツラフがボソリと呟いた。
それにヴァルシードが嬉しそうに答える。


か…良い名だね。」


ヴァーツラフはヴァルシードをキッと睨むと、父を見た。
ヴァルシードは悲しそうに肩を落とすと、彼を見守る。


では駄目でしょうか?」


ヴァーツラフは真剣に訴えた。


「ふーん、…美しい者の意味か。ヴァツも考えたね。」


ヴェスティクスはボソリと呟く。
その呟きを聞いて、大きな弟は顔を真っ赤にして俯いた。




「…うむ、お前がそんなに言うならそうするか。」



王は彼に折れると、妻に良いかと聞く。


「私も、その名前が宜しいかと思いますわ。」


王妃はにこりと微笑んだ。





「!!、お前は私の妹だ!!私はヴァーツラフ、お前の兄だぞ!!」




ヴァーツラフは笑いかけると、妹の小さな鼻を触る。
妹は絞りたてのミルクのような匂いがし、彼はなんだかくすぐったい気分になった。
彼女は瞑っていた目を開けると、兄を見て笑う。
その笑顔は、野に咲く花のように可憐で、闇夜に見える美しき星のように儚かった。




― 私が守るんだ。




若き王子ヴァーツラフ、彼は産まれたばかりの妹の頬を触ると、こう決意した。






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長くなってしまいましたが、プロローグです。
『誕生』
彼女が産まれた時の話です。
名前の意味はそうしたかったので付けてしまいました。変換によって変わりますが、
どのお名前でもそういう意味なのです。
ヴァーツラフは妹に‘美しい者’という名前を付けたかったのですよ^^
新しい命が誕生するというのは、とても素晴らしいことですね。
私も、小説で新しい命が創れるということをとても素晴らしく感じています。

2006/02/26



     第一話